札幌の名店5軒を巡る、ちょっと切ない北海道グルメ恋物語。

札幌の名店5軒を巡る、ちょっと切ない北海道グルメ恋物語。
Hanako「北海道 おいしく遊ぶ、夏のご褒美旅。」特集スピンオフ小説
札幌の名店5軒を巡る、ちょっと切ない北海道グルメ恋物語。
FOOD 2026.07.28
HanakoのYoutubeでは毎月、雑誌『Hanako』の特集と連動したスピンオフムービーをお届けしています。2026年7月28日発売の特集は「北海道」。今回のムービーは、北海道出身の小説家・八木圭一さんによる書き下ろしのオリジナル小説に沿って、札幌・すすきのグルメを紹介しています。物語は、名店を巡りながら、恋に一喜一憂する主人公の姿を描いた、「北海道グルメ×恋愛ストーリー」。その書き下ろし作品をHanako Webで全文公開。動画では描ききれなかった心情や情景、北海道の街とおいしいグルメ、そして少し切ない恋の物語を、ぜひ動画とあわせてお楽しみください。
企画・プロデューサー 藤田佳奈美
profile
八木圭一
小説家

北海道十勝出身。大学卒業後、旅行雑誌「じゃらん」編集者やコピーライターなどを経て、2014年に『一千兆円の身代金』で宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー。同作は翌年、フジテレビでドラマ化。現在もIT企業で働く兼業作家。最新刊は『謎解きトラベラーズ―ソラの事件ノート―』(JTBパブリッシング)。

「好きです、札幌グルメ。片思い巡礼」八木圭一

プロローグ

狸小路のアーケードに足を踏み入れると、僕(北大路シュン)はつい立ち止まり、スマートフォンのカメラを起動した。夕方にしては珍しく人の流れが少ない。どこまでも続く、抜け感のある空間をカメラに収めた。

900メートルに渡って200店舗が軒を連ねる。明治から続く北海道で最古の商店街の一つだ。老舗の味深い鮨店があるかと思えば、今風の瀟洒なバルが現れる。もちろん、飲食店だけじゃなく、ホテル、土産屋、カラオケ店など、さまざまな店がある。

だが、新旧がパッチワークのように繋ぎ合わされたこの通りは、僕にとって巨大な食のアーカイブだ。

1ヶ月前に、とある女性に告白して振られた店が通り過ぎる。僕はため息をついて天井を見上げたが、その足取りは止まらない。空腹と好奇心は、失恋の痛みよりもずっと誠実だ。

僕は札幌で、グルメ情報サイトの編集者をしている。北海道の十勝地方にある帯広市の出身で、大学で東京に出たが、札幌で就職した。東京での学生生活は楽しかったし、“世界一の美食都市”とも言われる東京を出る選択は悩ましかった。だが、北海道を出て、特に就職活動の時にはっきりと自覚した。僕は北海道が好きなのだと。そして、北海道や十勝に貢献したい思いが強いのだと。

北海道は自分が育って感じたことだが、首都圏と比較して、子育て環境が良いと思う。札幌と十勝でまた異なるのだが、東京で子育てをすることの大変さを想像すると、札幌に住みたいと感じた。

明日は、マッチングアプリで知り合った女性、橋口カンナと2回目の食事する予定になっている。1回目は昼間に大通りのカフェでコーヒーを飲みながら話をした。そこで、「次はお酒を飲みながら、夜ごはんを食べよう」ということになった。

初回は緊張して、僕に気を遣いすぎている様子もあり、本音が見えない部分もあった。お酒が好きだと言っていたので、話しやすい雰囲気を作ることができれば、また違う一面が見えてくる気がする。時折見せてくれた笑顔はかわいかったし、「早めに結婚したい」と言っていた。

