エンドロールはきらめいて-えいがをつくるひと-
Profession #5 ヘアメイク菅原美和子 CULTURE 2023.08.28

映画という非日常から日常へと戻るあわいの時間、エンドロール。そこには馴染み深いものから未知のものまで、さまざまな肩書きが並んでいます。映画作りに関わるたくさんのプロフェッショナルの中から、毎回、一人の映画人にインタビューするこのコーナー。

第5回目のゲストはヘアメイクの菅原美和子さんです。この仕事に就くまでの経緯や、他業種の仕事も経験されてきたという菅原さんが感じた映画仕事の魅力などをうかがいました。

エンジニアからヘアメイクへ転向。映画仕事のきっかけはmixi。

――菅原さんがヘアメイクのお仕事に興味を持たれたきっかけを教えてください。

「あるとき妹の成人式があって、髪のアレンジをやってあげたら着付けの方が褒めてくれたんです。それが嬉しくて、ヘアアレンジの勉強をしてみたいと思い始めました。ただ当時、私は福岡でSE(システムエンジニア)の仕事をしていたんです。仕事が好きだったので転職を考えることもせず、まずは並行してヘアメイクの学校に通ってみることにしました。習い事のような感覚でしたね」

――そこから、だんだんと現在のお仕事に興味を持ち始めたんですね。

「はい。小さい頃から手芸をしたり、ビーズでアクセサリーを作ったりもしていたので、手を動かすことが好きだったのだと思います。学校に通った後、結果的に3年ほど勤めたSEの会社から福岡市内のヘアメイク事務所に転職しました。その後は拠点を東京に移し、フリーのヘアメイクとしての活動を経て、「ピクトメイク」という会社も立ち上げました。現在はヘアメイク事務所を経営しながら、引き続き現場でのヘアメイクも行っているような状態です。」

――ヘアメイクさんと言ってもさまざまな現場があるかと思うのですが、菅原さんははじめから映画にまつわる仕事をしたいと考えていたのでしょうか?

「いえ、そういうわけではありませんでした。福岡にいた頃はCMのお仕事、東京に出てきてからもブライダルの現場や、通販サイトのモデルさんのメイクなんかを担当していましたから。実は自分が映画の仕事をやり始めたきっかけはmixi(ミクシィ)なんです

――へ〜!

「2010年代の前半ごろ、当時盛んだったmixiの「ヘアメイクコミュニティ」みたいなところに、色々なお仕事の募集があって。ある日「映画の仕事」「未経験でも可」「来れる日だけでも大丈夫です」というような書き込みを見つけて興味を惹かれ、応募してみることにしました。そうしたら実際に参加できることになって。

その作品にはメインで寺沢ルミさんという、今でも憧れのヘアメイクさんが入られていたので、私はあくまでアシスタントとして参加していたのですが、映画の現場って面白いなと思いました。チームワークがあるというか。スタッフ同士の結束も強い現場だったので、自分もプロデューサーさんや制作部の方たちと仲良くなり、そこからだんだんと映画の現場に呼んでいただけるようになりました。流れに身を任せていたら、ここまで辿り着いたような感覚です(笑)」

――mixiから、現在にまでつながる出会いが生まれていたんですね。


初現場で知り合ったスタッフとの縁でヘアメイクを担当することになったという浅野忠信主演の映画『淵に立つ』(深田晃司監督、2016年)予告編。今でも最も思い出深い作品の一つだとか


菅原さんの憧れの人、寺沢ルミさんがヘアメイクで参加する映画『アンダーカレント』(今泉力哉監督、今年10月6日から公開)

時に「血のり」も使いこなす、映画のヘアメイク

――映画のお仕事の場合、ヘアメイクさんにはどのくらいのタイミングで仕事のオファーが来るのでしょうか?

「メインキャストが決まってからの依頼が多いかなと思います。プロデューサーさん経由でお声がけいただくことが多いですが、たまに監督や出演者の方からのご指名もありますね。

座組みが決まったら、最初に「衣装メイク打ち」と言って、監督、衣装さん、ヘアメイク、持ち道具さんで登場人物の服装やメイクのイメージをすり合わせていきます。そこから各々で具体的なプランを立てた後、実際のキャストさん込みで衣装合わせを行い、全体のビジュアルを固めていくのが撮影前の仕事です」

――撮影が始まってからは、ヘアメイクさんは基本的に全ての現場に?

