自己と他者の境界線「バウンダリー」とは? 性を考えるうえでなぜバウンダリーが重要なのか

自己と他者の境界線「バウンダリー」とは? 性を考えるうえでなぜバウンダリーが重要なのか
30代からの性教育
自己と他者の境界線「バウンダリー」とは? 性を考えるうえでなぜバウンダリーが重要なのか
HEALTH 2025.05.16
もう知っている、経験している。さまざまな積み重ねを経て、そう感じる機会も増えてきつつある30代が、「性」にまつわる事柄をテーマに、多様な角度からあらためて眼差し、学び、考えてゆくための連載です。
包括的性教育の中でも大切な概念とされている、自己と他者の境界線「バウンダリー」。性を考えるうえでなぜバウンダリーが重要なのか、実際の対人関係の中でどのように試みてゆけばいいのかなどについて、『わたしはわたし。あなたじゃない。10代の心を守る境界線「バウンダリー」の引き方』の著者である鴻巣麻里香さんにお話を伺いました。
鴻巣麻里香
ソーシャルワーカー/KAKECOMI代表

こうのす・まりか。精神科医療機関勤務、東日本大震災被災者支援を経て、フリーランスのソーシャルワーカーとして福島県白河市を拠点に活動している。2015年に非営利団体KAKECOMI(カケコミ)を立ち上げ、こども食堂と民間シェルター(シェアハウス)を運営。福島県のスクールソーシャルワーカーを兼務し、子どもと親子をとりまく様々な社会問題に取り組む。3匹の保護猫と暮らすシングルマザー。

──鴻巣さんの本の中でバウンダリーは「「わたしはわたし」「あなたはあなた」という心の境界線」と説明されています。そもそも「バウンダリー」という概念は、どのように生まれてきたものなのでしょう?

鴻巣:バウンダリーという考え方自体はすごく歴史が古くて、いろいろな使われ方をしてきた言葉なのですが、アドラー心理学やセルフケア、セルフヘルプの考え方が知られていくなかで、いま私が使っているような「自分と誰かの境界線」という意味で定着していきました。

私自身はソーシャルワーカーとして、さまざまな状況にある方の話を聞くなかで、バウンダリーの大切さに気づかされました。逆境の中にいる人たちは、自分で決める力をどんどん奪われてしまうんです。

誰かから辛いことをされていると「お前には力がない」というメッセージを受け続けますし、経済的にしんどい状況が続いて無力さを感じると、「私には決める力がない」と自分に呪いをかけてしまいます。そうすると、「私はこうしたい」「私はこうである」という感覚を引き出すことが難しくなってしまうんです。

──包括的性教育は人権教育ともいわれており、包括的性教育の中でもバウンダリーは大切な概念とされていると思いますが、バウンダリーと人権の関係性について伺いたいです。

鴻巣:人権というのは、自分が自分として、一人の人として尊重されることを保証するものなので、人権を守ることはバウンダリーを守ることとほとんど同じであると言えると思います。

「バウンダリーをきちんとしよう」というとふわっとしてしまいますが、バウンダリーを守るための具体的な行動指標になるのが人権です。差別や迫害をする側が「そんなつもりじゃなかった」と言うことがありますが、大事なのはそのつもりがあったかどうかではなく行動と言葉で、行動と言葉を調整する指標となるのが権利なんです。

──日本ではバウンダリーの概念がまだあまり知られておらず、日常的にバウンダリーを侵害したりされたりすることに慣れてしまっているとも感じます。

鴻巣:日本では、「言わなくても察する」とか「阿吽の呼吸」とか「空気を読む」とか、相手の考えていることを推察して斟酌していくコミュニケーションが尊ばれる風潮があるので、「私はこう考える。あなたはどう考えるの?」とはっきりと言葉にするのが微妙な雰囲気があります。そういうなかで侵害する経験もされる経験も山ほど積んでしまっていて、侵害している意識もされている意識もなかったりしますよね。

──特に恋愛や性にまつわるシチュエーションだと、愛や親しみを表すことと、バウンダリーを侵害したりされたりすることを混同しやすいところがあるように思います。

鴻巣:相手とより近づきたいとか、身体的にも心理的にも一体になりたいとか、溶け合っていくことを求めて恋愛をする面もあると思うんです。ただ、その関係をより良いものにしていくためには、相手と自分の間に線を引くことが必要です。愛と支配って表裏一体で、相手と一つになりたい、近づきたいという思いがそのうち、相手のなにもかもを知りたい、見えていない部分がない方がいい、すべてを把握していたい、と変化してしまう。そうすると、それは愛であり権利侵害です。お互いを尊重し合うような関係を構築するためには、愛と支配が別物として存在していると考えないことが大切だと思うんです。

また、パートナー間は対等であるはずという感覚が、自分を守ることを邪魔してしまう場合もあります。たとえば、男女間の場合の性交渉は、女性の側が圧倒的にリスクを負うことを考えると決して対等ではないです。力のバランスとして弱い側のペースや境界線がなによりも守られなければならないと思います。

──これまでバウンダリーに自覚的ではなかった人は、どうやってその境界線を見つけていけばよいのでしょう?

