【美術家・神尾茉利さん著作インタビュー】いろんな「ことば」を刺繍した、新しいかたちの絵本。

【美術家・神尾茉利さん著作インタビュー】いろんな「ことば」を刺繍した、新しいかたちの絵本。
『ちくちく! あいうえお えほん』|きょうは、本を読みたいな♯13
【美術家・神尾茉利さん著作インタビュー】いろんな「ことば」を刺繍した、新しいかたちの絵本。
CULTURE 2025.04.25
数時間、ときにもっと長い時間、一つのものに向き合い、その世界へと深く潜っていく。スマホで得られる情報もあるかもしれないけれど、本を長く、ゆっくり読んで考えないとたどりつけない視点や自分がある。たまにはスマホは隣の部屋にでも置いといて、静かにゆったり本を味わいましょう、本は心のデトックス。第13回は、大人もながめて楽しい「言葉」の絵本。現在、六本木の〈文喫〉で原画展も開催中の美術家・神尾茉利さんに、制作秘話を伺いました。
美術家の神尾茉利さん。文喫 六本木にて原画展を開催中。

「“言葉”をもう一度知る」という楽しさ

──ひらがなを1ページに1音ずつ配置し、その文字ではじまるさまざまな言葉の刺繍を並べた『ちくちく! あいうえお えほん』。遊び心たっぷりのモチーフと、自由な言葉選びに思わずクスッとしてしまいます。神尾さんは、なぜ刺繍でひらがなの絵本をつくろうと考えたのでしょうか?

神尾:うちの子がひらがなに興味を持ち始めた頃、一緒に絵本を読んでいて「この言葉はどういう意味?」って聞かれることが増えたんですね。それで子どもの語彙の範囲で説明していたら、言葉の意味をすごくシンプルに捉えられることに気づいて。ふだん何気なく使っている言葉を、もう一度知ることができたような気がしたんです。この感覚をたくさんの人に味わってほしいなと思って、言葉をテーマに刺繍したら面白いかも、となりました。

『ちくちく!あいうえおえほん』神尾茉利著、小川大介監修 誠文堂新光社 2,200円

ただ純粋に、いい絵本をつくりたかった

──ひらがなを学べる絵本はたくさんありますが、すべてを刺繍で表現したものはこれまでになかったと思います。

神尾:実は、最初は絵本にするつもりはなかったんです。いろんな言葉を集めてワンポイントの刺繍図案をたくさん並べて、図案集としても、親子で眺めても、楽しめる本がつくれたらいいなと思っていました。それで編集者さんに相談したら「思い切って、絵本として出してみませんか?」という話に。でも、そういう絵本って私も見たことがなかったんですよね。なんでこれまでなかったのか、つくりはじめてその理由に気づくことになるんですけど(笑)。

──とんでもなく大変だということですよね(笑)。

神尾:企画段階では子どもの手におさまる小さな絵本にするつもりで、1ページに8個くらいのモチーフが入るイメージだったんです。だけど最終的に決まったのは、ほぼA4のサイズで。1ページにモチーフ8個じゃ足りなくない……?って(笑)。結局、1ページに15単語以上入れることになって。

──すでに怖いです(笑)。それからどう進めていったのでしょうか?

神尾:まずは言葉を集めました。私だけで考えると偏ってしまうので、編集者さんやデザイナーさんなどにも協力してもらって、1500以上のいろんな言葉を集めたと思います。そしてモチーフを考えて、ラフをつくって、よし、これでいこう!ってなったときにはじめて、つまり刺繍する数が900以上あることに愕然とするっていう(笑)。

絵本のもとになったイラストラフ

──よく心が折れませんでしたね……。

神尾:純粋にいい絵本をつくることを目指していたから、自分の作業の大変さなんてまったく考えていなかったんですよね。でもそれでよかったんだと思います。そこに縛られたら、自分も本もつまらなくなってしまうので。

──完成までどのくらいかかりましたか?

神尾:言葉を集めはじめたのが昨年の5月で、同じ頃に発売日が今年の4月に決まったので、撮影のスケジュールも考えると、あと半年しかないじゃん!と焦りました(笑)。そこから1週間に2〜3ページ仕上げるペースで制作をしていきました。

刺繍って、実はすごく自由なもの。

──たとえば「あ」のページでは「あくび」「ありくい」「あした やろう」などが並んでいますが、言葉選びの基準は?

