アートがもっと身近になる、を温泉宿で学ぶ。GWの那須方面の旅はアートと温泉で。 TRAVEL 2024.04.26

アートは美術館に観に行くもの。ときには、ギャラリー巡りも楽しいけれど、いつかは自分でお気に入りのアーティストの作品を買って、自宅で飾りたい。

でも、いざ購入! というのは、そう簡単に判断できるものではありません。

栃木県北部の板室温泉に、〈板室温泉大黒屋〉という旅館があります。そこは、約470年前から続く、老舗旅館。しかし、ただの老舗旅館ではありません。先代が才能を見出したアーティスト・菅木志雄さんの作品が数多くおかれ、月に1回のペースで展覧会も行う。アート作品と、美術館に泊まるように、じっくりと向き合える。そんな宿が〈大黒屋〉です。

〈大黒屋〉で、4月25日から5月27日まで展覧会を行っているアーティスト・八木夕菜さんと17代目当主である大黒屋・室井康希さんに、アートが身近にあることの楽しみ、そして付き合い方を学びます。

ゆったりとしたスペースでアートを楽しむ。
ゆったりとしたスペースでアートを楽しむ。
アーティスト・菅木志雄さんの作品が招いてくれるエントランス。
アーティスト・菅木志雄さんの作品が招いてくれるエントランス。
那珂川のせせらぎた心和ませる〈梅の館〉の客室。
那珂川のせせらぎた心和ませる〈梅の館〉の客室。

〈板室温泉大黒屋〉

住所:栃木県那須塩原市板室856番地 TEL:0287-69-0226 宿泊料金:¥26,400〜/1名(「松の館シングルルーム」1室1名利用時、1泊2食つき) 事前の予約かアートプランで楽しめる宿の美術館鑑賞は朝10時から1時間程のツアーも。宿泊者以外も展覧会を見ることができる(9:00-17:00)
HPはこちら

『保養とアート』をテーマにした温泉宿で、新しいアートとの付き合い方を知る。

廊下にも、菅木志雄さんの作品がふんだんに飾られている。
廊下にも、菅木志雄さんの作品がふんだんに飾られている。

〈板室温泉大黒屋〉は、那須温泉郷の中、湯治場の歴史が深い温泉地に位置します。アルカリ性単純泉の温泉は、平安時代から下野の薬湯として、人々を癒やしてきた。この宿は、室井さんのお父さん、16代目当主の俊二さん(現会長)によって「保養とアートの宿」をテーマに生まれ変わります。メインの展示は、立体やインスタレーションなど多岐にわたる作品を手掛けるアーティスト・菅木志雄さんによる庭、そして新作から旧作まで展示している倉庫美術館があります。さて、いったいどんな宿なのでしょう?

「室井さんと知り合う前に、私も2度ほど〈板室温泉大黒屋〉を訪れたことがあるんです。興味を持つきっかけは、菅木志雄さんの美術館がある、おもしろい宿があると聞いて、が最初でした。実際に来てみたら、自然の中に温泉があり、美味しいごはんもあって。とても気持ちいい温泉宿で。緊張感のあるアート空間というよりも、アートがさりげなく、でも良い存在感を持って佇んでいる。『この宿の人たちは、本当にアートが好きなんだな〜』という雰囲気が伝わってきて、とてもおおらかな気持ちになれる場所。美術館やギャラリーとはまったく異なるアート体験ができる場所なんだな、と思いました」(八木さん)

「『保養とアートの宿』として、みなさんに楽しんでいただいていますが、やっぱり温泉宿である、というのがまずある。いわゆる現代アートに興味がない、というお客様がメインですし。僕らとしては、血の通ったアートといいますか、生活や暮らしの中で、生き生きと魅力を発揮するアートというものを体験してほしいと思っています。菅木志雄さんの作品は常設ですが、僕自身が様々な情報を集めて、工芸や現代アートなどの展覧会を月に1回するようにしているのも、そこで、新しい発見をしてもらえると嬉しいと思っているからこそです」

〈板室温泉大黒屋〉だからこそできるアート体験とは?

八木夕菜さんの作品「superposition III」。
八木夕菜さんの作品「superposition III」。

海外の美術館と、日本の美術館の違いについて、以前、海外のジャーナリストが言っていた言葉があります。「日本の美術館では、ビジターたちが、作品の下についている解説文を読んでから、作品を見る、というシーンをよく見ました。どちらがいいというものではないと思いますが、日本の人たちは、背景を知ってから、作品を解釈するのだな、と思いました。わたしたちの国では、作品をじっと見て、解説を読まない人も多くいます。考えるのではなく、感じる人が多いのかな、と思いました」と。アートをどう見るかは、個人の自由だけれども、より楽しむための方法はあるのだろうか?

