不倫? 逃げ癖? 離婚歴?『Tシャツが乾くまで』の登場人物が教えてくれる、人間の愛おしい「訳分からなさ」
常識や「共感」では割り切れない、登場人物たちの独特な行動原理。
『T乾』こと『Tシャツが乾くまで』を毎週、楽しみにしている。脚本は、生方美久。演出は土井裕泰、塚本連平、小牧桜。
物語は、出版社で働く瀬尾咲子(蒼井優)の夫・充(松山ケンイチ)と、園田樹生(中島歩)の妻・あずさ(夏帆)が、長野県で起こったバス事故に巻き込まれたところからスタートする。
コインランドリーで出会う咲子と樹生だったが、互いの配偶者もまた、毎月第三金曜日にコインランドリーで会うことを習慣にしていた。樹生はふたりが不倫していたと言うが、咲子は信じていなかった。
ここから咲子と樹生の関係性の変化が描かれるのかと思ったら、行方不明だった充が実は途中でバスを降りていて生きており、咲子の元に帰ってきたから、まず最初に「ええーーー!!!」となった。
しかも、充の行動原理がすごく気になる。充には「逃げ癖」「失踪壁」があるという。ものごころついてから、転勤で数年でその場を離れたり、転職を繰り返したりしてやりすごしてきた。咲子と結婚してからは、咲子が「重石」になっていたからこそ、逃げなくてすんでいたのだが、咲子と結婚する前にも、数か月、消えたことがあった。
かといって、愛情がなくなったわけではない。充は、普段は、人付き合いもできて、人当たりがいい。でもそれは擬態しているというか、無理をしているようだ。
こうした描写を見て、別に恋愛関係にある相手を好きとか嫌いとかではなく、どうしようもなく、こういう行動をしてしまう人はいて、世間一般の大多数の人の当たり前とはかけ離れていても、その人の中での当たり前とは違うだけなのではないかと思えてすっと入ってきたのだった。
別にこれは「共感」でも「反感」でもない。ああ、自分の考え方とは違うけれども、人にはその人によっての行動原理があって、大多数の行動原理と違うからって責め立てられても、別に悪気もなければ、愛情がないわけでもないから、どうしようもないのだなということが、想像できたというだけのことである。
もちろん続いていく人間関係だからこそ、独特の行動原理について共有できていたら、相手を不安にさせないで済むのかもしれないのに……とも思った。
考えたら、このドラマには、けっこうそういう、独特の行動原理で生きている人がたくさんいる。咲子と親しい職場の上司の大井田千鶴(臼田あさ美)は、10歳年下の荒木拓真(庄司浩平)と不倫している。しかも、彼の妻は不倫容認派だったが、隠れて不倫していたことが許せなくて離婚。それで晴れて公然とした付き合いが始まるのかと思ったら、千鶴は別れをきりだし、今は友人に戻って仲良くしている。
充とあずさだって、傍から見れば不倫関係なのかもしれないが、第三金曜日にコインランドリーで会って話す以上のことはない。配偶者以上に何でも話せても、配偶者以上に好きというわけでもない。
おまけに、けっこう規範的なのかと思っていた咲子本人が、最終回直前になって、4回の結婚と離婚を繰り返し、充は五番目の夫であることが発覚するのである。
こうなると、このドラマに出てくる人は、みな、それぞれの独特な行動原理で生きている人ばかりなのである。

急展開への違和感から一転、「安心と不安」の描写に惹きつけられた理由。
正直、この原稿を書き始めるまでは、このドラマの脚本は、視聴者をあっと驚かせよう、こうだろうという予測を裏切ろうということに、力を注ぎすぎなのではと思う部分もあった。だから、7話で急に、咲子までその場からいなくなって、咲子を知る人々が家に集められ、学級会みたいなことが始まって、咲子に知られざるいろんな一面についての話し合いが始まったときには、ちょっと「えっ」と思ってしまったのも事実である。
だって、人に、知られざる一面があったり、接している人によって印象が違うことなんて当たり前なことだし。よく何かの犯人の人となりを近所の人に聞きこんだら、すごくいい人だったというのと同じである。
そのところと、咲子が何度も結婚と離婚を繰り返したというところで、物語を一足飛びにすすめようとしているように感じて、ちょっと大味になってしまったのかなと思ったが、8話の終わりには、また、こまかーい話に戻ったのでほっとした。
それは、何度も結婚と離婚を繰り返したエピソードを聞いてしまった充が、すごくマメに自分の帰る時間を気にしたり、一緒に家事をしていても、咲子を気遣い、安心させようと、異様に優しい、理解のある夫に豹変してしまったのだ。
そして、こうした「安心」を求めていたはずの咲子が、あふれんばかりの「安心」をくれる充のことを、なんか違うなと思って「今までありがとう」と言ったところで終わっていた。
恋愛に「安心」を求めつつも、「不安」を餌にして回してしまう人はたぶん、世の中にはたくさんいるはずだ。けれども、なかなかそれをドラマや映画にした人は少ない。だからこそ、このドラマは面白いのだと思う。
しかも、充は「逃げ癖」があったくせに、急に「不安」を餌にして、咲子が自分の元から離れていかないかと、心配しはじめて、関係性が逆転してしまう。
そして、今のとところ、まったく「その人なりの行動原理」がまったく見えないのが樹生ただ一人なのだが、もしかして最終回で樹生にも独特の行動原理が飛び出したりするのだろうか。
別にそんなことはなくてもいいが、ちょっとだけ期待してしまう自分もいる。まあ、それは予定調和すぎるか。
実は今まで、生方作品はちょっと怖くて苦手だったところがある。ただ、今回、最後まで目が離せなかったのは、人は皆が常識的で均質的な考えの元で同じように生きているわけではない、ということが少なくとも貫かれているからではないかと思っている。
text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi

