鴻巣:なかなか難しいのですが、自分が望まないことをされたときなどに、あとからでもいいから、ほんの少しでももやもやした違和感を大事にしてほしいなと思います。ただ、辛いことを辛いと感じ続けるのはとても大変なので、辛いと感じることをやめようとする方が楽なんですよね。しかもそれが好ましいと思っている対象から受けた辛さだと、「一緒に居続けるためには、辛いという気持ちを手放した方が楽である」と思ってしまったり。

──どうしたらそこから抜け出せるのでしょうか。

鴻巣:恋愛や性に関しては、多くの人がバウンダリーの引き方や、同意が大事であること、避妊の方法など、自分の体の守り方もきちんと教わってきていなかったりします。加害的な相手から逃げられなかったり、望まない性行為を受け入れてしまうとき、その背景に知識の不足があったりするのに、「いいか悪いかあなたが決めて」と投げられても、感覚的な判断が自身を守るものにならない場合もあると思うんです。そういうときのために、いろんな物差しをみんなが知れる状態であることが、それぞれが自分を守る線を引くために大事だと思います。

──嫌だと感じたことにノーを言えたとしても、それをきちんと受け取ってもらえない場合もあると思います。そういう相手とはどのように向き合ったらよいのでしょう?

鴻巣:本来であれば、逃げること一択だと思うんです。権利というのは、違っていることを保証するものです。だから前提としてノーであるなかで、相手からの提案や要求に対して、イエスな部分だけ受け入れるというあり方が大切です。私はあなたじゃないから、あなたの言っていることがどんなに素晴らしくても、あなたのしようとすることがどんなに素敵だとしても、私が受け入れることを前提にしないで、と。

ただ、逃げるといっても、「この仕事を辞めて新しい仕事を始められるのか」とか「今更この人と離れて次のパートナーを探せるか」という思いに歳を重ねるごとにとらわれてしまったりもすると思うんです。エイジングに対するネガティブな情報やメッセージが日々溢れているので、本来の自分にとって幸せなのか、心地いいかという軸が揺らいでしまうこともあると思います。

──逆に自分が他者のバウンダリーを侵害してしまうこともありますね。たとえば不安から相手をコントロールしたくなってしまったり。

鴻巣:不安というのは見通しが立たなかったり、自分の想定からずれるのではないかという懸念からくる感情です。できるだけ自分の思った通りに物事が進んでいくことで安心したくて、それを人に求めてしまうんですよね。そうしたときに、その不安がどこから生じてるのかを、ちょっと掘り下げてみることが大事だと思います。

──自分が他者のバウンダリーを侵害してしまったことを指摘されて傷ついた、と感じてしまうこともあると思います。

鴻巣:行動や言動について「それはやめてほしい」と指摘されたときに、自分自身が否定されたように感じてしまうのは、行動や言動を指摘される経験に乏しいからだと思うんです。

指摘する側としても、行動だけを指摘することってすごく難しくて、「その行動をあらためてくれればいいよ」ではなくて「こんなことをしてくるあなたは大嫌い」という100か0かの思考になってしまうことがあります。その人自体を無理になってしまうか、何度も何度も同じことをされても受け入れてしまうか、そういう極端なパターンの関係に陥っている人は少なくないかもしれません。

──バウンダリーを意識することは、「普通はこうであるはず」という自分の中の思い込みや刷り込みを常に問い直すことでもあるように思いました。

鴻巣:平均身長が150cmの集団がいたとして、そのなかには180cmの人も130cmの人もいるのに、あたかも150cmが普通であるかのような印象を受けますよね。無数の人のいろんな生きざまの中で、なんとなくの平均みたいなものが「普通」とされるのであって、みんなそれぞれ必ず平均からどこか外れるんです。「普通はこうだよ」「私たちのときはこうだったよ」と過度な一般化をして生きざまを決めつけてくるようなメッセージを浴びることがありますが、そういうときは「あなたの場合はそうだったんですね」と。「n=1」に戻してあげるといいと思います。

text_Yuri Matsui illustration_Natsuki Kurachi edit_Kei Kawaura

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