おひとり様推奨!「若く美しく」という呪縛から心を解き放つ破格のホラー『サブスタンス』の見どころ

おひとり様映画#10
今作がおひとり様映画におすすめな理由
鋭いテーマ性と破格の面白さを誇る一作。だが血みどろで過激なゴア描写を含むので、耐性がない人を連れていくとショックを受けてしまうかも。まずはおひとり様で観にいくのが良いかも。
601分の6。これは1927年から2024年までに、米アカデミー賞の作品賞にホラー作品がノミネートされた数である。そのうち受賞作は『羊たちの沈黙』(1991)のたった一作品のみ。最先端の映像技術や特殊造形、予想もつかぬシナリオに鋭い社会批評性など、さまざまな美点を持った秀逸な作品がたくさんあるにも関わらず、ホラーというジャンルはあまりに軽視されていると言わざるを得ない。そんななか、世界中の賞レースで大旋風を巻き起こし、本年の第97回アカデミー賞ではホラー映画史上7作目の作品賞候補として歴史に名を刻んだ傑作がついに日本でお披露目となる。それが5月16日に公開される『サブスタンス』。
メガホンをとるのは、性加害の末に命を脅かしてきた男たちに報復する女性を描くバイオレンス・アクション『REVENGE リベンジ』(2017)で堂々たる長編デビューを果たしたコラリー・ファルジャ。曰くこの映画の題材は「映画界で女性として長年経験してきたこと」だという。その言葉通り、前作以上にエネルギッシュなジャンル映画を介して、世界中の女性が長年味わってきた切実な痛みや苦しみ、怒りが風刺的に語られる。
エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は一世を風靡し、ハリウッドの殿堂入りも果たしたトップ俳優……であったが、その栄光はすっかり忘れ去られていた。今ある仕事といえばエアロビクス番組くらい。しかしそれもエリザベスが50歳を迎えた日、プロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)から降板を言い渡されてしまう。ハーヴェイは若いスターを発掘して新たに番組を始めようとしていた。
茫然自失の体で運転中に自動車事故を起こしたエリザベスは、搬送先の病院で謎の再生医療“サブスタンス”についての情報を手に入れる。再びスポットライトを浴びるために手に入れたサブスタンスのキットを使用すると、エリザベスの背中から産み落とされたのは「若く理想的とされる顔と身体」を持ったもう一人の自分・スー(マーガレット・クアリー)。一つの精神を共有するエリザベスとスーは同時に動くことはできず、かつ互いの身体を維持するために「一週間ごとに入れ替わらなければいけない」という絶対的なルールがあった。
新番組のオーディションでハーヴェイに気に入られたスーは、見事に新番組の主役の座を獲得。瞬く間に時代の寵児になっていく。だが世間から持て囃されるうちに調子付いてしまったスーは、一週間交代のルールを破り始めてしまう。やがてその致命的な影響がエリザベスに襲いかかり……。

本作でゴールデングローブ賞の初受賞を果たしたデミ・ムーアが、ステージ上でこんなスピーチを披露し話題となった。「30年前、あるプロデューサーに“ポップコーン女優”と呼ばれたんです。当時の私は、その言葉から“あなたに賞の獲得は相応しくない”という意味を受け取りました。ヒット作で大金を稼いでも決して認められないのだと。そして私はそれを鵜呑みにしていたのです」。
デミ・ムーアはこれまでも『ア・フュー・グッドメン』(1992)などで素晴らしい演技を披露してきたにも関わらず、映画業界に“我々が決めた美の象徴”という小さな箱に押し込められ、その才能は正当に評価されてこなかった。そんな彼女が、男性の牛耳る社会から「美しく、若くあれ」という抑圧を受ける元トップスターにシンパシーを覚え、その役を獲得したのは必然と言えよう。さらに言えば、冒頭に述べた通り同じく軽視され続けたホラーというジャンル映画でその怒りが出力されたことも偶然ではないはずだ。

主人公のエリザベスは、男性たちが決めた評価軸によって今の自分を全否定されてしまう。その中心にいるのは、ハリウッドで多くの女性の未来を奪ったハーヴェイ・ワインスタインと同じ名を冠するプロデューサー。エリザベスの見た目を理由に仕事を奪いながらも、自身は汚らしく海老を貪るシーンは実におぞましい。彼含む業界人の上層部として登場するのは高齢白人男性ばかりだが、彼らはエリザベスと異なり見た目や年齢で仕事を失うことはない。露骨な不均衡がそこに横たわる。彼らが植え付けた美の基準が、エリザベスのなかに芽生えたわずかばかりの自信さえ容赦無く粉々にしていくプロセスは、その先に待ち受けるどんなゴアシーンよりも悲痛である。
エリザベスが向けられるジャッジの視線は、この社会に生きるあらゆる女性が向けられる視線であろう。「美しく、若く、細くあれ」という抑圧を受け続け、そこから外れるとたちまち価値がないものとみなされてしまう。さらには一方的に決められた美の基準が女性間に優劣を生み、その関係すらも引き裂いていく。同一の精神を持ちながら、互いに踏み躙るようになっていくエリザベスとスーのように。だが彼女たちが一体どうして争わなければいけないのか。そうした怒りが臨界点を迎えたとき、女性の肉体を用いたいまだ観たことのない逆襲が幕を開ける。それはコラリー・ファルジャ監督の、デミ・ムーアの、そして多くの女性たちの叫びのような逆襲である。

そんな重要なテーマ性がありつつ、ホラーとして破格のパワーと面白さを誇るのが本作の恐ろしさ(面白さゆえにテーマが軽視されるのではないかと懸念を抱くほど)。一人でも多くの人に観てほしい一作であるが、デヴィッド・クローネンバーグやブライアン・デ・パルマなどへのリスペクトを感じるゴア描写はなかなかのもの。馴染みのない人を連れていくとショックを受けてしまうかもしれないので、まずはおひとり様で観にいくのがおすすめだ。

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。
公開情報

『サブスタンス』
公開日:2025年5月16日(金)
©2024 UNIVERSAL STUDIOS
text_ISO edit_Kei Kawaura