
連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE34 竹花いち子
おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。
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作って考える暮らし、生き方が表れた部屋。
コピーライターから料理人へ。仕事を変えるのを機に都心のマンションから沿線の町の一戸建てへ住み替えた竹花さん。すっかり気に入って三十余年、人生で一番長く暮らす家に、人と生き方がにじむ。

築50年超えの木造二階建ての家は、2年半前に大がかりな修繕をしたばかりだという。「大家さんのご厚意でね」と、聞いてびっくり。暮らし始めて三十余年(!)、すぐ近くに住む大家さんとはほどよい距離感を保ちつつも、すっかり〝よき隣人関係〟に。それでも気が引けて一度ならず断った末に決行された修繕で、床を貼り替え、網戸や風呂の窓は新品になり、古い家の〝味な〟部分はそのまま、快適に生まれ変わった。どういうわけか人の心を惹き付けてしまう、竹花いち子さんらしいエピソードだ。
あふれ出る創意が部屋のすみずみに。

東京都世田谷区にある今の家に越したのは、コピーライターから料理人に仕事を変え、店を開く前だ。それまで住んでいたのは青山のど真ん中や池尻大橋といった、都心の便利で洒落た店も多い町ばかり。静かな環境に一抹の不安はあったものの、駐車場つきで庭も、物置まであり、格安な家賃に惹かれた。住めば都、庭の一角のプチ菜園で野菜やハーブを育て、愛猫のお墓もいつも美しく手入れができて、今の時期なら花々も芳しい。一人で暮らすにはちょい広め、でも、料理教室や小さな催し、撮影にと結果的に大活躍。仕事で訪れた人が「食事に来たい!」と、すぐにまた戻って来る。
ジャンルで括れない料理で人気を博した店同様に、自宅のインテリアにも〝〇〇調〟といった言葉ではカテゴライズできない空気が渦巻いている。リビングを彩るアートは、大竹伸朗さんの作品。長い親交があるが「彼の前で、まっすぐに立って、笑っていられる自分でいたい。好きなことをやっていれば、大丈夫」だと話す、大事な存在だ。ダイニングセットやチェストは、かつて店で使っていたもの。アメリカンファーニチャーの店で買ったヴィンテージで、店と家でさらに年月を重ね、金箔入りの古い砂壁を背景に、孤高の存在感である。ライトグリーン地に花柄というカラフルなカーテンは、ドレス用の生地を用いたお手製。ほかにも布でデコレーションしたスタンドランプや、陶器のオブジェなど、竹花さんの創作が部屋のあちこちでにぎやかにさく裂している。言葉を組み立ててコピーを作る、いろんな食材を集めて料理を作る……だけじゃない。何においても、クリエイティブな人なのだ。
どことも似ていない、自由で楽しいキッチン。

今は料理が仕事ゆえ、台所は家の心臓部。先述の修繕で床がフローリングになったが、システムキッチンなどはほぼ手を入れずに使っているという。譲れなかったのは十分な収納力があり、重ねた器も出し入れしやすい、棚板の間が狭い食器棚で、書架と一緒に友人に頼んで作ってもらった。その一角には「神棚」がある。
「長く店で働いてくれたスタッフが、今は広島県で料理と農業をしながら神社の宮司をしていて。そこの御札と、分けてもらった稲穂を祀って神棚と呼んでいるだけなのですが。彼なしでは店は続けられなかったくらい感謝しているから」
形式よりも気持ちが大事、ということなのだろう。器のコレクションも店で使っていた業務用、作家もの、自作、そして「下北沢の路上でさ、1枚100円で売っていたの、すごくかわいいでしょ」という掘り出し物まで、神棚に劣らぬオリジナリティだ。「〇〇料理のアレンジ」や「フュージョン」とも違う、竹花さんの料理が盛られ、テーブルに並んだ様子を想像しただけでワクワクする。
調理道具も実用目線で選ばれ、店の時代からタフに使われてきたものばかりだが、すべてがピカピカに磨かれていて清々しい。飾るのではなく、にじみ出る本質なあり様が醸す美しさが、竹花さんという人と重なる。


【TODAY'S SPECIAL 】朝食は、一日の始まりの“儀式”。

起きたら入浴、ストレッチ。ミックスジュースを作りながら挽きたての豆でコーヒーを淹れてパンを焼く。食べながら一日の予定を整理し、計画を立てるのがルーティン。好きなナッツ4、5種をフードプロセッサーにかけて作るナッツペーストがお気に入りで、バター、オリーブ油、ジャムを気分でプラス。
ESSENTIAL OF -ICHIKO TAKEHANA-
ルールに縛られず、自分の手で、自由に作り、生きる。
( KAMIDANA )
形より感謝の気持ちを第一に。
広島県福山市の〈倉神社〉の御札を祀り、周りには好きなものでにぎやかに。料理書と一緒に並ぶ絵本や児童書の中には友人の作家の著書も。

( POTTERY )
好きを形にできる陶芸。
コロナ禍に何かしたいと陶芸を始めた竹花さん。大好きな星や十字のモチーフを多用。土は最後まで無駄にせず小さな物を作り使い切るというのも素敵。

( GARDEN )
やれる範囲で楽しむプチ菜園。
フレッシュなものが手に入りにくいカレーリーフや、都会で買うとやたらと高いみょうがをはじめルッコラなどの野菜も。摘みたての香りは格別。