あの女性が、僕にとって運命の人なんじゃないかと思えてきた。

橋口カンナと狸小路のピッツァ「ピッツェリア デル カピターノ」へ

狸小路7丁目。たぬきスクエアの1階に店を構えるお気に入りの〈ピッツェリア デル カピターノ〉に予約していた。石窯で丁寧に焼き上げるナポリピザ、いや、ピッツァが主役のお店だ。本場イタリアでも修行し世界大会でも実績を残した職人さんが、小麦をはじめ、北海道産の食材を使って、シンプルに素材を活かす料理をする。

カンナとは、狸小路のドンキ(ホーテ)前で落ち合った。前回よりもカジュアルな服装でデニムにシャツを合わせている。今日はとにかく、本音を引き出したいので、その方がこちらとしてもありがたい。

ほどなく、お店に到着した。奥路地というか、路地裏が隠れ家的な雰囲気を醸し出していて気に入っている。スタッフに案内されて、ピッツァ窯近くのテーブルについた。すぐにサッポロクラシックの生ビールで乾杯する。

「ほら、あの石窯で焼くんだけど、ここは北海道産小麦100%のピッツァ専用粉に、希少品種の北海道産ハルユタカ100%の全粒粉をブレンドした生地を使っているんだ」

カンナは「へえ」と頷いた。

「絶対食べてほしいおすすめがあって、この“TOKACHI”ってメニュー。北海道産のモッツァレラチーズや3種のきのこ、十勝産のマッシュルームが使われているんだ!」

カンナがつい力のこもった僕の様子に驚いている様子だ。だが、ここは譲れない思いがある。

「あ、そういえば、北海道で小麦を一番作っているエリアはどこかわかる?」

会話が途切れたので、僕は何気なく投げかけた。

「え、わかんないかも……」と、カンナが首を傾げた。

「僕の地元、十勝で北海道のシェアの4割くらいかな。十勝の面積が大きいというのもあるけどね。全国で見ても25%くらい。でも、小麦自体は自給率って2割以下で、アメリカとかカナダ産が多くて。物価高もすごいし、自給率を上げていった方がよいよね」

カンナが「地元愛やばい」と、白い歯を見せた。「地元は大好きだね。やっぱり食材の宝庫で」とまた、十勝の魅力を語り始めてしまう。

そうしているうちに、オーダーしていたピッツァの“TOKACHI”が届けられた。窯で焼き上げられて、少しだけみみが焦げたような香ばしさがたまらない。

「ちょっと小麦を感じながら食べてみて」と、僕は少し黙ることにする。そして、熱々のピッツァを頬張る。まず、ふわっと小麦の香りが鼻腔に入ってくる。これこそ、北海道産小麦100%の魔法だ。さらに、〝とかちマッシュ(マッシュルーム)〟の力強い香りが重なる。風味がなんと豊かなのだろう。

そして、濃厚なモッツァレラチーズのコク、火が入ったことでより芳醇な味わいが増した3種キノコ、エリンギ、シメジ、舞茸、そして、とかちマッシュ。さらに半熟卵と絡み合う。ビスマルクのようでいて、また違う世界に一つの特別感がある。

カンナも一口頬張って「本当だ!」と大きく頷いた。満足してくれたようだが、僕は食を語りすぎたかもしれない。カンナの話を聞くべきだとわかっているが、ここのピッツァの素晴らしさを前に、口が止まらなかった。

白のボトルを入れていたが、カンナがどんどんワイングラスを空にしていく。僕はどこからか、空気が変わり始めたのを感じていた。

「北大路くん、料理に詳しいし、どれもおいしいけど……」と言いかけて、カンナがワイングラスを回している。「え?」と聞き返した。

「私はあんまりうんちく系は苦手かも……。ただ、おいしいねって、笑って食事したいな。自給率とか、デート中に考えたくないっていうか……」

「そっか、ごめん、つい……」

大通駅まで送って別れたが、カンナが振り返ることはなかった。僕は、夜風に当たりながら、心の窯から火が消えていくのを感じていた。

information
PIZZERIA DEL CAPITANO(ピッツェリア デル カピターノ)

