児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#15「変わり目はいつも水色の夏」――葉山・神奈川県立近代美術館葉山館へ

児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#15「変わり目はいつも水色の夏」――葉山・神奈川県立近代美術館葉山館へ
児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#15「変わり目はいつも水色の夏」――葉山・神奈川県立近代美術館葉山館へ
TRAVEL 2026.08.07
今回は湘南・葉山へ。横浜出身の雨子さんですが、葉山を訪れたのはこれが初めてだったそう。きらめく海とおいしいランチを“くっきりとした視界”で楽しんだそうです。

 今年の春にICLの手術を受けた。ICLとは眼球に小さな切れ目を入れて、その中に眼内コンタクトレンズを挿入するもので、従来のレーシック手術と違うのはレンズを抜去したり、新しいレンズを入れ直したりすることができるといわれている。手術そのものは十分、十五分ほどで終わるものだけど、検討と決意に二年くらいかかり、そして決意してから手術前の検査などで一ヶ月ほどかかった。自由診療で高額なのもあって、清水から飛び降りるようなおもいで高級品を買う「清水買い」ならぬ「清水ICL」をしたのだった。

 術後三ヶ月ほど経ってみて、やはりやってよかったと思う。朝起きたときから視界がクリアで、コンタクトによるドライアイもなく、おでかけや旅行先でメガネやコンタクトの荷物が減り、日々の生活がちょっと身軽になった。心なしかちょっと行動力が上がったような気もしなくもない。

葉山

 ICLをしてはじめて迎える夏、友人といっしょに神奈川県立近代美術館葉山館で開催されている企画展「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」を観に葉山へ出かけた。横浜出身なのだけど湘南方面はちょっと縁遠くて、江ノ島、鎌倉、横須賀までは何度か遊びに行ったことはあるけれど、葉山に行くのはこれがはじめてだったかも。海や水泳はきらいじゃないけど暑さが苦手で、あんまり自分からシーズン中に海へ出かけることがなかったのだ。コンタクトのまま海に入るとなんだか目に良くなさそうだし、眼球がシパシパ乾燥するのに紫外線まで強く、とにかく夏は目が疲れるイメージがある。その企画展を知ったときはなんて素敵なタイトルだろう、と気になったものの、開催時期が6月後半から8月末としり、ちょっとためらっていた。写真家の友人にそれとなく話したら「一緒にいきましょう!」と音頭を取ってくれて、ひーひー言いながら逗子駅を降り、バスで葉山まで向かった。

 バス停を降りると、地元のひとが使っていそうな小さな浜辺があった。狭いビーチだがそこから扇型に広い海が広がっている。沖の方では一列にならんでサップしている集団がいて、先頭のひとは下にだれかが潜って支えているのか?と疑いたくなるほどかるがると方向転換していた。

 目をすがめなくても遠くのほうまで見える。今まではまだ細部を描き込んでいない、絵の具をヘラでのせた状態みたいだったのに、いきなり景色がパッと見えて、素直に「きれい」と声が出た。こういう野外のおでかけをしているときの自分は愚痴っぽくなる印象がある。暑い、目がつらい、汗止まらない、日焼けする、なんかお腹痛い……など。暑さや体調面はどうしようもないけれど、この中の目のつらさがなくなると、惰性で出てきそうになる愚痴をカラッとさわやかに振り払ってくれる。夏が好きなひとの気持ちが、すこしわかったような気がした。
 予約なしに向かった葉山の名店「ラ・マーレ」だが、二、三組だけ待てば入れた。名物のブイヤベースとさんざん迷って、しらすと青唐辛子になびいて本日のスパゲティを注文。友人は即決で本日のサンドイッチとフレンチフライを注文した。

葉山のレストラン ラ・マーレ

 メガネ・コンタクト生活は中学・高校あたりから始まったのだが、小学校五、六年あたりは、強烈にメガネへの憧れがあった。当時の少女漫画やアニメでは、よくメガネをかけている主人公(ないしクラスメイト)が、うっかりぶつかるなり目にゴミが入るなりしてメガネを外すと、実はとてつもなくかわいい子だった!という表現が散見されたのだ。メガネをかけている女子が冴えない子としてみなされていたという負の表現でもあるが、ポジティヴに捉え直してみると「(今まで親から買い与えられていた)メガネを外し、コンタクトという手段を自分で選択し、なりたい自分になる」という自己選択の表現でもあったのだと思う。

 わたしはというと、それと反対に、メガネをかけた女の子になりたかった。
 軽い老眼こそあれ、両親は揃って視力がよく、あまり生活にメガネが身近に登場することがなかった。大きな休みで年に一、二回会うか会わないかの祖母が、新聞や本を読むときに虫眼鏡みたいにきつい老眼鏡をかける瞬間しか登場しないので、大人が持っているレアグッズという刷り込みがあった。さらに、当時通っていた小学校は私立学園のためエスカレーターで進学できるものの、なんというか、町田とはいえなんとも「東京」らしい文化で中学受験がめずらしくないどころで、学年の半数以上の子が放課後は受験塾に通っていた。わたしは中学受験せず内部進学したのだが、受験している子が日を追うたびにオセロみたいにどんどんメガネをかけはじめ、がんばっている、大人みたいな子の勲章みたいに見えていた。

