『⽣と死』| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第79回
実家に住んでいた頃、桜が満開の季節には毎年のように⽗と花⾒に出かけた。荒川の堤防沿いに 1,000 本余りの桜が植栽されたその場所は、敷地⾯積が広い割に観光地化しておらず、お祭りの⽇に被らなければ⾏き交う⼈も疎ら。⽇常と地続きの、地元の⼈たちだけが知る⼈ぞ知る桜の名所。

⾼い建物も少ないおかげで東京23区とは思えないくらい空が広いのだが、⾒上げた⻘を覆い隠すように桜がせり出し、⽖でちゅんっと掬ったくらいの微かな紅を⽩の絵の具に混ぜて⽔で溶いたような⾊合いが、春の陽射しを透けさせる。その下をしゅーっとなぞるように⾃転⾞で⾛り抜けるのがたまらなく好きで、その記憶が今でも私の脳裏に焼き付いている。私にとっての「東京」は、六本⽊の⾼層ビル群でも、渋⾕の繁華街でもない。ほっともっとのから揚を⾷べながら散歩したくなるような緑道がある、どうってことのない住宅街こそが、私の出⾝地・東京都だ。
いつも気象庁が発表する東京の開花宣⾔より⼀週間ほど遅れて満開を迎えるので、頃合いを⾒て⽗に連絡し、ラジオの⽣放送終わりに合流して⾒に⾏くことにした。昨年は放送前の午前中だったので酒を飲めず 、反省を踏まえて今年は⼣⽅からの花⾒。川を吹き抜ける⾵がやや冷たかったが、相変わらず⼈が少なくて⾒やすい絶景の何と素晴らしいこと。天秤にかけたら許容範囲だ。頼まれていた⽸ビールを駅前のコンビニで買って⽗と合流すると、いつもより⽗の背中がひと回り薄く、か細くなったように感じた。この違和感は何だろうと様⼦を⾒つつ、桜を眺めるのに良さそうなベンチを探す。場所の⽬星がついたところで、⽗はふと、ひとりの友⼈の話を始めた。


趣味仲間でもある年下の友⼈が、数⽇前に亡くなったのだという。いつものように寝床に⼊り、翌朝なかなか起きてこないので⼼配した家族が確認しに⾏くと、息を引き取っていたそうだ。私の両親は性格も何もかも真逆で、休⽇はおしゃれをして舞台観劇やアフタヌーンティーに出かけている⺟に友⼈が多いのは⾔うまでもなく、誰々と何をして楽しかった~という話を会うたびに聞くのだが、⽗からは友⼈の話を聞いたことがなかった。
だが、友⼈が急逝し茫然としている⾃分と、⼈がひとり亡くなっても何事もなかったかのように次々に物事が決まり動いていく世の中とのミスマッチさに、理屈としては腑に落ちていても感情が付いてこないのだろう。帰り際、死ぬまでにあと何回桜を⾒られるかな、とめずらしく気弱なことを⾔うので、縁起でもないこと⾔わないでよ、と笑い⾶ばそうとしたが、今の⽗にその返しは何の効⼒もないと悟って飲み込んだ。
帰りの電⾞の中で Instagram を開くと、出産を控えている友⼈が産休直前の写真を投稿していた。彼⼥とは半年以上会っておらず、店をオープンすると⾔うので先⽇お祝いに伺ったら、お腹周りが⼤きくて驚いたのだ。⼤々的に⾔っていなかっただけで、残暑厳しい時期に悪阻を乗り越え、働きながら健診に通い、制度や環境を調べて出産の準備を進めていたのだと思うと、すごすぎて⾔葉にならなかった。
⼈がひとり⽣まれるとは、⼈がひとり死ぬかもしれない、という可能性を引き受けることだ。映画やドラマの観過ぎかもしれないが、私はずっとそう思っている。⼈の⽣き死にに絶対なんてものは存在しない。どれだけ医療が発達しても、胎児が⽣まれる際には何らかの不可抗⼒で⺟体が命の危機に瀕することがある。
どちらかの命を優先しなければならなくなった時、その判断を委ねられる⼈も存在する。⼈の死に触れるのは本当に苦しい。当たり前だと思っていた知識や現実に、理性が追いつかなくなる。それなのに、さらに⽣と死を同時に考えなければならない瞬間がもし⾃分にも訪れたら、私は耐えられるだろうか。

個⼈的にも⾯⾷らうような出来事がいくつもあった4⽉。仕事先には全く関係がないので持ち込んではなるまいと気を張り、平静を装って現場に向かい、普段通りに振る舞う。それが精⼀杯で、家に帰ると使い物にならない⽇が多かった。ヨロヨロしながら猫にごはんをあげると、ソファに体を預け、天井の⾓をただじっと仰ぎ⾒る。やらなきゃいけないことは本当にたくさんあるのに、そんな時間を⻑く過ごした。やっと起き上がってパソコンを開くと、猫が画⾯と私との間を堂々と横切り、キーボードをいくらか踏んであべこべな⽂字列を残していく。ちょっとすいませんねと謝りつつ、私は捕まえた猫の腹に顔を埋めて⼤きく深呼吸をした。
シャツ 6,600円(フリークス ストア×フルーツオブザルーム|フリークス ストア渋谷 03-6415-7728)/スウェットパンツ5,445円、肩にかけたスウェット 4,048円(共にユナイテッドアスレ|キャップ https://united-athle.jp )/ソックス 2,860円(ワンデルング・マルコモンド|ドロワー 03-6805-0812)/ピアス 17,600円(AGU https://agu-acce.com )
本連載をまとめた初の書籍『山崎怜奈の言葉のおすそわけ』が絶賛発売中!
ご購入はこちらから。


