住所:北海道札幌市中央区南3条西7-6-4 TANUKISQUARE 1F
アクセス:札幌市電「資生館小学校前駅」徒歩約5分。
TEL:011-206-4830
営業時間:月〜金 16:00〜23:00(L.O.22:00)、土・日・祝 12:00〜23:00(L.O.22:00)
定休日:不定休

吉田エマと狸小路市場の北海道炉端めんめ」へ

昭和の面影を色濃く残す狸小路市場。老舗の人気店〈北海道炉端 めんめの暖簾をくぐると炉端の炭がパチリと爆(は)ぜる音が響いた。高級魚で知られるキチジのことを北海道では、めんめと呼び、お祝いなどハレの日にも重宝する。その名の通り、ここではめんめをはじめ、北海道産の魚介を炉端、刺身などでいただける。

僕にとってはお魚や日本酒を楽しみたいときに行く、ちょっと特別なお店。そう、ちょっと特別なデートがあるので、気合が入っていた。

「北大路くんとおいしいグルメを食べたい」と、以前、飲み会で知り合った女性から誘ってきたのだ。東京出身で、看護師をしている吉田エマ。初対面の時から、とても素直で、本音と建前を使い分けずに自分の考えを口にするタイプだと感じていた。料理も好きらしく、家庭的な印象が強い。

「なんか雰囲気がいいね。狸小路市場は初めて!」と、エマはテンションが高めだ。店内に入って、案内されたカウンター席は、焼き台の目の前の特等席だ。お互い迷わずにサッポロクラシックをオーダーした。息はぴったりだ。

焼き台では、真っ赤に熾(おこ)った炭が熱を放ち、滴り落ちためんめやホッケの脂が炭に触れ、ジュっという音とともに香ばしい匂いが鼻腔を刺激してくる。

「全部、北大路くんに任せる!」と言われたので迷わず、めんめ北海道産の初物のとうもろこし、十勝和牛の炭火焼きをオーダーした。

エマが「めんめって、キンメダイのこと?」と首を傾げた。

「いや、似ているけど、別物なんだよね。北海道が水揚げは一番で、東北くらいまでしか獲れないはずだよ」

煮物にしてもおいしいがやはり、ここの塩焼きが一番好きだ。僕もパリッと焼き目がついた皮目に箸を入れて、白身魚とは思えないほど脂ののった身を口に運ぶ。上品な脂がギュッと詰まっている。

「脂がのっていて、おいしい!」と、エマは本音なのがわかりやすいから付き合いやすい。ノリが良く、お酒もすすむ。

初物ならではの生命感を感じるとうもろこしは炭火で炙られて弾けるような粒の食感と、瑞々しい甘みが感じられる。隣では、エマはどの料理もおいしそうに食べてくれている。話しやすいし、一緒にいて居心地がいい。もしかしたら、こういうタイプが自分に合っているのだろうか。

「エマちゃんはどういう男性がタイプなの?」

僕は日本酒“上川大雪十勝”の入ったお猪口を煽りながら、ついに恋愛の話を切り出した。

「あ、BTSのジョングク!」

「ジョングクはめっちゃかっこいいよね。歌もダンスも上手いし、性格も良さそうだし」

僕はBTSのことなら1時間くらいは語れる自信があったけど、それはやめることにした。

「そういえば、なんで、今回は誘ってくれたのかな?」

「だって、北大路くん、思っていた通りだけど、おいしいものたくさん知っているし、優しいし、最高のグルメ友だちになれそうだなって思ったんだよね! 私、仕事と推し活で忙しいし、恋愛は全然興味なくて」

「なるほど、最高の、グルメ友だちね……」

僕は少し冷めてしまった十勝和牛を口に運んだ。噛み締めるほどに、味わい深い。

「あ、僕もね、グルメ友だち作るなら自分を選ぶかもって思ったことあるわ」

僕は自嘲すると、心の中では泣きながらエマと一緒に笑った。

information
北海道炉端 めんめ

住所:北海道札幌市中央区南3条西6丁目 狸小路市場内
アクセス:札幌市営地下鉄「大通駅」徒歩約6分、札幌市電「資生館小学校前駅」徒歩約2分
TEL:011-241-6810
営業時間:17:00〜23:00
定休日:日曜日