八木さんのお母様は、アーティストの八木マリヨさん。また、室井さんは、小さな頃からアートに溢れる家で育ったという共通点がある。アートが常に身近にあったふたりだからこそ知っている、作品の楽しみ方を聞きます。

母は環境芸術家です。アトリエのある自宅には、母の作品で溢れていました。アートは『自由に身体と心、全体を使って感じるもの』と言っていたのを覚えています。私もアーティストとして、各作品にコンセプトをもって作っていますが、それは押し付けるものではないんですね。見る人が自由に感じて、なにかしらの気づきにつながれば、作品を通して、自身の無意識に触れる、鏡面作用的なものであってほしいという思いがあります」(八木さん)

「父が菅木志雄さんの作品を宿に取り入れたのが、1991年、私が5歳の頃です。菅木志雄さんが起点だったので、夏休みの宿題工作も、すごく抽象的なものでした(笑)。そのような経験を通して、そして今思うことですが、様々な作品に触れ合って、いつか衝動的な感覚を与えてくれるものと出会ってくれるといいな、と思っています」(室井さん)

「作品を見たとき、自分はどう感じたのか? それは、作品への感想だけでなく、自分自身がそのとき、どんな感情になったのか? でもいいと思うんです。感情の小さな変化を、アートに込めていく。もしかしたら、美術館やギャラリーで作品を見る、そして家にアートを置いて見る、というのも、自分自身の状態をはかる指針になるのかもしれませんね」(八木さん)

「〈大黒屋〉では、宿泊者は、いつでもアートを見ることができます。早起きしたときの美しい朝の光、風呂上がりのゆったりした気分のとき、誰もいない静かな真夜中の闇の中で……。アートを身近に置く、新しい楽しみ方は、きっと〈大黒屋〉だからこそ体験できることと自負しています。そして、アート目的で宿泊されないお客様の目はある意味、純粋ですから、感想をいただくのは、私たちにとって、とても大切な時間でもあります」(室井さん)

5月に開催の八木さんの展覧会「Superposition」は、どこに目線を置くといい?

〈大黒屋〉のサロン(ロビースペース)で行われる企画展は、八木さんの「Superposition」。今回の展覧会のテーマは、時間です。

「何年か前に、自分はひとりではなく、様々な時間軸に、自分でありながら、現在の自分ではない、自分がいるかもしれない、という夢を見たんです。少し先の時間を生きている「私」と現在の「私」。今生きている場所では、時間は一方通行だけど、それ以外の時間に生きている自分をリアルに感じたんです。私が夢で見た「時間」「存在」「空間」その世界を紐解いて、静止画を探求しているのですが、今回はそれらのテーマに沿った2つの作品を発表します。写っているものは、石や花、金属や鉱石。私たちが生きている間に、石の変化に気づくことはまずないかもしれませんが、石の時間軸でとらえると、変化はきっとあるはずです。いくつかの写真を重複させることで、その時間を閉じ込めることができるかもしれない。それはもしかしたら、次元も変えることができるかもしれない。視点を変えることで見えてくるものがある、というのが、今回のテーマ。それは、意識の変容という、私自身の大きなテーマともなっている世界観になっていると思います」(八木さん)

「今回展示される八木さんのアクリルの作品は、カラダを動かしてみると、さまざまに視覚に映る像が変容し、身体的に楽しめる作品でもあります。私たちの宿で企画展を行う際は、必ず、作家さんから、従業員に作品解説をしてもらっています。従業員は、いわゆる美術館の職員と違ってアートのプロではありません。ある意味純粋な視線を持つ彼ら彼女たちのフィルターを通してこそ、感じられることもあるかと思います。宿に来ていただいたみなさんには、作品を見て、わからないことがあったら、従業員にも聞いてほしいです。『この時間に見ると、美しいですよ』とか、『私も理解はできていないんですけど、でもとってもきれいですね』とか、大層なことは言えないかも知れませんが、生き生きとアートを一緒に語るきっかけになると思います。そして、会期中には、八木さんが在廊するタイミングもありますので、ぜひご本人からもお話聞いていただきたいです」

text_Hanako photo_Yuna Yagi

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