東京→秦野→桐生 暮らしを変える。移住編 LEARN 2023.07.13

思い切って、一から十まですべて変えてみるのも良し。時間と手間はかかるが、新しい自分に出逢える好機でもある。「いつかは」をそのままにせず実行に移した2つの家を訪問した。
大好きな野菜と洋服の店を開きたくて、30歳の時に移住を決意した。家族で移り住んだのは、群馬県の桐生市に残る古い平屋建て。季節がゆるやかに流れるこの家では、空を眺める時間も愛おしい。

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文化と人に惹かれて移住した桐生の町の古い一軒家。緑とともに暮らし始めて約1年。時間がゆっくり流れるようになった。

ほの暗さが心地いい縁側で猫と遊び、緑の庭を眺めながらお茶を飲む。まるで古い日本映画のワンシーン。こんなに美しい光景が日常だなんて。群馬県桐生市のセレクトショップ〈さくげつ〉店主の田口侑希乃さんが暮らしているのは、大正時代に建てられたと思しき平屋の家。
「昔ながらの日本家屋に洋間がくっついた和洋折衷の建物です。ご近所にも、こういうスタイルの家がいくつか残っているんですよ」

東京の青果店〈草木堂野菜店〉で働いていた侑希乃さんと、アパレルの仕事をしていた夫の康範さんは、2021年、以前から思い描いていた〝食と洋服の店〞を開くために、群馬県桐生市へと移住した。
「群馬には野菜の仕事で出会った農家の方がたくさんいるんです。それに、桐生は古くから続く織物の町で、ものづくりに携わる人も多い。今までのつながりを生かした店ができると思ったのがきっかけです」

最初に出会ったのは店の建物。築約120年の古民家を改装し、近くに仮住まいしながら店をオープンした。ほどなくして、お客さんが教えてくれたのがこの古い家。家族4人と猫が暮らすのにほどよい広さも、二人が好きな北欧家具に合う木造の雰囲気も、梅と枇杷(びわ)と柿の木が並ぶ庭も、あっという間に好きになった。

「インテリアはシンプルです。東京、秦野、桐生での仮住まい……と引っ越しを重ねるうち、どんどんものが減り、そぎ落とされた気がします」

だからだろう、ヴィンテージの椅子から小さな置物まで、ひとつひとつの魅力がくっきり際立って見える。「いちばん気に入っているのは、窓。摺りガラスも木製の建具も昔のままで、カーテンをかけずに過ごせるんです。何より、朝、目覚めた時、縁側や障子ごしのやわらかい光に包まれているのが本当にうれしい。お布団の中から庭の景色を眺められることも、このうえない幸せです。桐生は空が魅力的な町だけれど、朝は格別。雨の日のしっとりした緑もいいし、雨上がりの朝、カラッと晴れた青空を見ながら起きるのもいい。季節がゆっくり流れていくことを知るのが、日々の楽しみです」

早く起きた時は、近所の公園へ散歩に行く。木々が茂る山道を歩いたり、桐生の町が見下ろせる高台まで行ったりして往復1時間ほど。途中、店の常連客たちに会うこともある。
「この間は、すれ違った後に〝そういえば〞と呼び止められて。〝あのカブ、こんなふうに料理したら葉っぱまでおいしかったわ〞って、わざわざ感想を話してくれました。そういう会話が本当にあったかくて、桐生に来てよかったなって思うんです」

photo : Wakana Baba text : Masae Wako

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