ひとりでパールタウン名店街のラーメン店「一粒庵」へ

大通り公園のベンチに座り、バリスタートコーヒーのカフェラテを飲んでいた僕はおもむろにスマホを取り出した。食べログで、〈一粒庵(いちりゅうあん)〉のページにアクセスする。18時からの予約枠が空いていたので、迷わず確保した。

東京でも人気ラーメン店は一時間並ぶことはざらだったが、札幌でもおいしいラーメンを食べようと思ったら時間をずらすか、並ぶ必要がある。予約料はかかるがわずかな額だ。

ベンチから立ち上がり、僕は札幌駅に向かって歩を進めた。北四条西一丁目、ホクレンビルの地下一階、パールタウン名店街にその店はある。一粒庵という店名には、「小麦の一粒一粒までを大切に味わいたい」と言うオーナーの熱い思いが宿っている。当然、北海道産小麦100%で作られたオリジナルの特注麺だ。

お店に足を踏み入れると、右奥のカウンターの椅子に腰をおろす。「元気のでるみそラーメン」の小サイズに、味たまごトッピングでオーダーする。

僕が一粒庵〉を好きな理由は、味についてはもちろんのこと、きめ細やかなサービスだ。食べすぎてしまいがちな自分にとって、麺が75グラムの小サイズは嬉しい。麺を少しと味噌のスープを飲み干したくなる時が男子にも、女子にも、みんなにも、ある。しかも、ラーメン業界がやりがちな“レディースサイズ”ではなく、誰でもオーダーできる“小サイズ”にしているところが、地味にこの店のジェンダーフリーな感覚、サービス精神が象徴されている。

ラーメンが到着したので、早速、レンゲでスープを一口すする。失恋で、ぽっかりと空いた穴に、旨みが溢れた元気のでるスープが沁み込んでいく。

味の決め手は北海道が誇る山菜“行者にんにく”だ。収穫は毎年、雪解け後のゴールデンウィーク前後、二週間ほどしかない。一粒庵では、オープン時より、十勝浦幌町産の天然ものを仕入れて使用している。急速冷凍することで、年間を通じてこの味が提供できるわけだ。しかも、行者にんにくの風味が生きていながら、調理方法を工夫しているので匂いは気にならない。

最後の一杯まで飲み干した僕は目をつむる。するとそこには、十勝の厳しい冬を耐え忍び、次々と力強く芽を出す行者にんにくの群れがある。

急に人間の失恋の痛みなんて、かすり傷みたいに思えてきた。

僕は、「ごちそうさま。今日も、元気でました!」とスタッフに声をかけた。

information
ラーメン札幌 一粒庵

住所:北海道札幌市中央区北4条西1丁目1 ホクレンビル B1F パールタウン飲食店街
アクセス:JR「札幌駅」南口より徒歩約2分、札幌市営地下鉄東豊線「さっぽろ駅」23番出口直結(ホクレンビル B1F)
TEL:011-219-3199
営業時間:月 11:00〜15:00(L.O.)、水〜日 11:00〜15:00(L.O.)/17:00〜21:00(L.O.)
定休日:火曜日(営業時間・休業日は変更となる場合あり)

山本アイラとススキノの道産羊肉割烹ラムぴりか」へ

今日は、ススキノにある〈道産羊肉割烹 ラムぴりかに予約していた。2022年にオープンしてからずっと気になっていたが、今回が初めてのお店だ。それだけ勝負をかけた女性とデートをすることになっている。

待ち合わせの場所、豊水すすきの駅6番出口に現れた山本アイラは爽やかなワンピースを身に纏っていた。僕のことを見つけると、手を振りながら、駆け寄ってくる。一瞬、見惚れてしまう。

「シュンくん、ひさしぶり! 素敵なお店を予約してくれてありがとう」

正直、顔も性格も僕のどストライクにハマるタイプで、一目惚れだったと言っても過言ではない。ウェブデザイナーをしているだけあって、いつも服装にもセンスが溢れている。だが、長年続いている恋人がいた。だから、諦めた。それなのに、「喧嘩をして別れた」、「会いたい」というのだ。

