【鎌倉幕府】実は、源氏と平氏はセコムとALSOK!? ガクテンソク奥田修二さんが語る5つの「実は…」

【鎌倉幕府】実は、源氏と平氏はセコムとALSOK!? ガクテンソク奥田修二さんが語る5つの「実は…」
【鎌倉幕府】実は、源氏と平氏はセコムとALSOK!? ガクテンソク奥田修二さんが語る5つの「実は…」
LEARN 2026.06.25
源頼朝が幕府を開いた鎌倉時代。武家がはじめて政治を行ったこの時代がなければ、戦国時代も明治維新もなかった? 歴史を愛し、独自視点で語る芸人のガクテンソク奥田修二さんに「鎌倉幕府」をもっと知りたくなる“実は”を教えていただきました。
※ここで語られる内容は奥田さんの独自視点での歴史的見解も含みます。
photo_Mado Uemura text & edit_Kana Umehara
教えていただきました
奥田修二
奥田修二
芸人

おくだ・しゅうじ/2005年ガクテンソク結成。『THE SECOND 〜漫才トーナメント〜2024』優勝。BSよしもと『教科書の外を歩く! ガクテンソク奥田の歴史雑談』を持つなど無類の歴史語り好き。鎌倉時代の書籍も2026年秋発売予定。

実は「鎌倉幕府」ってすごいんです!

鶴岡八幡宮

鎌倉幕府の数々のドラマを見守り続けた源氏の拠点。

鶴岡八幡宮の段葛 ガクテンソク奥田修二
まず、訪れたのは鶴岡八幡宮。「今年の初詣もこちらに参拝へ伺いました」と奥田さん。参道「若宮大路」は必ず一段高くなった歩道「段葛(だんかずら)」を歩いて歴史散歩スタート。

日本の歴史について独自の視点で語り、その分かりやすさに定評のあるガクテンソクの奥田修二さん。実は、鎌倉時代は日本の大事な転換点だったのだと話す。

「政治の実権を武士が握るという画期的なことをやってのけたのが鎌倉幕府。鎌倉時代は140年以上続き、その後、室町、江戸と武家政治は600年も続いた。サムライの礎を作ったダイナミックな時代なのにみなさんが知っているのは『1192(いい国)作ろう鎌倉幕府』というワードだけ。それは実にもったいないことです!」

1192年が幕府成立というのも今では諸説があるとか。

「いくつか説がありますが、頼朝が弟・源義経を捕まえる名目で全国に守護と地頭を置いた1185年を成立の年として『いいハコ作ろう』と語呂合わせするのが今の主流。でかめの兄弟ゲンカの末、幕府を成立させた頼朝の力量は半端ないですね」

そんな鎌倉時代の登場人物たちに思いを馳せるなら鶴岡八幡宮を訪れてと奥田さん。

鶴岡八幡宮
鎌倉幕府の数々のドラマを見守り続けた源氏の拠点。

「頼朝が妻・北条政子の安産祈願のために作った『段葛』を歩き、静御前が義経を想い舞ったといわれる『若宮廻廊跡』に立つ『舞殿(まいでん)(下拝殿)』に参拝を。境内には政子が頼朝を祀った『白旗(しらはた)神社』も。白旗は源平合戦のとき源氏側を示す旗色。参拝するだけで、さまざまなドラマを感じることができると思います」

information
鶴岡八幡宮

住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
電話:0467-22-0315
開門時間:6:00~20:00(開門時間)

河内源氏二代目棟梁・源頼義が1063年に創建した。

覚園寺

義時を救った戌神伝説が残る北条家ゆかりの古刹。

「知将・頼朝はカリスマ的な人望がありましたが死後、家を継いだ二代目の頼家はボンボン気質で不人気。そこで有力な武士たち(御家人)を御意見番として置いたのが大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも知られる合議制。中でも執権として力を持ったのが政子の父・北条時政です。ここから鎌倉幕府は、北条の物語になっていきます」

武士のあるべき姿が形作られたのもこの時代だと奥田さん。

「まず、頼朝の遺志を誰よりも継いだ政子がすごい。後鳥羽上皇が攻めてきた『承久の乱』では〝武士の名誉のために戦え!〞と大演説をぶちかまし、御家人たちを鼓舞。見事、戦を勝利へと導いた。一方で三代目執権の泰時は荒くれ者だらけだった武士たちのために法律『御成敗式目』を作る。法律を整えることで、武士らしく正しく生きられる社会を作ったんです」

社会が安定することで文化も武士が担い手に。鎌倉ではその歴史にも触れてほしいとも。

「貴族によるきらびやかなものより質実剛健な武士の価値観は庶民にもウケた。当時のカルチャー最先端といえば仏教で鎌倉時代、多くの宗派が誕生。北条氏にゆかりある覚園寺には茅葺き屋根の立派な薬師堂がありご本尊の薬師三尊坐像のほか、写実的でパワフルな十二神将像を間近でみることができます。今にも戦いだしそうな筋骨隆々の仏像は実に武士っぽいです」

information
覚園寺

住所:神奈川県鎌倉市二階堂421
電話:0467-22-1195
拝観時間:10:00~16:00(最終拝観受付15:40)
休み:4/27、8月、12/20~1/7休
拝観料:500円

奥田さんが解説! 鎌倉幕府とは?

