対等に、映像の浮かぶ言葉を。目が見えない、見えにくい人への映画音声ガイド制作・松田 高加子|エンドロールはきらめいて 〜えいがをつくるひと〜 #18

CULTURE 2025.04.29

毎回1人ずつ、映画と生きるプロフェッショナルにインタビューしていくこのコーナー。

今回のゲストは目が見えない、見えにくい人に映画を届けるため、作品の「画」を言葉で届ける音声ガイドを制作する松田高加子さん。現在は、映画館の中でアプリを立ちあげることでイヤホンから誰でも気軽にガイドを聞くことができますが、松田さんはアプリの登場以前から音声ガイドの方法を模索してきたのだとか。

映画をより多くの人に届けるためにどのような試行錯誤があったのか、『悪は存在しない』や『夜明けのすべて』など、話題作の音声ガイドを数多く手掛けてきたエキスパートにたっぷりとお話を伺いました。

文章を聞かせるのではなく、映像が浮かぶ言葉を

――音声ガイドがどういった流れで作られているのか伺いたいです。

まず、素材が到着したら作品を観て、そこから原稿制作が始まります。原稿は全部エクセルで作っているのですが、そこに本編の台本と音声ガイドのテキストを追加していくイメージです。

――(原稿を見て)映画本編のタイムコードと該当シーンの内容、音声ガイドのナレーション原稿が一目でわかるようになっていますね。

まずこちらが「こうかな、ああかな」とモジモジ書いた音声ガイドの初稿を制作サイドに提出し、監督からテキスト上でチェックバックをもらいます。例えば画面に本が映っている場合、そのタイトルを音声で読みあげた方が良いかどうかなど、細かな部分を判断いただくイメージです。その後、監督からの指摘箇所を調整した原稿を使って、映画製作サイドと視覚に障害のある当事者の立ち合いのもと、実際に原稿を読みあげるモニター会を行います。

――原稿を拝見すると、ガイドで読みあげるテキストは一文が短くまとまっているように見えます。

文字を目で追う時と違って、耳で聞くと、長すぎる言葉は記憶に残らないんです。音声ガイドは文章を聞かせるというよりも、頭の中に映像を作ってもらいながら一緒に映画を観ることをイメージしているので、必然的に一文が短くなっていきますね。

――限られた一文の中で映像の中のどの要素を説明するか、判断が難しそうです。

例えば、今日の取材までの流れを文章で説明する場合「松田が記者を玄関で出迎え、コーヒーを淹れ、テーブルに案内して座らせる」と表すこともできると思います。

ただ、実際に目を閉じて今の文章を聞くと「出迎え」の部分で、どうやって出迎えたのかが分からなくなってしまい、どんどん言葉が流れていってしまうんです。そこで改めて映像を思い返すと、事務所の扉から松田が出てきたのを見て「出迎え」だと認知していたことに気が付く。ですからガイドでは「扉を開けて」と先に言った方が良いなと判断するようなイメージです。

――今おっしゃったような作業がひとシーンごとに行なわれていると思うと、気が遠くなります。

難しい作業に思われるかもしれませんが、実は映像を説明するだけでいいんです。それを変に「分からせなきゃ」と考えてしまうと、情報がモチャモチャしてしまうというか。

本当に見たまんま、短めに言っていけばいいんです。先ほどのコーヒーを淹れるくだりも、描写しようとすると「コーヒーを淹れて」と一言でまとめてしまいますが、映像ではマシーンのスイッチを押す場面が映されているかもしれない。そうした時に「コーヒーを淹れる」でなく「コーヒーマシーンのスイッチを押す」と書いていくことで、具体的な情景が浮かぶようなイメージです。言葉をまとめるだけなら「あらすじを読めばいいじゃん」となってしまうので。