「ここは僕も初めてなんだけど、十勝足寄町の石田めん羊牧場さんの羊とか、北海道内のこだわりの農場ばかりと契約しているみたいで気になっていたんだよね!」

僕は興奮気味にアイラに伝える。

札幌はもちろん、北海道にはジンギスカンをはじめ、ラムやマトンを食べられるお店が多いが、ほとんどはオーストラリアやニュージーランドなどの外国産だ。国産羊は国内消費量の1%以下、0.6%とも言われている。価格が上がるだけに、北海道産の羊肉は東京の高級店に卸されることが多い。だが、札幌でも、道内産の羊肉を使うお店は着実に増えてきている。

「ラムぴりかってかわいい名前だよね。“ゆめぴりか”ってお米があるけど、あれをもじったのかな?」

アイラが聞いてきた。いちいち微笑みかけてくる姿が愛くるしい。

「いや、そもそも、“ピリカ”って、アイヌ語で“美しい”とか“きれい”って意味なんだよ」

「へえ、そうなんだ」と、アイラが目を輝かせている。僕は「その瞳こそピリカだよ」と感じて、口に出そうか迷ったが、やめておいた。

北海道産ラムしゃぶセットは1本1本、綺麗に手巻きしたロース、バラが、ほどよいバランスで入っている。ロースの上品な赤身の旨み、バラの脂の甘みを交互に味わえて、期待以上のおいしさだ。臭みがまるでない。

「やばい」と語彙を失うアイラの笑顔を見ているだけで、僕は幸せだった。すると、そこへ店員が追加オーダーしたメニューを手にしてやってきた。

「こちら、いぶりがっこと足寄町しあわせチーズ工房さんの羊乳チーズ”になります」

僕が尊敬するチーズ職人のチーズを使ったメニューを持ってきたその時、僕は幸せの絶頂にいることを実感していた。世界中の全てが僕のことを祝福してくれている気がする。羊乳特有の深いコクと、いぶりがっこの燻製の香りがマッチして、十勝の広大な風景が蘇ってくる。

「本間さんってチーズ職人さん、いろんなコンテストで賞をとりまくっているんだけど、このチーズさ、本当に幸せな気分になれるんだよね」と、僕は自分で頬が緩んでいるのを自覚していた。幸せすぎてこわいくらいだ。

「え、これ、めっちゃおいしい! 彼氏がチーズ大好きだから、絶対連れて来る!」

僕の幸せが目の前で、羊が鳴き声を上げるような音を立てて崩れ落ちる。それは聞き捨てならない言葉だった。

「え、待って。恋人と別れて、いないって言ってなかった?」

アイラが「しまった、口を滑らせた」という表情に変わった。少し間が開く。

「あ、ごめん、連絡した時はいなかったんだけど、先週、元カレと復縁したんだよね……。ほんと、なんか、腐れ縁で」

「そ、そうだったんだ……」と、僕はなんとか口にしたが、その次の言葉が出でこない。

「なんか、ごめんね。彼氏と別れて、誰かとおいしいもの食べたくなって、真っ先にシュンくん、あ、北大路くんが思い浮かんで、シンプルに食べたくて。そういうふうに見られていると思ってなかったから」

「そっか……」と、僕は再び言葉をなんとか捻り出した。まるで毛刈りを終えた羊の毛皮のように……。本体の方じゃない。そっちじゃなくて、心も肉体も抜け落ちた皮だけのように感じていた。

information
道産羊肉割烹 ラムぴりか

住所:北海道札幌市中央区南6条西3-6-31 ジョイフル酒肴小路 7F
アクセス:札幌市営地下鉄東豊線「豊水すすきの駅」7番出口より徒歩約3分、札幌市営地下鉄南北線「すすきの駅」5番出口より徒歩約5分
TEL:011-215-0875
営業時間:17:30〜23:00
定休日:不定休

