わたしたちの無加工な「独立」の話 #1 蟹ブックス店主・花田菜々子さん

WORK&MONEY 2023.07.03

どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
第1回目は、自らの経験をもとにした『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)などの著者でもあり、2022年9月から東京・高円寺で書店「蟹ブックス」を営む花田菜々子さんです。

11年在籍したヴィレッジヴァンガードを離れるまでの葛藤

――もともと本屋さんで働きたいと思われていたんですか?

いえ、まったく。私が学生の頃は、有名な企業に就職することが良い人生とされている時代でしたけど、何の準備もしていないのにそんなところに入れるはずもなく。大学時代に写真をやっていたけれど、仕事にするほどの熱意もなくて。どうせ何にもなれないなら、30歳までは遊ぼうと思っていたんです。

そんななかで、ヴィレッジヴァンガードのバイトの募集を見つけて、楽しそうだなと思って応募しました。働いている人たちが個性的で、自分にとってはすごく居心地がよかったし、バイトの裁量が大きくて、ものを売ることの楽しさを知りました。「本屋である」ことの面白みは後からついてきたものですが、それが自分にとっての原体験になっていると思います。

花田菜々子さん
花田菜々子さん

――ヴィレヴァンには11年在籍されていたそうですね。

アイデンティティを形成する場所になってしまったので、辞めたいと思っているのに葛藤している時間が長かったですね。この場所以外でやっていけるのか、こんなに面白い仕事ってほかにないんじゃないか、結局ここがまだましなんじゃないか、って。

――ほかの場所でも生きていけるかも、と思えたのは、出会い系サイトで出会った人に本を薦める活動から受けた影響もありましたか?

外の世界の人と話したことで、会社の外でも何らかの価値をつくれるんじゃないかと体感できたし、会社の中だけで流通している考え方にいかにとらわれているかに気づけたことは大きかったです。

あとは、自分以外の人はすごくちゃんと生きてるんじゃないかと思っていたけど、本を薦める活動で会う人って結構適当な人も多くて(笑)。意外とみんなちゃらんぽらんに生きてて、それでも大丈夫なんだと思えたんですよね。

――行動することで確かなものとして実感できることってありますね。

頭の中で考えているだけだと、物事って1ミリも進まないんですよね。自分も含めて多くの人は失敗したら恥をかくと感じると思うんですけど、意外と恥はかかないです。いざ開き直ってやってしまえば、ネガティブな反応があっても「うわー恥ずかしい最悪だ」とはならなくて、「まあそうだよな、じゃあもっと良くするにはどうしたらいいだろう」と、ちゃんと地面を歩いていけるんですよね。

花田菜々子 蟹ブックス

「会社員を続けると思っていた」。独立し蟹ブックスを立ち上げるに至ったわけ

――ヴィレヴァンの後、いくつかの書店で働かれてから、昨年、蟹ブックスを立ち上げられました。

会社員として本屋の店長をしていたときに、戦いや苦労はありつつも、やりたいことをかなり自由にやれていたんです。本屋っていつか独立して自分のお店を持つことが「良きこと」とされがちなんですけど、会社員だったらお金の心配もなく規模が大きなことをできたりもします。

私はお金の計算も苦手だし、会社員として書店員をやっていく方が向いていると思っていました。だから働いていたお店が閉店すると聞いて、そこから「じゃあどうしよう」と。

――では、また別の本屋さんに勤めるという選択肢もありましたか?

その方が順当だと思っていました。ちょうどその頃、いいなと思える書店で店長をやらないかという最高の話も入ってきて。原稿を書く仕事をするうえでも、会社に勤務して、ある程度安定していた方がやりやすいんじゃないかと思っていたんです。でも考えているうちに、自分で本屋をやる方がチャレンジングで大変そうだから、あえて困難な方向に行った方がいいかもと思って。一緒にやろうと思える仲間もいて、お金も溜まっていたので、タイミング的にやらない理由がなかったんです。

独立とお金の問題。「1円でも多く稼ぐことが善だと思ったら、終わると思う」

――もともと30歳までは遊んでみようと考えていたところから、ずっと書店の仕事をされてきて、いま、花田さんは働くことは好きですか?

これは誤算だったんですけど、自分はわりと仕事が好きだったんだと思います。「仕事をしたくない」というのも自分の中にある心からの叫びだけど、そうじゃない人格も自分の中にいて。仕事を通じて誰かと繋がったり、誰かの役に立ったりすることが、残念ながら(笑)、意外と好きです。それはすごく幸せなことかもしれないですが。

――遊んでいたい自分が勝つタイミングは、最近はないですか?

大体勝ってますけどね(笑)。

――どうしても頑張れないと思った時ってどうしていますか?

「もうこれ以上は無理」と感じたら、自分はどこかで手を離しちゃうかもしれないです。

自分は別に成功者とかではないんです。それでもやっぱり1円でも多く稼ぐことが善だと思ったら終わると思っていて。オープンした頃は「お金がなかったら怖い」という気持ちにとらわれていて、原稿の仕事を引き受けすぎて、本屋の仕事がうまく回らなくなったんです。そういう経験をした時に、たとえそれがやりたい仕事だとしてもセーブすべき場合もあるんだなと思って。

あるいは1万円の仕事と5万円の仕事があった時に、自分が「どちらを好きか」ということとも違う判断軸で、5万円の方を断って1万円の方をやる選択肢があるかもしれないし、たとえば月30万円稼がなきゃと思い込んでいたけど、月15万円を目標に稼ぐ生き方の方が自分にとっては豊かかもしれない。そういう視点を忘れてはいけないなということは、たった1年弱ですがフリーランス書店主をやってきたなかで感じたことかもしれません。

花田菜々子 蟹ブックス

――仕事をしていくなかで、資本主義的な成功や名声のようなものを追い求めることが力になる人ももちろんいると思いますし、生活していくうえでお金を得ることも当然大切だと思うんです。一方で、「1円でも多く稼ぐことが善」的な方向性以外の仕事を通じた目標の立て方もそれぞれにありますよね。

「なんのために稼ぐんだろう」って私自身もわからなくなる時があって、たしかに銀行口座の残高が増えていけば安心かもしれないけど、その安心ってあんまり実利を伴わない気がするんですよね。たとえノーギャラでも「やれて良かったな」と感じる仕事と、お金がもらえたけど何だかちょっとむなしいと感じる仕事があると思っていて。抽象的ですけど、自分にとってチャレンジングだったり、「こういうことをやってもいいんだ」って思えるようなこと、あるいは勉強や成長をしないとできない仕事に取り組むと、自分の魂が喜ぶというか、“ぴかっ”とするような何かを感じられます。

――フリーランスや独立することって「自由な働き方」のようなイメージが強いと思うのですが、花田さんご自身はどう感じていますか?

独立しているからこその自由を感じられる場面も多いですけど、最終的には独立しているか、会社員として働いてるかはあんまり関係なくて。結局自分を縛るのって不安なんです。だから不安を抱いた時に「まあ焦っても、しゃーない」って思うことも大事だし、その不安な状況からどうやったら一歩進めるかの具体的なプランを持つ手つきも大事だと感じます。

もしいまの働き方に疑問を感じている方がいるのであれば、すぐ独立を決断するのではなくて、週末だけ副業やボランティアをしてみたり、ちょっとずつ始められることっていっぱいあると思うんです。「結婚する/しない」とかもそうですけど、世の中っていろんなことを二択しかないように見せてくるんですよ。でも大体の問題って二択じゃなくて。その罠にはまったらだめだと思うんです。

text:Yuri Matsui photo:Mikako Kozai

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