冷やされ忘れたマヨネーズ#08 たまねぎの入ったラーメン|小原 晩エッセイ

冷やされ忘れたマヨネーズ#08 たまねぎの入ったラーメン|小原 晩エッセイ
冷やされ忘れたマヨネーズ#08 たまねぎの入ったラーメン|小原 晩エッセイ
CULTURE 2026.08.30
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』など、日常を描くエッセイで話題を集めてきた小原晩さんが、食べものとそれにまつわる生活を綴ります。今回は地元の名物なのに食べたことがない「八王子ラーメン」を食べに行ったときのお話です。

#08 たまねぎの入ったラーメン

仲のいい友だちが誕生日だというので、ならばどこかへ出かけようと誘うと、「あなたの地元を案内してよ」とへんなことをいうので、案内することにした。

昼過ぎ、中央線にのる。

「なんか名物とか、ないの」
「名物? あるよ、八王子ラーメン」

わたしの地元は東京の八王子というところである。

「あ、カップラーメンで食べたことあるわ」
「なんかあるね、カップラーメン」
「やっぱ八王子ラーメン食べて育ったの」
「食べたことない」
「え」
「八王子ラーメン食べたことない」
「そうなの」
「初恋の人は八王子ラーメン屋の息子だったけど」
「そうなの」
「うん」
「なんか他にないの、思い出の味とか」
「思い出の味、ぜんぶチェーン店」
「え、たとえば?」
「ゆで太郎のもりそば、はなまるうどんの塩豚おろしぶっかけ温かいの中、ガストの山盛りポテトフライ……」
「八王子ラーメンが食べたいな」
「思い出の味じゃなくていいの」
「思い出の味じゃなくていいです」

それならばとGoogleに「八王子ラーメン」と打ち込み、調べて、「八王子市民なら全員知ってる!」というふれこみの店に目星をつけた。

駅からすこし離れているので、タクシーに乗る。歩くと遠いし、バスは来ないし、なんといっても友だちの誕生日だから、タクシーに乗る。

午後二時ごろ、お店へ到着すると、行列ができていた。なにかに並ぶのは苦手だけれど、せっかくここまできたし、友だちの誕生日なので、列に並んだ。

「すごい並んでるわねえ、こんな時間なのに」

わたしの前に並んでいた、ベリーショートのオカアサンに話しかけられた。

「ね、そうですね」とわたしが返すと、
「やっぱりいつも並んでるんですか」と友だちが会話をひろげてくれる。
「いつもはほら、平日に来るから。ねえ、オトウサン」
「ん? ああ……」

はなしかけられたオトウサンは、まむらさきのジャージを着ている。派手である。しかしよく似合っている。

「じゃあ、よく来られるんですね。おすすめとかありますか」

友だちはどんどんと会話を広げる。わたしがあまり話すのが得意でないことをよくわかっているので、役割をうけおってくれているのかもしれない。

「ここはほら、ラーメンしかないから、チャーシュー増やすか、ネギ増やすかって、そのくらいよ」
「なるほど、なるほど」

しっかりと情報を得る、なんとも頼もしい友人である。

体感としては三十分くらい並んで、お店に入った。
こざっぱりとしたカウンター席と、おばあちゃん家のような座敷がある。わたしたちは座敷に通され、瓶ビールと、ネギを増やしたラーメンを頼んだ。なんだか旅行へきたみたい。

座敷には大きくて長くて低いテーブルがふたつ並んでおり、もうひとつのテーブルに、先ほどのオカアサンとオトウサンは通されていた。照れたような顔で会釈し合う。

お水が入っているイメージのコップはよく冷やされて、瓶ビール用のグラスとして渡される。なんだか、あたらしくてうれしい。瓶ビール用の小さなグラスが水を入れるためのコップとして使われているときも、すこしうれしいことを思いだす。

瓶ビールをそそぎあい、「かんぱい」とグラスを合わせたら、ちいさな星がひとつふたつ出たような気がした。

すぐにやってきた八王子ラーメンは、つまり、はじめて食べた八王子ラーメンは、とてもおいしかった。びっくりした。

すぐさま食べ終わり、並んでいるひとたちもいるので、そそくさと店をでる。

「おいしかった」
「うまかった」
「よくも食べに来なかったもんだね」
「いやあ、なんでだろう」

店先で話していると、さきほどのオカアサンに話しかけられた。

「ねえ、こっからどこいくの」
「へ」
「あ」
「駅までなら、送っていくよ」
「いやいや、申し訳ないですよ」と友だちがすぐに言った。
「いいんですか」とわたしもすぐに言った。

こいつ乗ろうとしてる。そう気づいた友だちは「じゃあ、すみません」とすぐに同調してくれた。

「いいよいいよ、乗りな乗りな」

オトウサンは運転席から顔をのぞかせ、ゆっくりうなずいている。
オカアサンは助手席に、わたしたちは後部座席にふたり並んだ。車は走りだす。名前も知らないままで。

地元だけれど知らない道だ。知らない夫婦の、知らない車の、身に覚えのない後部座席だ。同じ学校の違うクラスの子の記憶を生きているみたいで、心はこんなになつかしい。

駅まで送ってもらい、小さく手を振って別れた。最後に友だちが名前を聞いていたが、今となってはうろ覚えである。けれど、してもらったことは忘れない。良いように言っている。それは、わかっている。

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小原
小原 晩

おばら・ばん 1996年、東京都生まれ。作家。2022年に自費出版でエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(のちに商業出版)を刊行。その他の著書に『これが生活なのかしらん』。

HP|https://obaraban.studio.site/

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text&photo_Ban Obara illustration_CONVENIENCE YOUNG

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