――お話を伺えば伺うほど、音声ガイドとあらすじは全く違ったものですね。

そうですね。私は監督やこの映画が、どの要素を優先して追っているんだろうと考えながら、「何が映っているか」をなるべく共有したいと思っています。

たった一単語が印象を左右する。チームで探し出す最適な語彙

――松田さんが担当された映画『グランメゾン・パリ』(塚原あゆ子監督、2024年)を音声ガイド付きで拝見したのですが、まず冒頭でパリの街並みが映し出された時に「アパルトマンが立ち並ぶ」というようなガイドがあって。「アパルトマン」というたった一言でパリの雰囲気が立ちあがるのを感じました。


映画『グランメゾン・パリ』予告編。会社で音声ガイドを引き受ける際は、初稿制作に大体2週間ほどの時間を確保しているそう

言葉で映画を観せることはやはり意識しています。そこで「アパート」という言葉を使ったら、日本人にとっての一般的な、2階建てぐらいの、外階段があるような建物をイメージされてしまいますよね。なので「アパート」はダメだと思ったのですが、一方で「アパルトマン」からうまくイメージが膨らむかという不安もあって。代替案として「石造の建物」というパターンも考えていたのですが、モニターの方達は「(アパルトマンと聞いて)パリって感じがした!」と言っていました。

あのシーン自体、建物を映すというよりも「今、パリにいるんだ!」という高揚感を伝えているように思ったので、映画を観る人たちなりのパリがきっとあるだろうと信じて、現在の案を採用しましたね。

――このお仕事をされる上では、いかに語彙を増やしていくかも重要になってきそうです。

私は割と、最初に浮かんでくる言葉で原稿を書いて、あとから自分独自の語彙を使っていないかをサブの制作者に確認してもらうのですが。矢口史靖監督の『ダンスウィズミー』(2019年)という作品で、メニュー表が透明のフィルムに挟まれているシーンがあったんですね。私はそれを見て「パウチされているメニュー」と書いたんです。そうしたらモニターの子に「パウチって何ですか?」と聞かれて。「え、これを今は何て言うの?」と聞いたら、サブでついてくれていたガイド制作の子が、「ラミネートですかね」って。今はパウチって言わないんだと、監督の矢口さんもショックを受けていました(笑)。

――思わぬところで衝撃が(笑)。

やっぱり、世代によって使う言葉が違うんですね。なのでうちは客観視できる人として必ずサブの制作者にもついてもらうようにしています。『あみこ』(山中瑶子監督、2017年)のガイドを制作した時も、コンバースのハイカットを「バスケットシューズ」と書いたら、サブでついていた20代の子から「私にはバスケットシューズじゃないように見えます」と戻しがあって。最初は「何言ってんの」と思いましたが、画像検索をしてようやく納得しました(笑)。私の時代ではあれを「バスケットシューズ」と呼んでいたのですけどね。


『あみこ』予告編。同じ山中監督の『ナミビアの砂漠』でも松田さんは音声ガイドの監修をしている

あえて優しくはしない。けれど伝わらなければ意味がない

――原稿が完成した後にモニター会が開かれるということですが、会は大体何名ぐらいの方で実施されるんですか。

基本的には、2名のモニターさんに参加してもらいます。映画製作サイドの方は、監督一人でいらっしゃることもありますし、規模が大きな作品だと沢山の方がいらっしゃいますね。

――実際の会では、ガイドを読みながら映画を全編上映するのでしょうか?

20分ずつ止めています。本番はナレーターさんが読む原稿を、モニター会では原稿制作者が読んで。そしてまず、モニターさんにわからなかったところがないかを確認し、その後、監督にガイドの解釈が合っているかを質問したり、指摘をもらったりします。

――モニターにはどんな方が選ばれているのでしょう。

20人ぐらいの連絡先リストがあって、毎回都合が合う人に来てもらっています。生まれつき何も見たことがない方や、ある段階から目が見えなくなった方、全盲の方、弱視の方など、なるべくさまざまな状況の方に来ていただくようにしています。ジェンダーや年齢などにもなるべく偏りが出ないようにアサインしていますね。

――参加される方はやはり、映画がお好きな方が多いですか?

