きゃりーぱみゅぱみゅの大人なLADYになるわよコラム〜第83回 頼るべきはAIじゃなくて相手だわよ〜
第83回 頼るべきはAIじゃなくて相手だわよ
皆さま、ごきげんよう。AIが当たり前になってから、仕事がやりやすくなったようでやりにくくなったような気もする、きゃりーぱみゅぱみゅです。

いや、たしかにAIのおかげで話は早くなったんですけど、なんか微妙な空気感が残るんですよね…。
私は日々、舞台監督さんとかMV監督さんとかヘアメイクさんとかスタイリストさんとかデザイナーさんとか、いろんな人たちの力をお借りして“きゃりーぱみゅぱみゅ”という作品作りをしています。
昔は、まず自分で考えた大まかなイメージを伝えて、クリエーターさんとかスタッフさんがそれを具体的な案にして打ち返してきて、それに対して修正を加えて…という往復を繰り返して完成に漕ぎ着けていました。
でもAIで画像を生成したりするようになってからは、一気にイメージをかなり具体的なレベルまで持っていくことができるようになったので、その往復が減ってしまったんですね。
それが減ること自体は“手間が減る”ということなので、いいことなのだろうとは思います。けど、
「こんなイメージで…(ほぼ完成に近いAI画像どーん)」
「ん〜、なるほど…(ってこれ以上どうしたらええんや?)」
みたいなパターンが増えてる気がするんですよね…。
皆さんの職場ではどうでしょうか???

この件について仲の良いデザイナーさんに相談してみたら、こう言われました。
「今まで一緒に作ってきたはずなのに、急に『これにしたい』とか『こうしてください』みたいなことを言われるのは、ちょっとさみしいかもね」
たしかにそうですよね…。
一緒にクリエートしてるというより、ただオペレートしてもらってる感じになっちゃってるかもしれません。
「これをなぞってください」と言わんばかりに。
ましてやきゃりーぱみゅぱみゅというプロジェクトは、私を素材にしていろんなクリエーターさんたちが自由に遊ぶことで成立していたはずなのに、それじゃおかしな話です。
そういう“余白”が、AIを使うことでなくなっちゃってるんだろうなと。
実際に、もし自分自身がクリエーターさんとかスタッフさんの立場だったら?と想像してみると、かなり辛いものがあります。
そもそも私は、誰かが途中まで走らせた仕事、例えば30とか50の状態で渡される仕事ってなかなか気持ちが乗らなくて苦手です。
0から生み出す仕事は、熱量をもって取り組んで100まで持っていくことができるんですけどね。
ただでさえそういう性格なので、AIパワーで一気に90とかまでできあがっちゃったものを渡された日には、「それはあなたが残り10もやったほうがいいよ」という気持ちになることは余裕で想像できます。
余白にこそ、気持ちや熱量は芽生えます。
それを先回りして埋めてしまうのが、今のAIの使い方なのかもしれません。
何かを生み出すことにとって、気持ちや熱量を引き出すことが何より一番大切なことだってわかってるはずなのに、それをダメにするようなことをしてるだなんてなんとも皮肉です。
その気持ちや熱量の大切さについては、普段お世話になっているクリエーターさんやスタッフさんの仕事ぶりから改めてハッとさせられることがよくあります。
デビュー当初からずっとお世話になっている、ヘアメイクの「すーさん」もその一人。
ここ最近、出産だ何だでしばらくすーさんとはご無沙汰しちゃってたんですけど、久しぶりに現場に入っていただく機会があって、「本当のプロって“気持ち”を作るんだ」と思い知らされました。
その日は、音楽フェス「サマソニ」のオールナイトイベント「ミッドナイトソニック」に出ることになっていて、私のプロデューサーの中田ヤスタカさんがその日のために作ってくれたリミックスを歌う予定だったんですね。
深夜イベントに合わせたクラブっぽい、かっこいい感じの曲です。
なので「いつものかわいい感じではなくて、ガラリとイメチェンしたいです」ってすーさんにお願いしたら、早速イメージをまとめたラフ画を送ってくれて、もうその時点から「うわ、すごい楽しみ!」と自分の気持ちが高鳴っているのがわかりました。
すーさんはモノ作りがすごく得意で、ウィッグひとつを作るにもめちゃくちゃこだわりと愛を持っていつも作ってくれる人です。
で、当日、そのウィッグをかぶってメイクしてもらうわけなんですけど、私の横では同時にダンサーさんたちもすーさんにメイクしてもらってるんですね。
そのダンサーさんたちの顔をチラ見して、私は驚きました。
メイクで作られていく世界の中の自分に、どんどんなりきっていく様子というか。
完成形の自分に向かって気持ちを作っていってることが、その顔つきからめちゃくちゃ伝わってきたんです。
私もいざメイクされたら、本当に自分の気持ちがワクワクドキドキしてきて、このあとこの完璧な気持ちでステージに立つぞおお〜!っていう気持ちになれたし、そのおかげでその日はいつもよりマジで集中できて、最高のパフォーマンスをすることができました。
いや〜、プロフェッショナルとは気持ちを作ってくれる存在なんだなあと心底思った仕事ぶりでした。