葉山のレストラン ラ・マーレのドリンク

 当時、すごくすきな友達がいた。それが友情か恋愛か線引きするにはまだまだ幼い、ひらがなのままの「すき」を彼女に抱いていた。彼女も中学受験組だったのだけど、ほかの受験組(とくに男子)が勉強しすぎておかしくなり、毎朝黒板にびっしりと木へんの漢字を書き出したり、算数の⬜︎で空欄になった数字を求める宿題を出すときにわざわざ「あ~あ、X使いてえなあ~。中学生にならないとX使っちゃいけないのかなぁ~」と先回りして中学の数学の知識をひけらかして勉強苦労アピールをしたりする同級生がいるなか、彼女は飄々と「D-Graymanの最新刊読んだ!?」といつも笑って話しかけてくれた。いつも水色の手提げを持っていて、水色のメタルフレームのハーフリムメガネをかけていて、記憶の中の彼女はいつも水色に囲まれてにこにこ笑っている。もしかして受験やめたのかな?と思うほどふつうに過ごしていたが、立派な大学の附属校に合格し、かろやかに進学していった。そういうところもすきだったし、憧れだった。

 もしかしたら彼女みたいになれるかもと思って、親にメガネをせがんだけれど、何度測っても視力は1.0で良好だった。それでも諦められず伊達メガネを買った。彼女がしている本物のメガネのレンズが紫や緑に光るのが神秘的に見えていたけれど、伊達メガネは当然そういう光り方をせず、べつにメガネをかければかわいくなるわけでもなく、次第に使わなくなった。メガネをしたって、わたしは彼女みたいになれないのだと気づいた。

葉山のレストラン ラ・マーレのサラダ

 中学部(以下、一貫校的な表現で失礼します)に上がってからしばらく経った初夏の朝、乗り換えの駅のエスカレーターを上がると、遠くの電光掲示板の下に彼女の姿が見えた。彼女の進学先はわたしの学園と電車の路線が同じだったので、今思えばこうして偶然会うことは不思議ではなかったが、そのときは奇跡みたいに思えた。

 彼女がすっかり他校の夏季制服を着こなしていることにすこし切なくなりながら、そばに近寄って古いあだ名を呼ぶと、横を向いて俯いていた彼女がパッと顔を上げ、こちらに振り返った。メガネをしていない。思い出の中よりぱっちりと目の大きな彼女が、わたしの古いあだ名を呼び返した。ひさしぶりに下の名前で呼ばれて、おもはゆかった。小学部までわたしのことを下の名前で呼んでいた幼馴染たちも、中学部に上がると男子や中学部からきた子たちと同じように「児玉」と呼ぶようになったから、ひさしぶりにちゃんづけで、やさしく呼びかけられた。

 今思えばたった数ヶ月ぶりだけど、もう何年、何十年も会えていなかったような気持ちで再会を喜びながら電車に乗った。最近どう、みたいな話をはじめるけれど、ひさしぶりにしてもどこか会話がぎこちなくて、噛み合っていない気がした。ほどなくして、わたしが先に学園の最寄駅で降りた。制服は仕方ないけど、メガネもやめちゃったんだな、もうわたしの知っている彼女じゃないな、とさみしさでいっぱいだった

 彼女がメガネをやめたのと入れ替わるように、今度はわたしがメガネをするようになった。日がな一日ネットや漫画本ばかり読んでいたのでやや近視気味になり、まず授業中に紫と緑の反射光を浮かべる本物のメガネをするようになった。それからどんどんと視力が落ちて、日常生活でもメガネが手放せなくなり、高等部くらいの頃にメガネをやめて、コンタクト派になった。もうどちらもメガネをかけていない。

葉山のレストラン ラ・マーレのサラダ


 小学生のころのようにメガネもコンタクトもつけず、彼女がいつも持っていた手提げみたいな水色の海を眺めながら、しらすと青唐辛子のスパゲティをいただく。子供のころは辛いものが苦手だったのに、青唐辛子が効いていることがうれしい。映画みたいに美しい景色が見える席に通してもらい、別の友人と「きっとさぁ、◯◯大学のヨット部やテニス部のやつらが、こういうところでひと夏を過ごすんだろうね。映画みたい、セクシーだねえ、いいなぁ」と下世話な会話をしてジュースを飲む。あの子が進学したのは、挙げられた大学の附属校だった。彼女がヨット部やテニス部のちゃらい男子とここでロマンチックなかんじになっている姿を想像はじめた瞬間、頭が破裂しそうになったので、隣でサンドイッチとアクスタを同じカメラに収めようと奮闘している友達の推しについての話題を変えた。

神奈川県立近代美術館


 ふたたびバスに乗って、神奈川県立近代美術館に入り「もはやない国のかつてない光 東ドイツの女性写真家たち」を鑑賞する。キービジュアルにもなっている、もうこの世にいないかもしれない女性ふたりが駆け出している後ろ姿の写真《アネッテとアンゲラ、ルストガルデン、ベルリン》(ジビレ・ベルゲマン撮影、1982年)の実物を観たとき、ふと駅のホームにいた「彼女のことを思い出した。わたしはこんなふうに、彼女ともっと遊んでいたかったのかもしれない。でも今はもう、彼女の連絡先も知らないし、探さない。

Information
レストラン ラ・マーレ

神奈川県三浦郡葉山町堀内24-2
JR「逗子」駅3番のりば、または、京急「逗子・葉山」駅南口2番のりばより「葉山行」バスにて5つ目「鐙摺」下車後、徒歩1分

Instagram:@restaurant_la_maree

Profile
児玉雨子
作詞家、小説家。

アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。2025年に『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)刊行。

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