「働けない」ことを通じて「働くこと」を、とことん考えてみたら……。


煮え切らぬ思いの中で仕事をしている人へ。
『「働けない」をとことん考えてみた』(栗田隆子 平凡社 電子書籍(楽天Kobo)1,881円)は、就職氷河期世代で、非正規労働の道を歩んできた栗田隆子さんが「仕事を休んだり、福祉制度を利用したり、また働き出したり」してきた中で考えたことを「煮え切らぬ思いの中で仕事をしているあなたに心を込めて」捧げる本だ。
私自身も彼女の一歳年上の氷河期世代。いくつかの非正規労働を経て、今はフリーライターをしているから、細かい境遇は違えど、すんなり理解できることは多い。 そして、この本は、今、求められているテーマが書かれている。私はドラマについて書くことの多いライターなのでドラマで例えると、最近も漫画原作のドラマ『しあわせは食べて寝て待て』という作品があり、膠原病で週に4日しか働けないが、まわりからは優雅に暮らしているように見られている主人公が出てきたところである。なんらかの理由で、働けない人が可視化されるこのようなドラマは増えていくだろうし、また働くということに疑問を持っている人も増えてきているだろう。実際、私が月に一回働いている蟹ブックスでも、栗田さんの本をそのタイトルに惹かれて手に取る人は多い。
私と栗田さんは同年代でシンパシーも多いのだが、彼女と少し違うのは、自分はそこまで学歴は高くなく、逆にバイトや単発の仕事であれば、だいたい卒なくできたということだ。短期バイトであっても、覚えないといけないことはすぐに覚えて、人に馴染むのは苦労しても、仕事自体に関してはストレスなく一日が終えられるほうであった。
大学生の頃、バレンタインシーズンにチョコを販売するバイトに短期で入ったことがある。しかし、短期のバイトは人材派遣会社を通じて募集され、いつも働いているバイトのスタッフよりも時給が高かった。短期だから、より単純な作業を任されるのかと思ったが、蓋を開けると、レジ打ちや袋詰めではなく、わざと、チョコの名前をその場で覚えて箱詰めするという、短期間で覚えるのが大変で、バイトの期間が終わったら何の役に立たない、その場で一番大変な仕事を任せられた。
鈍感な私は、それが意地悪だと気付いていなかったのだが、靴の裏で気付くか気付かないくらいの感じで何度も足をつつかれたりしたことから、「ああ短期の派遣バイトは足手まといなわりに時給も高く、嫌われる存在なのだな」と三日目くらいでやっと気付いた。不思議と個人的に恨む気持ちが残っていないのは、派遣会社を挟んだ短期バイトというシステムがそういう気持ちを生んでいるのだなと当時も思ったからである。しかし、そういうことをされればされるほど燃え、チョコの名前を朝のうちに覚え、完璧にこなしてやるという根性で乗り切ったのだった。これは、単に私の性格である。
しかし、今考えると、そんな風に意地になって仕事をこなそうとしたことも無駄なことに思える。韓国のエッセイのタイトルに「あやうく一生懸命生きるところだった」というものがあるが、そんな気分だ。この本は、自分のための一生懸命ではなく、他者、つまり企業や社会の倫理に従って一生懸命に競争させられる無意味さを訴える本だと思った。 栗田さんもまた、私のように単発の仕事の経験をたくさんしたという。私と違うのは、単発の仕事がきつくてついていけなかったということだ。栗田さんはさまざまな理由で「働けない」人のことをとりあげる。まえがきには「解決策はなくとも言葉にすることの意味は大きいと信じて、この本を書いた」という。