という感じで、ヘアメイクにせよ、衣装にせよ、舞台にせよ、デザインにせよ、それが「かわいいか?」とか「かっこいいか?」という基準はもちろん大事。
だけど、それによって「自分の気持ちが上がるかどうか?」っていうことが一番大事なんだなあと改めて思った次第です。
その意味で「こんなイメージで(AIで作った画像どーん)」は相手にとってわかりやすいし、業務としての効率は上がりますけど、気持ちは上がりませんよね。
そもそも相手を頼るためにAIを使うのであって、頼るべきなのはAIじゃなくて相手。
それを忘れちゃいけないなと。
だって、チームですから…と自分自身に言い聞かせつつ。
結果的な話ではあるけれど、ひょっとしたらまだ10代とか20代前半だった頃の私のほうが、今よりもいい感じに周囲を頼れていたかもしれないなって思うんですよね。
当時はAIもなかったし、私自身も意見するにはまだまだ未熟すぎたし、「ん?」って思うことでも、「まあそんなもんかな?」ってあまり気にしないようにしていました。
ところが、だんだん大人になるにつれて「いや、これおかしいだろ?」とか「言ってること意味わからんだろ?」ということがわかるようになってきたんですね。
で、さすがにデビューから15周年にもなると、適当な大人が許せなくなったし、周りも年下が多くなってきて、だんだん私自身で決断を下して、周囲を引っ張っていくことが多くなってきました。
昔はぶっちゃけ、自分的には納得できないけど、相手を忖度した選択をすることも多かったです。
でも、「いや、これではかっこいいものは作れないし、未来は作れない」と心を鬼にして、あえて忖度をしないこともだんだん増えてきました。
そういう経験を経て、めっちゃ気合いを入れて0から100までモノ作りするようになった結果、何度も修正指示を入れるようになった私。
そして「いやここが違うんで、この通りにしてください」とAI画像をどーんと出す女に最終的になってしまいました…。
う〜ん、反省。
AIなしでは生きていけなくなってきた今だからこそ、人を向いてちゃんと話をして、人を信じて任せることが大事だよな〜と思う今日この頃です。
歴史ってあとになってから「あの出来事がターニングポイントだったかも」みたいにわかるものですけど、そういう変化がもう起きてる気がします。
じわ〜っと広まって少しずつ変化していってるから、あまりに自然すぎてまだ気づいてないだけで。
そういえば最近、知り合いからこんな話を聞きました。
とある学校で、生徒がAIを使って宿題をやっていることが発覚して問題になったんだそうです。
それで校内で調査をしたところ、なんと先生までAIを使って宿題を作ってることが判明。
つまり、AIが作った宿題をAIが解いていたというわけです。
宿題の意味がまるでありません。
それに頭を悩ませた教頭先生は、今後どう対処していったらいいのかとAIに相談してみたらいろんな解決策を提示してくれました。
でも、ふとそこで気づくんですね。
「もうどこにも人間がいないやん」と…。
若干ホラーみたいな話ですが、もうすでに現実で起きた実話だそうです。
まだ小さな世界の話かもしれないけど、もうAIだけで勝手に回り始めています。
あらゆるものがAI経由になる世の中。
意識的に人間と向き合うようにしていかないと、いつか完全にAIに飲み込まれてしまうかもしれませんね。



















