子育てをしながら、コツコツと縁を結び続ける。
映画『LOVE LIFE』『湖の女たち』
キャスティングディレクター・杉山麻衣|エンドロールはきらめいて〜えいがをつくるひと〜 #9

CULTURE 2023.12.28

映画づくりに関わるたくさんのプロフェッショナルの中から、毎回、一人の映画人にインタビュ―するこのコーナー。今回ご登場いただくのは、キャスティングディレクターの杉山麻衣さんです。

「キャスティング」はその言葉通り、映画に出演する俳優の配役を決めるお仕事。作品の方向性を大きく左右するポジションに関わる上で杉山さんが大切にしていることや、子育てをしながら映画の仕事を続けることについてのお話をうかがいました。

ギャラとシッター代がほぼ同額になることも。娘からの電話で変化した働き方

――今回、このコーナーの第5回にご登場いただいたヘアメイクの菅原美和子さんが杉山さんをゲストとして推薦してくださって。普段から現場のスタッフさんとは交流される機会が多いのでしょうか?

もちろん交流はあるのですが、私には子供が3人いるので、基本的に撮影現場に立ち合わないスタイルを取っているんです。もともとは撮影期間中もずっと現場にいて、主に俳優まわりのケアをする「演技事務」という仕事を兼任していたのですが、子供が産まれると、やはり働き方が難しくて。

出産後も一度現場に入ったことがあったのですが、シングルマザーということもあって、地方ロケの際は子供を保育園とお泊りができる託児所にお任せするしか方法が見つけられず。撮影が後半に差しかかった頃、夜に託児所から「娘さんがどうしても話したいと言っています」と電話がかかってきた時は「ごめんね」とロケ地の夜道で私も涙してしまって……。それを経験してからは、キャスティング後の業務を演技事務さんにお任せするようにしています。

――ただ子育てをするだけでも相当な労力が必要でしょうし、個人の頑張りだけではどうにもならない部分が大きそうです。

保育園や託児所に子供を預けたら、その分働いたお金が出ていくので「何のために働いているんだっけ」と感じることもありました。振り返ると、お仕事でいただくギャラとシッター代がほぼトントンの時もあって。それを続けていたら生きていけないですよね。

子供ができると離脱していく女性スタッフが多いというのが業界の現状ですし、本当に才能ある人でも物理的に仕事が続けられない人たちが多くいると思うので、例えば撮影スタジオに託児所を常備してもらうなど、業界全体で状況を改善していけたらいいなと感じています。

――杉山さんから見て、実際に状況が改善していきそうな兆しはありますか?

斎藤工さんは現場に託児所を設置する取り組みをされているそうで、素晴らしいなと思いました。加えてまったく同時期にこの業界に入ったSAORIさんという人が数年前「映画業界が子育てをしながら働ける場所になるように」と、swfi(スウフィ)というNPO法人を立ち上げたんです。

――へえ!

彼女も映画業界で小道具として働きながら子供を育てているので、お互いに助け合っている仲で。家庭や育児と仕事の両立への課題が全て解決することは無さそうですが、どちらも諦めずにいたいと思っています。

NPO法人映画業界で働く女性を守る会(swfi)
NPO法人映画業界で働く女性を守る会(swfi)

正当で、自分も公開を楽しみにできるキャスティングを

――現在は撮影現場に立たれていないということですが、撮影の前後にはどんなお仕事をされているのでしょうか?

決まった流れがあるわけではないので、人によってやり方が違う部分はあると思いますが、私の場合はプロデューサーや監督からお話をいただいて、脚本を読んだらキャスト案を出し、実際にオファーをして交渉するのが基本的なお仕事です。

そこから俳優サイドに連絡をして、作品を気に入ってもらえるのか、スケジュールの条件がハマるのかなどを擦り合わせ、キャスト決定後は衣裳合わせにも立ち合います。

作品を撮り終えてからは、アフレコのスケジュール調整をしたり、エンドロールにどんな順番で俳優の名前を出すのか調整したり、情報解禁のフォローをしたり。映画が公開されるまで、長いスパンで作品に関わることもありますね。


杉山さんがキャスティングを担当した映画『かぞく』予告編(澤寛監督、2023年)。杉山さんは劇中に出てくる「一言でもセリフがある人」のキャスティングを基本的に全て担当しているのだとか

――1作品につき、平均でどのくらいの時間をかけているのでしょうか。

企画立ち上げから作品の完成までに2年〜3年、作品によってはもっとかかることもあります。だからこそ、自分自身がその映画を楽しみにできるようなキャスティングを大切にしたいと考えていて。

