【金運アップを願って】その名もズバリ!のご利益神社3選。

『新版引札見本帖』第1より/国立国会図書館デジタルコレクション
お財布の寂しさにクヨクヨすることなく前を向いて生きていくため、今回は名前からしてインパクトのある神社をおすすめ。遠出にはなるけれど手間暇をかかけるだけの価値がある、京都・鳥取・鎌倉の3社をご案内します。
その一 キラキラまぶしい、京都・御金神社の黄金色の鳥居。
地下鉄の烏丸御池から歩いて5分ほど。オフィスビルが立ち並ぶ御池通(おいけどおり)から西洞院通(にしのとういんどおり)にほんの少し入った静かな界隈に、突如として黄金色に輝く鳥居が合わられます。これこそ国内外から参拝者が訪れる御金神社(みかねじんじゃ)のシンボルです。

主祭神は、金属と鉱物を司どる金山毘古命(かなやまひこのみこと)。金銀銅をはじめとするすべての金属、鉱山や鉱物を司どる神として古くから信仰されてきました。
境内に隣接する釜座通(かまんざどおり)は、茶釜や梵鐘を鋳造する釜師が集まり座(同業者の組合)を組んだ場所。今も茶道家元・千家(せんげ)の茶道具を手がける「千家十職」の釜師・大西家が工房を構えています。
また近くにはかつて徳川幕府の貨幣鋳造を行った金座・銀座があり、金銀細工の工房や両替商が軒を連ねたことから、両替町と呼ばれるエリアも。
御金神社はこうした特性をもつ地域の氏神として、また鉱物の採掘や金属加工、金融に携わる人々の崇敬を集め、やがて金運招福にご利益ありと広く知られるようになりました。

本殿背後のイチョウは推定樹齢200年以上。幹回りが2m以上、樹高が22mと京都市内でも指折りの巨樹です。そもそもイチョウは水分を多く含む性質から火伏(ひぶせ)の力があるとされ、また旺盛な生命力から御神木として、多くの神社で大切にされてきました。末広がりな葉の形も縁起が良いもの。
御金神社でも絵馬や御守りのモチーフになっています。

宝くじや通帳などを入れておくための「福包み守り」や小判型の「おたから小判」などの御守や金箔装飾の伝統技法で仕上げた御朱印、珍しい「大大吉」入り「御金みくじ」などの授与品も、有り難みが感じられます。


近年は評判が評判を呼んで海外から訪れる人も。曜日や時間によっては長い行列ができていることも少なくありませんが、そうしたお参りする人々のエネルギーが蓄積されて、御金神社のパワーがますます大きくなっているような気がします。
御金神社
京都府京都市中京区西洞院御池通上ル押西洞院町614
その二 宝くじ当選を願って遠路はるばる。鳥取・金持神社。
鳥取県第二の都市・米子(よなご)から日野川を遡り、中国山地の山ふところへ。岡山県との県境のほど近く、奥日野と呼ばれる地域を目指します。このあたりは古くから良質の砂鉄が取れる場所。かつては木炭を燃料にした日本独自の製鉄方法・たたら製鉄が盛んに行われ、大正時代まで続いていました。

こうした歴史を刻む奥日野の一角に位置するのが金持集落。鉄は古く「かね」と呼ばれ、黄金にも勝ると珍重されたといいます。この近くにアサカリ、ノダニ、ヒラバタケという3つの鉄山があることから、「かね」をもつ里という意味で「かなもち=金持」という名がつき、やがて音が略されて「かもち」になったのだと伝わります。

ここに氏神として鎮座するのが金持神社(かもちじんじゃ)。縁起の良い名前から近年になって注目を浴び、山深い場所にあるにも関わらず、金運上昇を期待して全国各地から参拝者が訪れるようになりました。

社伝によれば、弘仁元(810)年、出雲国薗妙見宮の神官の子息が伊勢の神宮参拝の途中で、金持を通りがかったところ、身につけていた御守りの玉石が急に重くなり置いていくことに。この玉石を祀るべしという夢告があり、宮造りをしたのが起源だと伝わります。

金持神社では長年お世話になった財布の供養や、新調した財布が金運を授かるためのご祈祷も。金運招福も、まずは動くことから! 遠路はるばる神さまのお膝元を目指す行動力こそ、運を開く原動力に他なりません。
金持神社
鳥取県日野郡日野町金持74
その三 鎌倉・銭洗弁財天で浄めた福銭は、使ってこそ吉を呼ぶ。
いつ行っても観光客で賑わっている。そんな鎌倉にあって比較的静かで山の気配を楽しめるのが佐助ガ谷。その一角に鎮座するのが銭洗弁財天宇賀福神社。源氏山に向かう坂道の途中、切り立った崖に穿たれた隧道が御神域への入口です。

神社の創建には、源頼朝に関わる逸話が伝わっています。世の安寧を祈る頼朝の夢に1人の老人が現れて「西北の谷に湧き出る清水がある。これを汲んで神仏を供養せよ。我は隠れ里の主、宇賀福神である」と告げて姿を消しました。この夢告を受けて湧き水を探し当てて窟を掘り、宇賀福神を祀ったところ、天下は次第におさまったのだとか。

宇賀福神は人頭蛇身の水神で、金運・財運アップ、商売繁盛、一家繁栄にご利益ありと伝わります。また、この湧き水は宇賀福神の霊験あらたかな霊泉として大切にされました。鎌倉幕府の執権・北条時頼も宇賀福神を敬い、この霊泉の水で銭を洗い浄めて一家繁栄を祈願したといいます。

いつしかこの霊水で銭を洗うと、宇賀福神のご利益で何倍にも増えて戻ってくると、人々に信じられるように。今も小さなザルに貨幣や紙幣を入れ、柄杓で汲んだ水で洗い清める人が絶えません。
ここで大切なのは、洗い浄めたお金は使うこと。しまっておくのではなく使って経済を回すことで生き金となり、新たなお金を生み出すことになるのだと聞きました。…と言っても無駄遣いはNG。自分で納得できることに使いましょう。

源頼朝が夢告を受けたのが巳の年、巳の月、巳の日だったことや、北条時頼が銭を洗い浄めたのが辛巳の日だったことから、今も巳の日はご縁日として賑わいます。
鎌倉に足を伸ばすなら、ご利益間違いなしの巳の日をおすすめします。
銭洗弁財天宇賀福神社
住所:神奈川県鎌倉市佐助2-25-16
text_Mutsumi Hidaka



