「誰にでもできる仕事」は、誰にでもできない?
面白いのは、栗田さんが小学一年生の頃の授業参観に、「おおきなかぶ」を読み進めていたときのエピソードだ。授業で先生は、その中のセリフである「うんとこしょ、どっこいしょ」という箇所をノートに三回書いて、持ってくように言ったのだという。
しかし栗田さんはそのことに意味があるのかと疑問を持ちつつも、先生に質問することはできなかったという。そこには「学校というものに対して私は権威を感じて」いて「従順じゃなければいけない、自分の意見を言ってはいけないと思い込んで」いたことがあった。そして、社会において、そのような経験は、人を委縮させ、「働けない」という状況を生んでいるのではないかと推測する。
私の場合はどうだろう。自分も「うんとこしょ、どっこいしょ」と三回書けと言われたら、小学生であっても、少し変だなとは思っただろうが、とりあえずすべきと言われたことはしようとしたかもしれない。そこに権威があったり、従順でいろというメッセージがあると、そのときは気付いていなくて飲み込まざるを得ない性質だからこそ、後に単発バイトでも卒なくこなせるようになったのかもしれない。
しかし、それで何かが好転したことはあっただろうかとも思うのだ。結局、私も就職氷河期世代で、非正規の仕事にしかつけなかったし、そこでも単に目の前のことを卒なくこなしていただけなのだから。
栗田さんは、単発仕事の募集にはたいてい「誰にでもできる仕事」と書かれていると指摘する。そして、「物覚えが悪く要領もよくない人間にとっては単発の仕事はただただ右往左往、まごまごしたままで終わってしま」ったという。
また、経団連の「新時代の『日本的経営』」では三種類の労働が想定され、「その中の単純労働を担う『雇用柔軟型』形態の労働の多くは現在『誰にでもできる』という名目で、『即戦力』、すなわちすぐに仕事を身に着ける能力が求められる」のだそうだ。また「コミュニケーションを含め、柔軟にその場に合わせた能力を求められているといっていい」とも書いている。
この部分を読んで、「誰にでもできる」と言いながら、煩雑なものが多く、また人の能力やコミュニケーションのリソースを奪われながら、人は「単純労働」をしているのだと気付いてはっとした。コンビニやファーストフード店で働く外国人が、なんでもないように、煩雑な請求書払いや宅急便の業務をこなし、接客をしているのを見ても、単純労働こそ煩雑でスキルを求められるものであることを実感したのである。
その箇所を読んで、私は漫画原作のドラマの中に出てくる派遣社員のことも思い出した。『わたし、定時で帰ります』というドラマに出てきた派遣社員の女性は、雇い止めになりたくないから、会社で認められたいと考え、取引先との関係性を円滑にするために、セクハラ、パワハラも笑ってやりすごそうとしてしまい、遂には、スポーツメーカーの取引先の男性から、露出の多いユニフォームを着るように強いられてしまい、正社員のヒロインに、そんなことはしないでいいとたしなめられるのだった。
私はこのドラマの派遣社員の女性のことが忘れられない。非正規雇用であるときは、自分のスキルが正社員よりも劣っていると思い込み自信が持てず、そんな中でも雇用され続けるための存在意義をコミュニケーション能力でなんとか補おうとしてしまうことはありうることだからだ。 また、『逃げるは恥だが役に立つ』のヒロインのみくりもまた、大学院を出ても正規職につけず、派遣社員として働いていた。みくりの高学歴非正規という経歴は、栗田さんを思わせるものがある。一方でみくりは、卒なく仕事はできるタイプなのに、院卒だからこそ、どこででもやれるだろうと、あきらかに自分より失敗の多い派遣社員の女性がそのまま働き続け、みくりは派遣切りにあってしまうのだった。みくりは、いうなれば、経歴は栗田さんで、卒のなさは私に似ていて、ふたりのハイブリッドのようなところがある。

「働けない」のは個人の問題なのか?
栗田さんは、自身の単純労働をしたときの「働けなさ」に対して考えることによって、「システムの矛盾や罠、そして時代の変遷など見えてくることもあるのだ」と書いているが、私自身も、栗田さんの本を読み、自分がかつての単純労働をする上で「卒なく対応できてしまった経験」を考えることで、「システムの矛盾」を知ることとなった。
栗田さんは本の中で、「仕事ができない個人に焦点を当てるのではなく、その仕事の環境や労働者を取り巻く状況を浮き上がらせたい」と書いている。
仕事が卒なくできるからと言って、できない人と対立するものではない。できたからと言って、結局はそこから逃れて、正規職員になれる人は氷河期世代では少なかっただろうし、企業や社会の倫理によって、「なんでもできる」単純労働者であることを求められているという意味では、仕事ができようができまいが同じだからだ。みくりの中に栗田さんと私が共存しているように、結局は、働けなくても、卒なく働けても、システムに翻弄されたものとしては同じである。

私のように、その場しのぎで、なんとか適応できる人であっても、別にそのことで正社員になっているわけではない時点で、栗田さんと私のような人間が対立する必要はまったくない。「働ける」(とはいえ、単純労働の話だし、いつなんどき働けない側になるかもわからない)ところから、働けないを考えることだって重要なのだと思いながらこの本を読み終えた。
photo:Keiko Nakajima text:Michiyo Nishomori
にしもり・みちよ/愛媛県生まれ。地元テレビ局、派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーライターに。主な仕事分野は、韓国映画、日本のテレビ・映画に関するインタビュー、コラムや批評など。2016年から4年間、ギャラクシー賞テレビ部門の選奨委員も務めた。著書に『あらがうドラマ「わたし」とつながる物語』(303 BOOKS)。『韓国ノワールその激情と成熟』(Pヴァイン)。ハン・トンヒョン氏との共著に『韓国映画・ドラマ―わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』(駒草出版)がある。

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