源氏の棟梁・源頼朝が源平合戦の末、平家を破り幕府樹立。頼朝死後、政子の実家・北条氏が実権を握り、「御成敗式目」制定など武家制度の礎を作るもモンゴル襲来(元寇)などで弱体化。北条氏が滅ぼされ幕引きに。

1185年:壇ノ浦の戦いで義経が平家を滅ぼす。頼朝が各地に守護・地頭を設置。鎌倉幕府が成立する。
1192年:頼朝が征夷大将軍となる。
1199年:頼朝が亡くなる。
1203年:北条時政が執権となる。
1221年:承久の乱。後鳥羽上皇が討幕のため挙兵するが、幕府側(政子らの呼びかけ)が勝利。朝廷を監視する六波羅探題が置かれる。
1232年:泰時が「御成敗式目」を制定。
1274・1281年:元寇(文永の役・弘安の役)
1297年:永仁の徳政令を発布。
1333年:後醍醐天皇や足利尊氏、新田義貞らにより、北条氏が滅亡。鎌倉幕府が滅ぶ。

奥田さんが解説! 鎌倉幕府人物相関図

鎌倉幕府の人物相関図

源頼朝を中心にまず頭に入れておきたい人物相関図。宿敵・平清盛は1159年、平治の乱で敗れた源義朝の長男・頼朝を殺さず伊豆に流罪に。ここで生かしたことがのちに平家が滅ぼされる要因に。驕れる者久しからず。

鎌倉幕府のここがおもしろい! 奥田さんが語る5つの「実は」

ガクテンソク奥田修二
ガクテンソク
奥田修二さん

年号や人物名、なんとかの乱だの変だのキーワードだけで覚えようとすると歴史はややこしい!

おもしろエピソードを交えれば、鎌倉時代をもっと身近に感じられそう!?

1. 実は、源氏と平氏はセコムとALSOKだった!?

もともと武士は腕っぷしの強いやつらを集めた武装集団みたいな荒っぽいものでした。743年の「墾田永年私財法」により、貴族や寺社が得た荘園の土地を守るガードマンが必要となり、彼らにその役割が与えられました。それを取り仕切っていた二大警備会社=源氏と平氏と思ってもらえたら。武力を極めた二大勢力はやがて政治の世界でも発言力を持つようになっていきます。

2. 実は、源頼朝が成功したのはシティボーイだったから!?

平氏との戦に敗れ13歳で伊豆へと送られた頼朝ですが、そもそも京都生まれの京都育ち。政治の中枢、貴族文化のど真ん中で多感な時期を過ごしてきた。それがいきなり関東の荒武者たちの中に放り込まれたわけですから。彼の高貴で知的な振る舞いは多くの人を惹きつけたと思います。父・時政の反対を押し切って政子も駆け落ち婚してしまうほど。相当魅力的だったのでしょう。

3. 実は、源義経は物語の主人公として後年ブレイクした!?

義朝の九男で頼朝とは異母兄弟の義経。戦の名手でお兄ちゃんのために崖を駆け降りて奇襲したり、暴風の中突撃したり、必死に戦いますが最終的には頼朝によって自死に追い込まれます。無茶な戦いばかり挑む義経は頼朝と違い当時の武士たちからの人気は今ひとつ。彼が注目を集めたのは室町に入ってから。悲劇的な生涯はさまざまな物語となり“判官贔屓”という言葉にもなります。

4. 実は、三大悪女といわれる北条政子は純愛の人だった!?

尼将軍と異名を持ち、権力のため実子にさえ冷酷な判断をしたといわれる政子ですが、彼女は頼朝の死後も彼が望んだ「武士のための世の中」を実現するために動いた純愛の人なんじゃないかと僕は思うんです。政子にとって守るべき最優先は子でも親でもなく頼朝と作った「鎌倉幕府」だった。夫を失い即出家。自分の黒髪を法華曼荼羅(ほっけまんだら)に編み込んで弔ったという逸話にも愛を感じます。

5. 実は、武士が嫌われないように「御成敗式目」を作った!?

1221年、承久の乱で幕府の支配は西日本まで広がりました。当時、武士はまだまだ野蛮な存在。「東の荒くれたちが西の人に嫌われそう……」とその時の執権・泰時は思ったわけです。そこで作った武士の法律「御成敗式目」。大事にしたのは合理的な道理。武家社会の慣習や道理に則り、誰もがわかる筋の通った判断基準を作りました。これが江戸まで続く武士の在り方の基本になりました。

実はここもおすすめ。鎌倉の歴史スポット。

1. 日本最古の築港遺跡が残る。〈和賀江嶋〉

「実朝が宋(中国)に渡ろうと船を造ったけれど浜が遠浅すぎて船が動かなかった。その無念を受け継ぎ、泰時が開いた港」。今も干潮時、材木座海岸の南端には石積みの一部を見ることができる。「当時の港を想像しながらぜひ海岸を歩いてみて」
住所:神奈川県鎌倉市材木座海岸沖

2. 頼朝が静かに眠る鎌倉の聖地。〈史跡法華堂跡〉

「山の中にある源頼朝と北条義時の墓所です。鎌倉時代、源頼朝の法華堂があり、その東側には義時の法華堂もあったとされています。鶴岡八幡宮から歩いて10分ほどの場所にあるので、散策がてら併せて参拝をするのをおすすめします」
住所:神奈川県鎌倉市西御門2-5

3. 今も修行体験ができる格式高い禅寺。〈円覚寺〉

「1282年、八代執権の時宗が創建したお寺。元寇の戦没者供養では敵・味方両軍の兵士を平等に供養しています。当時の武士たちも修行をした禅寺の雰囲気を伝えます」
住所:神奈川県鎌倉市山ノ内409 電話:0467-22-0478 拝観時間:8:30~16:30(12月~2月16:00) 定休日:無休 拝観料:500円

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