そうですね、嫌いな人はいないと思います。ただ、私たちが1番大事にしているのは、多くの映画を観ているかよりも、自分が分からなかったことを伝えてくれるかどうかなんです。

私はかれこれ22〜3年、音声ガイドの制作をやっているのですが、最初にボランティアで活動を始めた時は「ガイドを作ってくれてありがたい」と言ってくださった方の中にも、実はガイドが悪すぎてどう映画を観たらいいか分からなかった、という方がいて。

私としては、指摘をいただけないことを何よりもどかしく感じていたのですが、その後は回数を重ねるうちに、だんだんとモニターの方もフィードバックをくださるようになったり、自分の言葉が整理されていなかったんだと気付けるようになりました。今ではモニター会で大きな修正が出ないレベルまでやってくることができています。

――これまでに幾度となくモニター会をされてきたと思いますが、印象的だった作品やフィードバックはありましたか?

『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督、2017年)の時は、ワンショットであることをどう言葉で伝えればいいのか、すごく悩みました。初めに私が付けたガイドに対して、モニターの方に「(目が)見えていた頃だったら分かったんだろうな」と言わせてしまい、それがめちゃくちゃ悔しくて。

ワンショットであることを説明する時に、あんまり親切にしたりとか、分からないだろうから優しく書いてあげようっていうのは嫌だったんですよ。バカにしている感じがするので。だけどとは言え、伝わらなければ意味がないなと反省して。

原稿のある部分を大幅に削ったり、説明の角度を変えたりして修正をしたら、最終試写の時、視覚障害のある子に「すごい楽しめたよ!」「涙がほろりと出た」と言ってもらえて。ああ危なかった、よかった、って。安心しましたね。


『カメラを止めるな!』特報

耳打ちからラジオ、そしてアプリへ。音声ガイド普及までの道のり

――松田さんは20年以上音声ガイド制作に携わられているとのことですが、現在のようにアプリでガイドを聞けるようになる前はどのようにガイドをされていたのでしょうか。

本当に最初の最初は、視覚障害のある方の隣に座って耳打ちでコソコソとガイドをしていました。お客さんの少なくなった公開4週目とかの平日昼間に劇場に行って、やっていたんですけど。これはあまりにも継続性が無さすぎるし、他のお客さんも気になるよねとなって。

次は、隣に座ってコソコソは変わらないんですけど、MDウォークマンみたいなものにマイクを差して。それなら2本ぐらいは分岐できるので、イヤホンを通してガイドを聞いてもらう形式をとりました。

その次にやったのが、FM送信機。映写室に入れてもらってマイクを通して喋ったら、その音声が実況中継的にみんなが持っている小型のFMラジオに届くという形を見つけました。それで色々なことがうまくいったので、各地の劇場で実際にガイドをして。私たちは団体で映画を観にいくので、劇場の方も「ちゃんとお客さんを連れてくる人たち」という風に認識してくれて、歓迎してくれました。

――まるで活弁士さんのようなご活動をされていたことに驚きです。世界的に見ても、音声ガイドは同じような変遷を辿ってきたのでしょうか?

起源などは詳しく分からないのですが、アメリカとイギリスは赤外線方式で音声ガイドをやっていると聞いたことがあります。ただ、イギリスに行った時に試してみたところ、ヘッドホンから全然何も聞こえてこず、友人も同じようなことを言っていました。日本はガイドの文化が後から発達した代わりに、デジタル化された状態でガイドが普及したので、その点は良かったんじゃないかと思いますね。

