おひとり様推奨!父と母、生と死、子供と大人。そのあわいに揺れる少女の肖像が、かつての感情を呼び覚ます。映画『ルノワール』の見どころ

おひとり様推奨!父と母、生と死、子供と大人。そのあわいに揺れる少女の肖像が、かつての感情を呼び覚ます。映画『ルノワール』の見どころ
おひとり様映画#11
おひとり様推奨!父と母、生と死、子供と大人。そのあわいに揺れる少女の肖像が、かつての感情を呼び覚ます。映画『ルノワール』の見どころ
CULTURE 2025.06.19
デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『ルノワール』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。

今作がおひとり様映画におすすめな理由

『ルノワール』

観終わった後にその余白を語り合いたくなるが、まずはひとりで深く静かな余韻に浸るのがおすすめ。きっとまた観たくなるので、誰かと鑑賞するのはその次にでも。

自分が死んだ後の世界を空想したり、科学では証明できない不思議な力に魅せられたり、非情な好奇心に突き動かされたり。大勢が身に覚えのあるであろう子供時代の出来事を経由しながら、一人の少女が初めての体験や感情を受け止めていく。そんな6月20日(金)に公開される『ルノワール』は、子供の成長を捉えたジュブナイル映画でありながら、同時に仄暗く不完全な大人の世界をも鮮烈に描写する忘れがたい「大人の映画」である。

メガホンを取るのは、75歳以上の国民に生死の選択肢を与える制度が可決された近未来の日本を描いた長編デビュー作『PLAN 75』(2022)で、世界から一躍注目を浴びた早川千絵。日本・フランス・シンガポール・フィリピン・インドネシア・カタールの共同で製作された早川監督の長編二作目『ルノワール』は、カンヌ国際映画祭ある視点部門でカメラドール特別賞を受賞した前作から更にステップアップし、同映画祭の花形であるコンペティション部門に選出されるという偉業を達成。高齢者が置かれた状況から「生」を問う前作とは対照的に、本作では11歳の子供がひと夏を通じて「死」というものと対峙する。

バブル経済で絶頂を迎える1980年代、日本の夏。人一倍の想像力と好奇心を持つ11歳の少女・フキ(鈴木唯)は、テレビで流れる超能力番組に興味津々。「死」についても気になる様子で、いろんな死について空想した作文をみんなの前で披露していた。そんなある日、大病で自宅療養していた父・圭司(リリー・フランキー)の病状が悪化し、病院へ入院することに。フキは仕事に追われる母・詩子(石田ひかり)の代わりに、父の病室に通うことが日課になっていった。

英会話教室で仲良くなった友達と過ごしたり、マンションの住民に催眠術の協力をしてもらったり、病室で父の手伝いをしたり……自由気ままに夏を過ごすうち、フキはときに複雑な感情が絡み合う大人の世界も垣間見ることも。夫の死に備える詩子と、生きるため怪しげな民間療法にも頼る圭司のあいだにはいつしか大きな溝が生じていた。両親に挟まれ揺れるフキは、その孤独を埋めるように、大人たちが出会いの場として利用していた“伝言ダイヤル”を利用しはじめ……。

気ままに動き回るフキの姿からは生の躍動を感じるが、それと拮抗するかのように本作には死の気配が充満する。夢で見た「自身の死と葬式」について書いた作文を、フキがクラスで発表する冒頭からそうだ。好奇心旺盛なフキの興味は世界の至る方向に向いているが、とりわけ死に対する興味の矢印は大きい。大切な人を亡くした近隣住民、戦争の記録映像、病院に寝たきりの老人…彼女は活き活きとした日常のなかに潜む死の気配を発見していく。生と死の狭間を示すかのように劇中では何度も川に架かる橋のショットが挿入され、フキはそこを行き来したり佇んだりする。

ただフキは死というものを知ってはいるものの、どこか遠いものとして感じているようだ。そんな他人事だと思っていた「死」が、父の闘病生活のなかで自分ごととして迫ってきたとき、少女は何を思いどのように行動するのか。生と死のみならず、父と母、子供と大人のあわいで揺れる少女の繊細な心情の揺らぎを、カメラは柔らかな光とともに丁寧に掬い上げていく。

死と家族を見つめる冒険のなかで、フキは大人の不完全さをも目撃することになる。そこにあるのは超能力を信じる子供と同じようにいい加減なものを盲信し、道に迷い、孤独を抱え、仄暗い欲望を露わにしていく大人の姿。子供の頃は「立派であるべき」と考えていた大人たちの不安定さや気持ち悪さを、本作は子供の目線から我々が知るままの姿で見つめていく。そうして大人たちの生々しい領域に危なっかしく足を踏み入れながら、フキは自身の感情とこの歪な世界について知っていくのだ。

本作で何より祝福すべきは、鈴木唯という逸材がこの作品に巡り合ったことだろう。ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞した髙田恭輔監督作『ふれる』(2023)で映画初出演・主演を果たし、その後も短い期間で複数の作品に出演する鈴木が『ルノワール』でフキを演じたのは役と同様に11歳のとき。自由な夏を謳歌しつつ、好奇心に誘われるまま“子供の世界”を逸脱する危うげな少女の姿は実在感に溢れており、鈴木唯がいなければフキという人物は成立しなかったのではと思うほど。子供らしく躍動する姿は言うまでもなく、大人のようにただ佇む相貌を移した寡黙なショットでも、彼女は悠然と作品の呼吸を支えてみせるのだから驚きだ。

病床の父を演じるリリー・フランキーをはじめ脇を固めるキャストの演技も見事なものだが、とりわけ驚かされるのは、フキと同じマンションに暮らす久里子役の河合優実。フキに「死」と「大人の裏側」の片鱗を見せる人物として、10分ほどの僅かなシークエンスで圧倒的な存在感を見せつける。ここ数年破竹の勢いで活躍する俳優であるが、まだまだ底が知れないと感じさせるその名演に注目してほしい。

日本における子供を主役に据えた名篇といえば、『誰も知らない』(2004)や『奇跡』(2011)などを手掛けてきた是枝裕和監督の作品を思い浮かべる人が多いだろう。だがこれからは早川監督の『ルノワール』も、そんな名篇のひとつとして語り継がれていくに違いない。観終わった後に語り合いたい余白ある映画ではあるが、同時に深い余韻を残す作風であるため、まずはひとりで鑑賞するのはいかがだろうか。

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ライター

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。


公開情報
『ルノワール』
『ルノワール』


2025年6月20日(金)全国公開

https://happinet-phantom.com/renoir/

© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners

text_ISO edit_Kei Kawaura

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