私が「墓じまい」を決めた理由。#1イタリアで暮らす私と、日本に残すお墓
「墓じまい」は、これまでお墓を守ってきてくれたご先祖様への想いがあるからこそ、なかなか決断できないものだ。けれど、家族の形や暮らし方が変わるなかで、お墓を受け継いでいくことが難しい人もいる。
今回お話を伺ったのは、36歳で墓じまいを決意したイタリア・ミラノ在住の歴史学研究者、増永菜生さん。
22歳のときに両親を亡くし、祖父母の介護をしながら学生生活を送ってきた。イタリアで暮らすようになってからも、毎年帰国してお墓の手入れを続けてきたという。
そんな増永さんは、祖父の一周忌を機に、1817年から続く家のお墓を手放すことを決めた。
墓じまいを通して感じたご先祖様への感謝。そして、お墓を守り続けること以上に次の世代へと受け継いでいきたいものとは。
ますなが・なお/イタリア・ミラノ在住の研究者・博士(歴史学)、ライター。京都大学から一橋大学に編入後、研究を深めるため2017年にミラノへ移住。著書に『カフェの世界史』(SB新書)。
祖父が亡くなった1年後に、墓じまいを決意。
── 墓じまいをしようと意識したのはいつ頃ですか?
「30代前半の時です。私の両親は、私が22歳の時に2人とも病気で亡くなってしまったので、妹と祖父母と一緒に生活をしていました。そんな祖父母が90代に差し掛かって、身体的にお墓参りに行くことが難しくなってしまったんです。
私はその時、イタリアの大学に通っていたので、毎年帰国して草むしりをしたり、お墓の掃除をしたりして維持していましたが、こうしたことも独身で身軽なうちだからできることで、これから先、お墓を継続していくのは難しいだろうと思っていたんです。
唯一の孫として、祖父母が元気なうちは、お彼岸やお盆の時期にお墓をきれいにして維持する。その後は、墓じまいをしようと思っていました。でも、お墓は森の中にたくさんのお墓があるような状態で、これを一体どうすればいいんだろう、とずっと思っていました」


──具体的に動き出したきっかけは?
「祖父が亡くなったという連絡を受けて緊急帰国し、葬儀屋さんに駆け込んだ時に、墓じまいの方法を教えてもらいました。石材店にお墓の撤去を依頼し、お寺で魂抜きをしてもらったうえで、取り出したお骨をどこに納めるかを決める、という流れでした。
そこでお寺さんとも相談して、祖父の一周忌のタイミングで墓じまいをすることにしました。納骨は、家のご先祖様をまとめて納める総墓のような方法と、小さな個人墓をつくってもらう方法があるんですけれど、私は後者を選びました。
祖父母もお墓のことを心配していたんですけれど、90代の人に死後の話はできなくて、結局自分で墓じまいを決めてしまいました。せめて、一人ひとりの名前がわかるようにしたかったんです」
自分の人生を歩んでいくために、気持ちの整理はできていた。

──1817年から続いていたお墓のようですが、自分の代で閉じることに対して迷いや葛藤はありませんでしたか?
「全然ないです。むしろもう十分だよね、と自分に声をかけてあげました。
頼れる親戚もほかにいませんでしたし、私たち姉妹は、妹は東京を拠点に働き、私もイタリアで生きていく道を見つけたので、お墓を守り続けることにこだわりはありませんでした。
──ご自身の親が入っているお墓も手放してしまったんですね。
「そうですね。でも、両親が亡くなって10年近く祖父母と向き合う中で、気持ちの整理はできていました。
お墓の撤去をしてくれる石材店に差し入れに行った時、お墓がなくなっていく様子を見たんですけれど、悲しさみたいな感情は湧かなかったです。もしかしたら、50、60代になってから墓じまいをしていたら悲しさがあったのかもしれません。
私は30代前半くらいまで、両親や祖父母の介護に追われ、気づけば36歳になっていました。そこからようやく、自分の人生が始まったような感覚があって。これから自分の人生を歩んでいくためにも、身軽になりたいと思ったんです」
──今後、ご自身のお墓はどこに入られるか決めていますか?
「イタリアにもお墓のような文化はあるんですけれど、まだ決めきれていません。
何カ月か前に彼と話した時には『この辺の庭に埋めて、その上に木を植えてもらおう』みたいな話をしたんです。木になろう、みたいな感覚ですね。それもいいなと思っています。
どちらにせよ、私はこれからもイタリアでの生活を決めているので、パートナーとゆっくり考えていこうと思います」
墓じまいで、ご先祖様への感謝の気持ちが強くなった。

──お盆など、亡くなった方に思いを馳せる日にはどのようなことをされていますか?
「帰国した時に妹と2人でおいしいものを食べて、亡くなった両親や祖父母の話をしています。
もし今後家族が増えたら、納骨されているお寺が金色の仏像があって綺麗なので、一緒に遊びに行ってご先祖様がここにいるということを伝えたいです」
── 墓じまいを終えて、お墓やご先祖様に対する考え方に変化はありましたか?
「そうですね。私は好きな国で学びたいことを学べていますし、妹は自分の夢を叶えて東京で働いています。
妹とも話すんですけど、私たちがそういうふうに生きられているのって、ご先祖様が家を守って、私たちの将来のために繋いでくれたからだと思うんです。墓じまいをきっかけに、ご先祖様に感謝する気持ちが強くなりました」
──墓じまいをしたことで、逆に“受け継ぎたい”と思うようになったこともあるのでしょうか。
「私の家は、お金持ちでもない普通の家なんですけれど、学びの面ではとても恵まれた環境で育ててもらいました。博物館や美術館にたくさん連れて行ってもらったり、本を買ってもらったり、ビデオやDVD、映画をたくさん見せてもらったり。そういう知識って、年を取ってからも身についていいるんですよね。私のパートナーも、そういう家庭で育ったというところが一致しているんです。
なので、母親や祖母の洋服やアクセサリーも、気に入ったものがあれば使って、使わないものは手放したい。「モノ」じゃなくて、自分たちが与えてもらった教育方針や、学びに対する想いみたいなところを引き継いでいきたいです」

先祖代々のお墓を次の世代に引き継がなくても、ご先祖様から受け取った「想い」は、受け継いでいくことができる。増永さんが大切にしたいのは、モノや家ではなく、教育にかけてくれた想いや、学びを大切にする姿勢だった。
“自分は何を受け取り、そして次の世代に何を渡したいのか”
墓じまいを通して見えてきたのは、受け継ぐことの新しいかたちだった。
text_Maori Kudo


