「そうですね。まず支度をして、撮影中は都度お直しをして。お風呂上がりのシーンでメイクをすっぴん風に変えるとか、メイクチェンジがあったりもするので、基本的にキャストさんがいらっしゃる限りは、一日中現場を見ています」

――菅原さんがヘアメイクを担当された曽我部恵一さんのミュージックビデオでは、血のりが使われていましたよね。ああいったものもメイクさんが用意されるんですか。

「ちょっとした傷メイクはヘアメイクがやっています。ただ、例えば目が腫れているとか深い切り傷があるとか、凹凸を伴うような造形物がある場合は、特殊メイクさんに入ってもらいますね。傷メイクや血のりは、私も映画のヘアメイクをするようになってから初めて経験しました(笑)」


曽我部恵一が劇団ロロの公演『BGM』の劇中曲として書き下ろした“愛と言え”のミュージックビデオ(監督:平波亘)

快適に仕事をするために。検索サイト「MakeSearch」を立ち上げたわけ

――先ほど尊敬する人として寺沢ルミさんのお名前が上がりましたが、ヘアメイクさん同士は交流される機会が多いのでしょうか?

「それが、名前だけを知っていて、会ったことがない方もすごく多いんです」

――ひとつの現場に多くのメイクさんが集まることがあまりなさそうですもんね。

「そうなんです。でもそうすると、現場に行けない時に助け合えるメイクさんや、助手をやってくださる方を探したりするのがすごく大変で。自分自身ずっとそのことに苦労していたので、去年「MakeSearch」という、メイクさんと依頼者のマッチングサイトのようなものを作りました。

日程、ジャンル、予算などの条件から、依頼可能なヘアメイクさんを探すことができる。
日程、ジャンル、予算などの条件から、依頼可能なヘアメイクさんを探すことができる。

これまでは、たとえ需要と供給がマッチしていたとしても仕事が生まれづらい状況があったと思うんです。例えばテレビや舞台で活躍されてきたメイクさんが映画の仕事をやりたいと思ってもツテがない、というような。

たまにインターンで現場に来てくれる学生さんたちからも「ヘアメイクになりたいけど、どうやってなればいいかわからない」という声を聞くことが多くて。学生さん目線で考えれば、まず一番に思いつくのがどこかの会社や事務所に就職するという選択肢だと思うのですが、現状、毎年新入社員を採用しているヘアメイク事務所はあまりないんです」

――そうなんですね。

「そう考えたときに、もしも学生さんがフリーランスのメイクさんと繋がれたら、アシスタントとしてキャリアをスタートすることができるかもしれないと考えました。実際に働いてみると、特に映画の現場はフリーランスのヘアメイクさんが多いんです。そうした背景を、いつも積極的にインターンさんを紹介してくれて、私も何度かお世話になったことがある「ベルエポック美容専門学校」の先生にも話してみたら、たくさんの学生さんたちが「MakeSearch」に情報を登録してくれるようになりました。現場にはアシスタント不足の現状もあるので、その需要がうまくマッチすればいいなと考えています。」

「MakeSearch」公式サイトはこちら

「自分の居場所がちゃんとある」。菅原さんが考える映画仕事の魅力

――最後に、さまざまな現場を経験された菅原さんが思う、映画の仕事の魅力があれば教えていただけますか。

「そうですね。映画の仕事は体力的にめちゃくちゃ大変なんですが、一人ひとりに役割があって、ちゃんと必要とされているのがいいなと思います。メイクのことはヘアメイクが、衣装のことは衣装さんが担っていて、誰が欠けても作品が完成しない。

映画制作は世の中にまだ無い作品を作り出す仕事なので、どれだけ経験を積んでいたとしても、毎回新しいチャレンジがあるんです。だからこそ、各々がアイデアを出し合える。自分の居場所がちゃんとあると感じられるのは、この仕事の魅力ではないでしょうか。」

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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