人への興味をなくさないでいることが年々難しくなっていく実感もありますが、好奇心を維持するために、限られた時間の中でできるだけ映画やドラマ、舞台を観るなど、とにかくインプットを怠らないよう心がけています。

――杉山さんは映画だけでなく舞台やCM、MVのキャスティングも担当されていますよね。ジャンルを横断した活動をされているからこそ、活かせる知識もありそうです。


杉山さんがキャスティングを担当したthe chef cooks me “愛がそれだけ feat. 原田郁子”MV。キャスティングにおいては現在高校生の娘さんからも、若い世代のトレンドを教えてもらうことがあるそう

そうですね。キャスティングを考える時、映画に関わる方はすでに映画に出演されている俳優をメインで考えている部分があると思うので、そこに違うエッセンスを持ってくるなど、新しい縁を結ぶことは意識しています。

海外や声優業界のように、有名無名やキャリアを問わずオーディションで配役を決められるシステムにも憧れますね。深田晃司監督の『LOVE LIFE』(2022年)ではそのことを意識したキャスティングに挑戦し、形式は様々でしたが、全ての配役においてオーディションや監督との面談を実施しました。

様々なフィールドで活躍されている方達が良い形で相互に関わり合い、実力のある方が正当に評価をされていけば良いなと思います。


映画『LOVE LIFE』予告編

結局最後は人間関係と縁。20年を越えての実感

――長く仕事を続けられていると、キャスティングが上手くいかない場合もあるのではないかと思います。そういった際にはどのように対処されているのでしょうか。

とにかく粘り続けるしかないですね。現場と事務所の間に入って1時間単位のスケジュール調整をしたり、現場でスケジュールを組んでいる担当者と良好な関係を築けるように心がけたりしています。

そうすると、最終的に希望していた俳優の出演が難しくても、マネージャーが同じ事務所の他の俳優を提案してくれたり、俳優側が多少難しいスケジュールだったとしても現場の方が「しょうがないなあ」と受け入れてくれたり。大切なのは人間関係だなと思います。

――そのあたりの調整には、本当に絶妙なさじ加減が求められそうですね。言葉で聞くとシンプルですが、もしも自分が同じ立場に置かれたら、さぞかし混乱するだろうな、と……。

自分の場合は最終的には駄目だったら駄目だったで、わりと切り替えて考えていますね。作品にとって縁がある人は絶対にいるはずなので、あまり一人の人に固執しないようにして

――他にキャスティングをする上で、杉山さんが大切にしていることはありますか?

自分自身が作品の邪魔をしない、ということですね。事務所やマネージャーと良好な関係を保ち、俳優とも程よい距離感を保ちながら、常に作品ファーストで、作品にとって誰がベストなのかを見極めていきたいと考えています。

加えて、話しやすい存在でいられるようには常に気をつけています。例えば連絡手段一つ取っても、「LINEでのやり取りもOKです」と伝えるなど、とにかく畏まらないことを意識していて。

最近は若いマネージャーさんも増えてきている中で、気づけば私もキャリアが長くなってきたので、「気軽に連絡をください」「新しく入られた方のプロフィールもバンバン送ってください」と自分からお伝えするようにしています。


映画『湖の女たち』(大森立嗣監督)予告編。2024年初夏全国ロードショー。杉山さんいわく、キャスティングに向いているのは「心を開ける人」。「マメに連絡ができる人」というのもポイントだそう

――ちなみにキャリアが長いというお言葉がありましたが、杉山さんはこのお仕事をどのくらい続けられているのでしょうか?

それがもう、仕事を始めてから20年以上経っているんです。怖い(笑)!

――(笑)。長く続けられている理由はどんなところにあるのでしょう。

様々なポジションの人間がそれぞれのベストを尽くして、1つの作品をよくしようと動いているのがやっぱりすごく楽しいですね。学生時代の文化祭やイベントの延長線上にいるような、常にわくわくしている感覚があります。

私は同じことをやり続けることが得意ではないのですが、この仕事は作品によって内容も違えば、関わる人も違うので、全然飽きが来ないんです。

最近は若いマネージャーも増えてきている中で、世代が違うと感覚も違うので、学ぶことが多くて。最近はヨーロッパから来た監督とお仕事をして、自由度の高い制作体制を知ることもできました。

これからも人への興味を失わず、新しい出会いを常に求めながら、国内外問わず色々な作品に貢献していけるようコツコツ努力していきたいです。

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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