ひとりで狸小路の夜パフェ専門店パフェテリア ミル」へ

狸小路5丁目。金曜の深夜0時を回ったアーケードは、さきほどまでいたススキノをほどよく濾過したような、心地よい静けさに包まれている。足元がややふらつく。少し飲みすぎたのはおそらく、アルコールのせいだけではない。今日1日の空回りを、胃の腑に沈めてしまいたかったからだ。

札幌ドラッグストアと、餃子の王将を過ぎたあたりで、青い看板で立ち止まる。僕は、吸い込まれるようにしてビルに入り、階段を降りていく。途中カップルとすれ違ったが目もくれなかった。そこにあるのは、落ち着いたブルーの扉。開ければ、白い壁と木の質感が広がる、大人の隠れ家のような空間が僕を待っていた。

バーでハイボールを三杯飲んだ後、やってきたのは、〈夜パフェ専門 パフェテリア ミルだ。カウンターの端に座る。店内に男性の一人客は自分一人だけだ。飲んだあと、毎回食べたくなるわけではないが、特に失恋の大きな傷を負っている時、無性に食べたくなるのが締めパフェだ。もしかしたら、“見つめたくなる”と言った方が正確かもしれない。

食べるのがもったいない、アートのようなパフェに、あえて一人で対峙する。その時間になんとも言えない切なさが込み上げる。それは戒めには、十分すぎる儀式だ。

店のメニューは旬の食材を活かしたものに定期的に入れ替わる。事前にインスタグラムでチェックしていた僕は、お目当てのメニューをスタッフに告げた。「空飛ぶ苺豆大福」のパフェだ。

やってきたパフェを見て、僕は思わず息を呑んだ。もはやデザートの域を超えたアートだ。パフェのいただきには、ホワイトチョコとお餅、北海道産の千石黒大豆で模された一羽の小鳥。凛とした佇まい、つぶらな瞳でこちらをじっと見つめているのは、北海道にしか生息しない“雪の妖精”、シマエナガだ。

チョコ細工で表現された長い尻尾が躍動感に溢れ、今にも飛び出してしまいそうだ。

妖精さん、僕もキミみたいに、誰かの心にかわいく着地したかったよ……。人生って、パフェのようには甘くないよね――。

僕は自嘲しながら、シマエナガの顔を崩さないようにスプーンを入れて口に運ぶ。ヴァローナ70%の濃厚なチョコレートジェラート、山川牧場のソフトークリームが絡み合う。酒で火照った喉を優しく転がり落ちて、クールダウンさせてくれる。

妖精さん、僕の恋が羽ばたく日は来るのかな――。

祈るような気持ちで目を瞑る。すると、夜の暗闇のようなカカオニブの森から、シマエナガが鳴く声が聞こえた。

「甘えないで。自分の羽で飛びなさい!」

え!? 僕は、目を見開いて、周囲を見回す。だが、そこにあるのはパフェと、パフェを楽しむ客の姿だけだ。どうやら少し飲み過ぎたみたいだ。

妖精にまで見放されたというのに、不思議と気分は悪くない。

パフェのラストは、ピスタチオプリンとカラメルソースが織りなす、妖精の舞だ。一粒残していた苺の心地よい酸味が、心の中に溜まっていた澱をきれいに洗い流してくれるようだ。

シマエナガのようにひと休みしたら、また、次の恋と、次のグルメを探しに行こうか――。

僕はゆっくりと立ち上がり、少しだけ軽くなった足取りで夜の狸小路へと踏み出した。

※この物語はフィクションです。

information
夜パフェ専門店 パフェテリア ミル

住所:北海道札幌市中央区南3条西5-30 三条美松ビル B1F
アクセス:札幌市営地下鉄「大通駅」徒歩約3分、札幌市営地下鉄「すすきの駅」徒歩約4分、札幌市電「狸小路駅」徒歩約2分
TEL:011-522-9432
営業時間:日〜木 18:00〜24:00、金・土 18:00〜翌2:00
定休日:不定休

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