【東京・大阪・京都】一度は訪れておきたい名建築の喫茶店4選

東京都生まれ。大阪公立大学教授。建築の歴史を、作り手ではなく使う者の視点から読みとく。『東京モダン建築さんぽ』(エクスナレッジ)ほか著書多数。BUNGA NET で「ポストモダニズムの歴史」連載中。


名建築喫茶の五箇条 1. 「居間」の親密感がある
自分だけの空間と公共の場所の中間、いわば「みんなの居間」のような親密感があること。
名建築喫茶の五箇条 2. 「多様な居場所」がある
日によって気分によって居場所を見つけられる空間では、多様な人が多様なまま過ごせる。
名建築喫茶の五箇条 3. 空間的な「見通し」がよい
見通しのよさがもたらすのは、他者の存在を感じながらも個として過ごせる心地よさ。
名建築喫茶の五箇条 4. 壁や家具の「素材」が本物
間近で見たり触れたりする壁や椅子。その素材がよいと安心感や過ごしやすさに繋がる。
名建築喫茶の五箇条 5. 「人間中心」で作られている
眺めのよさや動きやすさなど、本能的な感覚や身体性に寄り添う空間が、人を惹きつける。
倉方さんが選ぶ、名建築喫茶4店について解説
「また来たいと思う店にはどんな秘密があるのでしょう。喫茶店建築の歴史をたどってみると、その答えが見えてきます」
建築史家の倉方俊輔さんがそう語る。最初にひもとくのは、戦前の1934年に開店した京都の〈フランソア喫茶室〉。ステンドグラスの窓やビロードの椅子が非日常へと誘う空間は、ヨーロッパのカフェに憧れた創業者の想いを形にしたものだ。

「西洋にはかつて、貴族や文化人が仲間の邸宅の居間に集い、政治談議に花を咲かせるサロン文化がありました。やがて19世紀の市民社会になり、その役目を担ったのが街のカフェです。パブリックな場ではありますが、なにしろ原点は〝居間〞。店内にはオーナーが選んだ絵画や趣味の小物が飾られ、アットホームな雰囲気だったのです。〈フランソア喫茶室〉に感じるのも、そういう親密な心地よさ。非日常でありながら温かみがあり、また訪れたくなるんです」
そんな「居間としての喫茶店」の温かみと、新時代への希望とが同時に表れているのが、大阪の〈純喫茶アメリカン〉だ。
「1963年に改装された空間には、戦後アメリカのビルのようなモダン建築への憧れがうかがえます。階段の手摺すりはスタイリッシュな幾何学デザインで、椅子にはスチールパイプなどの工業素材が使われている。おもしろいのは〝螺旋階段にシャンデリア〞のような華やか路線も混在していることです」

実は、この「憧れを全部入れちゃった!感」も心地よさの秘密だと倉方さんは考える。
「座る場所によって眺めや雰囲気が変わるから、また行きたくなる。そして、いろんな居場所が用意されていることは、多様な人が、多様なままで過ごせることも意味します。それが安心感に繋がるのですね」
モダニズム喫茶の時代へ。
多様な人が多様なままでいられる心地よさを、内装や雰囲気ではなく「空間」で作ったのが、モダニズムの喫茶店建築だ。「20世紀初頭に始まったモダニズム建築の根本は、〝人間中心〞の考え方。こういう空間が動きやすい、ここから外が見えたら気持ちいい……人間の本能的な感覚や身体性に寄り添った空間構成を意図したんです。日本では、1969年竣工の〈珈琲ロン〉が好例でしょう」
建築家の池田勝也が東京・四谷に設計したその建物は、モダンな鉄筋コンクリート造。外壁に設けられた細長いガラスのスリットが、喫茶空間への入り口だ。こぢんまりした店内は1、2階の2フロア。真ん中の通路だけが吹き抜けで、劇場の桟敷(さじき)席のような2階からは、階下も含めた店全体を見通せる。椅子の背もたれと仕切り壁の高さが、低めの位置でぴたりと揃っていることも、見通しのよさに一役買っているようだ。

「見通しのいい空間は、他者とゆるやかに繋がっている心地よさをもたらします。例えば、閉じた個室に座ってお茶を飲んでいても、たぶん落ち着かない。場を共有している他人の雰囲気を感じるからこそ、落ち着くのだと思いませんか? また、席に着いた時、入り口のガラススリットを通して街が見えるのもいい。空間にこもる安心感と、外の世界へ繋がっていく気持ちよさを両立させているんですね」
特筆すべきは外装と内装の仕上げが同じこと。〈珈琲ロン〉では、外観で目にしたコンクリート壁や木レンガの床が、そのまま室内まで続いている。
「屋外で使われるラフな素材を屋内に持ち込むことで、気兼ねの無さというか、適度に放っておいてくれるような雰囲気を生み出しているのだと私は想像します。装飾ではなく空間の操作により、国籍や世代を超えたモダニズムらしい普遍的な心地よさを作っているのです」
空間と人を繋ぐ力とは。
さて、モダニズムの延長線上にある空間性に加え、「居間﹂型喫茶店の趣味性も感じさせるのが、1969年に開店した東京・中野の〈つるや〉。
「特徴は中庭があることと、店内の床を70cmほど掘り下げていること。入り口から階段を下りるに従って景色が変化し、パッと中庭が現れる。人が行動することで眺めや気分が変わるんです。加えて、和の空間にも通じるニュートラルな心地よさも、この建築の魅力でしょう。繊細なディテールを丁寧に積み重ねて作った空間に、強い主張や厳格な統一感は感じられません。だからこそ来た人は心がほぐれ、ホッとするんです」

今回4つの店を見てわかったのは、今も昔も、人は自分らしくいられる空間を求めて喫茶店に足を運ぶのだということ。「そういう場所には、建築の力、つまり空間と人を繋ぐ力が少なからず働いているんです」

住所:京都府京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町184
開業:1934年
改装:1941年(北棟)、1950年(南棟)
設計:アレッサンドロ・ベンチベニ
規模:木造2階建
TEL:075-351-4042
営業時間:11:00〜21:30LO
定休日:無休
席数:80席
1934年開店(南棟。1950年改装)。1941年に隣接する町家を買い取って改装し北棟に。喫茶店では初の国登録有形文化財。

住所:大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-4
開業:1946年
改装:1963年
設計:富士工務店
規模:鉄骨造5階建(店舗は1・2階)
TEL:06-6211-2100
営業時間:10:00〜22:00(火〜21:30)
定休日:月3回ほど木休
席数:245席
戦後すぐの開業後、1950年に現在の千日前(せんにちまえ)商店街へ移転。もとは木造建築だったが1963年にモダンなビルへ改築した。

住所:東京都新宿区四谷1-2
開業:1954年
改装:1969年
設計:池田勝也
規模:鉄筋コンクリート造4階建(店舗は1・2階)
TEL:非公開
営業時間:11:00〜18:00
定休日:土日祝休(毎月第3土日は禁煙で営業)
席数:48席 平日のみ全席喫煙
建築家・池田勝也が、高橋靗一(ていいち)の設計事務所〈第一工房〉の所員時代に設計。独立後も担当し、これが初作品となった。

住所:東京都中野区鷺宮1-27-3
開業:1969年
改装:1969年
設計:池原義郎
規模:2階建
TEL:03-3330-2170
営業時間:11:00〜19:00
定休日:水木休み
席数:24席
西武ライオンズ球場などで知られる建築家、池原義郎の設計。商店街に立つ店舗兼住居で、ガラスブロック壁の内側が店内。
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