神尾:大切にしたのは、家族でその言葉を囲んだときに笑顔になれるような楽しさがあること。動詞や形容詞も含めて、子どもが知っている言葉と知らない言葉をバランスよく選びました。「えと」「ななくさ」「ひなまつり」など季節や行事にまつわる言葉も、「これ知ってる?」と会話のきっかけになればいいなと取り入れています。

──言葉自体の魅力もさることながら、それを表現するモチーフにも神尾さん独自のセンスが表れていますね。

神尾:一つのモチーフで状況や意味を表さないといけないので、一コマ漫画をつくっているような感覚でした。試行錯誤を重ねて、ラフから大きく変えたものもあります。たとえば「よりみち」は、最初ウサギとカメで表現していたのを、学生が原っぱでガリガリ君を食べているシーンに変えたり。みんなの中の「よりみち」のイメージは何かなと想像力しました。

──「ひじき」「けむり」「やよいじだい」など、いわゆる刺繍の図案集ではお目にかかれない刺繍もたくさん入っています。初めて手がけるものも多かったのでは?

神尾:もうほとんどがはじめてでした(笑)。タワシで磨いている「ごしごし」なんかは、ベストな手の角度をすごく考えましたし、恐竜もいくつか入れているんですけれど、体のつくりの細部まで調べて描いています。恐竜好きな子たちは研究熱心ですから、刺繍だからとがっかりさせちゃいけないと思って。ただ、何回言っても「ケツァルコアトルス」は噛んじゃいます(笑)。

──技術面でこだわった点は?

神尾:3種類の糸と8種類のステッチを使い、子どもでも真似しやすいように、糸と糸を重ねずに刺してステッチの形がわかるようにしました。巻末には子どもと大人それぞれに向けた刺繍の手ほどきも収録しています。刺繍は難しいイメージを持たれがちですが、実はすごく自由なもの。まっすぐにできなくたっていいんです。この絵本をきっかけに、気負わずに、気楽に、親子で刺繍に親しんでもらえたらいいなと思っています。

思い思いの物語を紡いでほしい。

──この絵本をつくったことで、なにか発見はありましたか?

神尾:食べ物を刺繍する楽しさに目覚めました。「シュークリーム」をスワン型にしてみたり、「ベーコンエピ」の端っこをこんがりさせてみたり。表現の幅が広がったと思います。あと、モチーフと糸には相性があることにも気づきました。なかでも感動したのが「だんごむし」。ツヤッとした質感のでるサテン糸を使ったら、めちゃくちゃダンゴムシらしくなって!納得のいくダンゴムシ感が出せました(笑)。

〈文喫〉に展示されている絵本の原画。

──そんな「シュークリーム」や「だんごむし」も含む絵本の原画が、4月末まで六本木の〈文喫〉に展示されています。本でも十分に質感は伝わってきますが、原画は一層温かみがありますね。

神尾:私自身、刺繍でひらがなの絵本をつくることの「意味」を考え続けていたんです。もしかしたら、私がつくるから刺繍になっただけなのかもしれないって。だけど、この本を監修してくださった教育家の小川大介先生が「現代の子どもには五感を通じて得られる体験や感動が大切。この絵本は刺繍のやわらかな質感を想像させ、親子で発見の喜びを共有できる」と巻末に書いてくださったんですね。先生のコメントを読んで、やっぱりこれでよかったんだと心から思えました。ぜひこの展示で実物の質感を体験していただきたいですね。

エントランスの壁一面に原画45枚を展示。
会場では神尾さんが手がけた刺繍アイテムも販売。

──好きな言葉を探したり、乗り物の数を数えたりと、さまざまな楽しみ方ができる絵本です。神尾さんはどんな風に楽しんでほしいですか?
 
神尾:ありがたいことに、私が意図していない楽しみ方をみなさんがしてくださるんです。「ホテル」と「ほうき」と「ほこり」が並んでいるのを見て、「このほこりはホテルからはきだされたものなの?」って聞いてくれる子がいたり。そんな風に、並んだ言葉から、思い思いの物語を紡いでいただけたら嬉しいです。あと、小川先生が「静かに過ごしたい子たちにも喜ばれる絵本だね」とおっしゃっていたのがすごく印象的で。活発にコミュニケーションをとりたい子ばかりじゃないし、それぞれの楽しみ方があっていい。この絵本に出会ってくださるすべての人の心に、やさしく残り続けることを願っています。

                      

photo:Ryumon Kagioka text:Eto Katagiri edit:Kana Umehara

profile
神尾茉利
美術家

かみお・まり/刺繍、絵、ことばを使って表現をする美術家。布と糸でできたさがし絵本『さがそ!ちくちくぬいぬい』(Gakken)、小説に描かれる刺繍を集めた『刺繍小説』(扶桑社)、100種類のステッチを紹介する『ステッチをたのしむ刺繍レッスン』(河出書房新社)など著書多数。

information
企画展vol.59 神尾茉利『ちくちく! あいうえお えほん』展

会期:4月11日(金)~4月30日(水)
時間:9:00〜21:00
会場:文喫 六本木
東京都港区六本木6-1-20 六本木電気ビルディング1F

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