音響に向いているのは、世の中の音に耳を傾けられる人。
『映画:フィッシュマンズ』『王国 (あるいはその家について) 』
音響 黄永昌インタビュー|エンドロールはきらめいて〜えいがをつくるひと〜 #8

CULTURE 2023.11.28

映画という非日常から日常へと戻るあわいの時間、エンドロ―ル。そこには馴染み深いものから未知のものまで、さまざまな肩書きが並んでいます。映画づくりに関わるたくさんのプロフェッショナルの中から、毎回、一人の映画人にインタビュ―するこのコ―ナ―。

第8回目のゲストは、映画の録音と整音を手がける黄永昌さん。濱口竜介監督など、国内外で高い評価を受ける作家たちとの仕事を続ける黄さんは、どのようにして映画の道へと進み、どんなふうに音の世界を築きあげているのでしょうか。

卒業後は町工場に就職。転機は春に訪れた

――ミニシアターで日本の映画を観ていると、エンドロールで本当によく黄さんのお名前を拝見します。ご自身もこのお仕事に就く前から、映画を観るのがお好きでしたか?

中学生くらいの頃から、丸の内ピカデリーや有楽町の日劇に通って、ハリウッド大作系の映画をたくさん観ていました。ただ、その当時はまだ「ミニシアター」の存在すらよく分からないような状態で。

大学の一般教養で暉峻創三(てるおか・そうぞう)さんという評論家の方の映画の授業を受けてから、時代的にもウォン・カーウァイ監督『恋する惑星』(1994年)や『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994年)なんかを観に行くようになり、それまで以上に映画に興味を持つようになりましたね。


今年4K版が公開された『エドワード・ヤンの恋愛時代』予告編

――大学卒業後は、そのまま録音の道を目指されたのでしょうか。

いえ。大学では工学部の機械工学科に通っていたので、卒業後は迷いながらも小さな町工場に就職しました。でもそうしたら、ゴールデンウィーク前に交通事故にあってしまったんです。足の骨を折って3週間くらい入院している間に映画の世界への憧れが再び湧いてきたので、思い直して「映画美学校」という教育機関に進むことにしました。美学校にはその前年にも応募書類を出して、一度選考に落ちていたのですが、その年は入学することができて。

――色々なタイミングが重なったんですね。

美学校に入ったころは「映画を撮りたい」と思っていたのですが、当時は学年の中で最終的に選ばれた4人だけが作品を監督することができるシステムだったので、僕は結局スタッフをやることになり。そこで初めて音の仕事を担当しました。

「1番イヤな音を録れ」。作中の世界を豊かにするために

――もともと観客として映画をご覧になっていた頃から、映画の音に興味があったのでしょうか?

いや、全然(笑)。美学校で音を担当してもいいかなと思ったのは、撮影現場にもいられるし仕上げ作業にも関われて、映画が完成するまでの過程を学べそうだと思ったからなんです。当時は監督になりたかったので、今後の参考になるかな、と。

最近は録音は現場の人が、効果音は効果音担当の人が、と、音の仕事の分業化が進んでいますが、僕は基本的に、録音から整音までの全部をやりたいんです。

――基本的な棲み分けとしては、撮影現場の音を拾うのが「録音」、撮影後に録音素材を整え効果音をミックスするのが「整音」、録音も整音も担当するのが「音響」、という認識で合っているでしょうか?

そうですね。ただ「音響」という肩書きを使っている人は、実はほぼいないんです。自分は助手としてお仕事をご一緒していた菊池信之さんがこの肩書きを使い始められたのを見て、それを頂きました。

――菊池さんと言えば、佐藤真監督の『SELF AND OTHERS』(2001年)や青山真治監督の『EUREKA ユリイカ』(2000年)などを担当された方ですよね。録音や整音の仕事をされる上で、菊池さんの影響を感じる部分はありますか?


