ドラマ『エラー』が問いかけるもの 連帯の理想か、罪と過ちのリアルか?

ドラマ『エラー』が問いかけるもの 連帯の理想か、罪と過ちのリアルか?
ドラマ『エラー』が問いかけるもの 連帯の理想か、罪と過ちのリアルか?
CULTURE 2026.07.24
配信サービスに地上波……ドラマや映画が見られる環境と作品数は無数に広がり続けているいま。ここでは、今日見るドラマ・映画に迷った人のために作品をガイドしていきます。今回は、2026年4〜5月に放映されたドラマ『エラー』について。

「助け合い」は理想なのか?  シスターフッドの在り方を問いなおす。

今、ネットでシスターフッドの在り方について様々な意見が飛び交っている。確かに、この間終わった春クールのドラマにも、女性ふたりが主人公で、その姿がシスターフッドを描いた作品が多かった。そもそもシスターフッドは女性同士の連帯や絆や支えあいを意味する。その形は当然、様々である。

朝ドラの『風、薫る』はダブルヒロインということから、当然シスターフッドの要素があるし、そもそも、これまでの様々な朝ドラにもシスターフッドが描かれてきた。ヒロインが恋愛をしたり、家族を作ったり、子どもが生まれたり、その家族との別れを経験するのと同じように(それについても、すべては必ずしもヒロインの身に一様に起こらなくてもいいとは思う)、女性同士の連帯は描かれてきた。

しかし、女性と女性がいたら必ずしも連帯は生まれるのかと言えば、そうとも言えないこともある。現実だってそうだ。そう考えだすと、女性同士の連帯は、その理想を描いただけなのではないかという疑問が生まれることも避けられないのかもしれない。

ドラマ エラー

助け合いの「理想」を打ち砕く、殺伐としたリアリズム。

「女性同士は必ず助け合わなければいけない」という理想に抗った映像作品もある。韓国映画の『ビニールハウス』という作品で、主人公の女性は困窮し、しかも愛する一人息子はある出来事から少年院に入っていて、いつかふたたび一緒に暮らすことを望みながら、ひとりビニールハウスに暮らしている。

彼女は訪問介護の仕事をしていて、そこでとある事件が起こる。自身も傷ついているため、自助グループにも参加している。そこで出会った知的障がいと自傷癖を持つ若い女性を一度は助けようとするのだが、それは途中で途切れてしまう。韓国映画には、互助やシスターフッドが当たり前のように描かれると思っていたので、この映画を見たとき、私はかなり衝撃を受けた。しかし、世の中には、手助けしようと思っていても道半ばで人を突き放してしまうようなこともたくさんあるだろう。

「女たちの絆」にも、何があったっていいのだ。

今、善性だけをフィーチャーしたシスターフッドの物語に対しての疑問がネットで生まれているが、もちろん『ビニールハウス』のような出来事がないわけではない。しかし、これは、反動であり、殺伐としたリアリズムに韓国の女性監督が挑戦した一例なのかもしれないと思う。

しかし、むしろ私は一昔前のドラマには、そこまで女性たちの連帯が描かれた物語が多かったわけではないと思う(もちろんこれまでにあった作品をないと言っているのではない)。今年の春クールの女性ふたりが主人公の作品が増えたことのほうが、これまでシスターフッドの作品が比較的少なかったことへのカウンターではないかと個人的には思っている。

前置きが長くなったが、その春クールでは『銀河の一票』が、都知事選をテーマに、女性の候補者と彼女を支える元政治家秘書というふたりの女性の絆を描いていた。今回紹介する『エラー』も、中田ユメ(畑芽育)と大迫未央(志田未来)というふたりが主人公のドラマである。

しかし『エラー』の女性ふたりの関係性は、なかなか複雑である。なぜなら、第一話で、ユメは未央の母親の美郷(榊原郁恵)と偶然、建物の屋上で出会い、そこから飛び降りようとしていた美郷と対話して、それを阻止できたかと思いきや、ある事故で結局、美郷は転落して亡くなってしまうからだ。

しかもそのあと、偶然にも引っ越しの仕事でユメは未央と出会ってしまい、強く惹かれていく。そこには、自分の罪の意識を少しでも減らしたいとか許しを求めたいとかという気もちもあったのかもしれないが、ドラマのスタートとしては、かなり壮絶なところから始まるのである。脚本は弥重早希子。NHKの土曜ドラマ『3000万』も手掛けた脚本家によるオリジナルである。この『3000万』も、コールセンターで働く主婦が、自動車事故により、大金のバッグを手にいれてしまったことから始まるクライム・サスペンスということで共通している。

『エラー』では、ハラハラドキドキの展開に加えて、事実を隠しながらも、どうにも惹かれあい、仲良くなってしまう女性二人の「なんでもない」日常が余計に愛しい。一緒に蟹を食べたり、夜に電話で話していたところ、「一旦、甘いの入れない?」と未央から誘って、ふたりでアイスを食べながら夜道を散歩したり、ときに自分たち以外のことに腹が立って、「バーカバーカ」と大声を出して、「うるさいぞ!」とその辺の住人に怒られたりするシーンを見ていると、ふたりが複雑なことを抱えていることを忘れそうになるくらいの「尊い」時間があった。

しかしふたりが仲良くなればなるほど、ユメは真実を伝えないといけなくなってくる。それをどこで伝えようかと美央は口ごもるのだが、その「言えない」感覚が、ちょっと二人の間の特別な感情にも重なっているような気がして、もどかしくもせつなくなる。

ちなみに、このドラマの女性ふたりの関係性は、友情なのか、恋愛なのかははっきりとは書かれていないが、周囲の人間が、その関係性について指摘するようなセリフがある。特に未央の母が転落したことにより巻き込まれて怪我をしてしまった男性の娘である近藤さくら(北里琉)は、彼女たちのせいで、自分の家が混乱したということで、未央に100万円を要求する。それについてユメは、未央にこれ以上かまわないでほしいというと、さくらは「もしかして、つきあってる?いやうちぜんぜん偏見ないから。周りに普通にいるし」と指摘。ユメが「友達だから」というと、「友達ってそういうことかな…」と返すシーンがあることからもうかがえる。

物語の中心に犯罪があり、その中にいる登場人物たちが、本来ならば交じり合ってはいけないはずなのに、どうしても惹かれあわずにはいられないという関係性は、数々の男性主人公の「ノワール」の中に描かれてきたものである。

これまで、「ノワール」は男性と男性によるものが多かったのだが、これからは女性と女性のものも増えてくる(きた)だろう。ちなみに現在、日本テレビ系で放送中の『さよならノワール』などもまさに女性と女性の物語である。その中でのシスターフッドの描き方も、単なる善性だけではなく、かなり複雑になってきたということは、『エラー』が証明しているのではないだろうか。

それと同時に、「きれいごとじゃないよ、きれいなことだよ」「きれいなことを諦めないって一番強いよ」というセリフがあった『銀河の一票』のように、善性に基づいたシスターフッドの物語だって、その反対だってどんどん作られていいはずだ。そもそも、「男たちの絆」を描いたノワールなどに、善だけでなく悪の中の惹かれあいが見られたように、「女たちの絆」にも、何があったっていいのだ。そのバリエーションや発展には、まだまだ可能性があるだろう。

text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi

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