――現在主流になっているアプリでの音声ガイドは画期的なことなんですね。

ボランティアをずっとやってきた私たちからすると、エポックメイキングでしたね。


松田さんが音声ガイドを制作した『夜明けのすべて』(三宅唱監督、2024年)予告編

――ちなみにアプリができたのは、何年ぐらいのことだったのでしょう。

2014年ぐらいから計画が動き始めました。Palabra(編注:現在音声ガイドアプリ「UDCast」を開発運営している会社)と、FM送信ではない形の音声ガイドを模索されていたNPOさんが同じオフィスにいたことがあって。そこで「音声認識っていう機能をうまく使えるんじゃないか」という話が出たんです。そこからアプリは結構すぐできたので、早速試してみようということになり。2015年に1年間の実証実験をして、実施のたびにレポートをあげました。

全国の劇場ではその頃、DCP(編注:デジタルデータによる劇場上映での投影方式)の導入で何千万円レベルの出費があったので、音声ガイドについても「また工事とかやらされるの?」「もう本当に無理ですよ!」というようなことを言われたのですが、アプリであれば劇場側には何の問題もないじゃないですか。だからその辺りもクリアすることができて。

――ここ10年ほどで、一気に事態が進展していったんですね。

実はその前段階として、2010年代の始めくらいから字幕ガイド(編注:主に耳が聞こえない、聞こえにくい方が映画を鑑賞する際に使われる字幕、台詞だけではなく発話者の名前や効果音、音楽なども表現される)は実施され始めていたんです。でも私たちの中には「それだけでバリアフリーなんて言わせない」という気持ちがあって。そんな時、東宝さんから音声ガイド付き上映実施の相談をいただき、作品に対して予算を組んで、各地の劇場を回れるだけ回るということを一年半ほど続けました。

当時はナレーターが読んだ音声ガイドの収録データをFM送信機で流していたのですが、私たちも予算内で現地へ出かけていったんです。そうしたら音声ガイドを実施した全国9箇所の上映のうち、お客さんの48%が障害者割引だったことを東宝の営業の方が報告してくださって。そこから「ガイドをやればお客さんが来る」という空気ができあがっていったように思います。それをやった矢先のアプリだったので、割とスムーズにことが進んだ部分があったのかなと。

なによりの責任は、映画を届けること

――2015年のデータでは、公開された1000本の映画のうち、音声ガイドが実施されたのは14本となっていますが(NPOメディア・アクセス・サポートセンター調べ)、それから10年経った今、本数はどのくらい変化したのでしょうか。

今は年間、100本〜150本ぐらいの数字だと思います。2016年の『ONE PIECE FILM GOLD』(宮元宏彰監督)から本格的に音声ガイドが導入されたのですが、大手の会社がガイドを実施されたので、他の会社も続くような形で。製作委員会から予算を出すのも、初めは難しかったんじゃないかと思います。

――ちなみに、音声ガイドの制作をお願いするには大体どのくらいの予算が必要なのでしょう……?

それなりに大きな金額がかかります。映画の尺や規模に合わせて相談をしていく形です。どうしてもバリアフリー上映をやりたいと言って、助成金を取ってきてくれる作品もあります。助成金がおりるようになってから、ドキュメンタリー映画の方たちが音声ガイドを作ってくれることが増えました。

――今後ますます音声ガイドの本数が増えたり、普及していくにあたり、制作者を目指す方も増えてくるのかなと思います。そのような場合、どのように音声ガイドのお仕事を勉強するのがおすすめですか?

翻訳学校が開催している講座に通ってから、仕事を始められる方が多いように思います。Palabraでも1年半から2年に1回くらいトライアルを実施しているので、そこに応募してもらうこともできます。20分の映像を渡して、それに音声ガイドを書いてもらい、うちの制作者が手分けして採点する試験で、今年のトライアルには予想より多くの応募がありました。

――試験を突破するために、おすすめの練習法はありますか?

音声ガイド制作は百点満点のない世界ですが、他の人の音声ガイドを聞いたり、何より映画を沢山観たりして、観方を鍛えるのが良いかもしれません。私たちの仕事には、映画を届ける責任があるじゃないですか。お金を払って映画を観に来たその人と映画の関係を壊してしまう可能性もあるわけですから。障害のある人のため、という考え方だけでは、この仕事はできないと思います。

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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