『EUREKA ユリイカ』予告編。役所広司、宮﨑あおいが主演し『第53回カンヌ国際映画祭』で国際批評家連盟賞とエキュメニック賞を受賞した

そうですね、言葉にするのが難しいのですが……。でも、菊池さんがよく「現場で1番イヤだった音、邪魔だった音を録れ」と言っていたことはよく覚えています。

例えばロケ地の隣でいきなり工事が始まったとすると、撮影中は工事の音が止むまで録音を止めることになりますよね。セリフをきちんと録らなければいけないので。でも菊池さんは別途「場所を一番特徴づけていた音」として工事の音も録音するんです。最終的に映画にその音を足すか足さないかは別として。

自分で仕事をする時も、「現場で鳴っていた音」が一番重要だという考えはいつもベースにあります。芝居の場所として選ばれたロケ地がある以上、その場所で鳴っていた音も重要なはずだと思うんです。

――同じ内容のシーンを撮るとしても、街中で撮られたものなのか、海で撮られたものなのかで、全く印象が異なりますよね。

環境音だとか、ロケ地に合ったサウンドエフェクトを録って足していくと、やっぱりその中の世界がだんだん豊かになる感覚があるんです。実際に作業工程をお見せしないと、伝わりづらい話かと思うのですが……。

――いえいえ。黄さんが整音された映画『石がある』(太田達成監督、2022年)を映画祭で観た友人は、「映画の中で鳴っていたヘリコプターの音を聴いて、地元の景色を思い出した」と言っていました。

あの音はまさに、整音の段階で加えた音ですね。僕は撮影時現場にいなくて、整音だけを担当したんですが、一度自分で音を録りにロケ地に行ってみたら自衛隊か何かのヘリの音が特徴的で「絶対にこれはどこかで使おう」と帰った記憶があります。

「そこにある音」を入れて土台を整えることで、音楽がうまく乗ったり、画がよりよく見えたりするのではないかという気がしているんです。……でも、僕のやり方はおそらく特殊なので、一般的なやり方とは違うと思いますね。


黄さんが音響を担当した草野なつか監督『王国(あるいはその家について)』予告編。東京・ポレポレ東中野で12月9日から3週間限定公開

録音に向いているのは、世の中の音に耳を傾けられる人?

――ケースバイケースだとは思うのですが、整音作業には大体どのくらいの時間をかけていらっしゃるんですか?

もちろん尺や内容にもよるんですが、1か月かからないくらいが多いです。元のセリフの音を整えるだけでもそれなりに時間がかかるので、その後にSE(サウンドエフェクト)を入れていくとなると、1本の映画に最低3週間は欲しいかな、と。

――3週間以上をかけて1つの世界観を作り上げていく過程を想像すると、とてつもない集中力が必要そうだなと感じます。

実際にやってみると「やっていけばできる」感覚が強いですよ(笑)。自分の場合はものすごく細かく細部を見ていくというよりは、画面の奥の音を小さく、手前の音を大きめに、というように、比較的距離感に忠実な音をつけています。

最近は、ある程度のお金を出せば個人でも5.1chと呼ばれるスタンダードな音響設計を仕込めるようになり、自宅でも作業が完結できるようになったので、朝起きて晴れていたら洗濯をして、夕方前にはご飯を作り始めて……と、意外と普通の生活をしていますね。

Pro Toolsというオーディオソフトも、僕が使い始めた頃はものすごく高かったのですが、今は比較的手に入れやすい価格帯になってきたようです。


黄さんが音響を担当した杉田協士監督『彼方のうた』予告編。2024年1月5日からポレポレ東中野、渋谷シネクイント、池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

――ちなみにオーディオソフトの使い方は、どうやって習得されたんですか?

自主映画の録音に携わるようになったくらいの頃に、美学校の講師だった臼井勝さんという録音技師の方がPro Tools講座を開いてくれていて、それに参加したのが一番初めだったかなと思います。そこからはソフトを手に入れて、自分で試行錯誤して。

――独学でここまで辿り着けるのがすごいですね。

いやいや、そんなに難しいもんじゃないので。手が覚えれば誰でもできると思いますよ。

――技術を習得する以外に、「こういう人は録音に向いているかもしれない」という要素はありますか?

そうですね……。でも、音に興味がある人のほうが、やっぱりいいんじゃないでしょうか。セリフ云々というより、世の中にある音に多少耳を傾けられる人、といいますか。

――鳥の声とか。

そうですね、風の音とか。

――黄さんも録音の仕事に就く前から、身の回りの音を聞くのがお好きでしたか?

いや、それはないですね(笑)。やりたいと思えばできるということで。やっていくうちに段々と興味がわいてくる仕事だと思います。

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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