
連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE33 佐久間 奈都子
おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。
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不便も楽しみながら、自然と共に生きる。
ロケーションとたたずまいに一目惚れして購入を即決した“100歳”物件。少しの不便があっても、それを上回る面白おかしさがある。自然と共に、プリミティブな暮らしを楽しむのがスタイルだ。

知る人ぞ知るパワースポットのよう。公道から階段を何段も上り、その先さらに緩やかな坂道を上り続ける。何分かかるか、いや、〝何分と感じるか〟は、その日の天候、体調や気分、持ち物によって違うだろう(修行なのか)。引き戸の玄関を開けると広い土間があり、オフロード用のバイクが飾ってあるのが目に入る。今来た道をかついで下りないと、乗れないんでしょう? と、頭に色んなハテナが渦巻く。建物は築100年超えだ。
「初めて来たときに玄関を開けたら、ヤモリがボトボトボトって落ちてきて。でも絶対ここに住みたい。いや住むんだって。私の中では即決でした」
元の姿を可能な限り残し、自分たちの手も使って改修。

パートナーと11歳になる長女との3人暮らし。佐久間奈都子さんが東京都世田谷区から神奈川県横須賀市の今の家に越したのは9年前だ。
「野菜や魚を仕入れに三浦半島に通ううちに、海も山も近くていいなあ、と。犬を飼いたい、古民家に住んでみたい、当時2歳だった娘に『静かにしなさい』と言わず子育てしたい。色んな思いから、移住を考え始めて」
ネットで見つけた丘の上に立つ木造二階建ての物件に、一瞬で心奪われたのは先述の通り。
「欄間や建具の細やかさや、年月を経た壁の深い緑色。どれだけセンスのいい人が建てた家なのだろうと思い」
修繕は現在のキッチンとリビング、水回りを中心に行った。和室二間と三畳ほどの板の間を一つにし、基礎を補強して床をフローリングに。巨大な冷蔵庫がある場所がかつての床の間で、キッチンは元押し入れ。機材はすべて業務用だ。躯体に関わる部分以外は極力、DIYで仕上げた。床板をオイルや蜜蠟で磨き、タイルも自分たちで張った。作業台は、都内の古道具店で出会った両袖机で、レンガを敷いて高さを調整している。木枠の窓はかなり傷んでいるけれど、必要な箇所をテープなどで補修。似た建具は探せても、同じ風情は蘇らないから、行けるところまでそのままで、という判断をした。気密性とは真逆の外との一体感だが、冬は大小のストーブを駆使して煮炊きにも使い、夏の就寝時は扇風機と氷枕で涼を取る。千葉県のベッドタウン育ち、仕事は東京の夜のど真ん中でやってきたが、住まいを変えて自然に暮らしが変わった。
念願の犬も二頭迎えて、家族はにぎやかになった。縁側のプールで水遊びをしていた長女は、今や同じ場所で季節の野菜の乾物作りを手伝っている。庭は駆け回れる広さで、友達を呼んでどれだけ騒いでも怒られない。飼っている鶏が産んだ卵を母に届ければ、新鮮な卵の料理が食卓に上がるのが当たり前の環境で、健やかに育っている。
人の手だけでは作れない自然×建物の美しさ。

移住後、想定外の展開も待っていた。遊びに来た友人が「ここ、撮影に使いたがる人がいるよ」と、コーディネーション業を営む知人に繋いでくれ、CMなどのロケ地として貸し出すことにしたのだ。初めは「こんな〝廃墟〟に住む気か」と、ドン引いていたというパートナーが、今はマネジメントを担っている。
佐久間さんは決断と行動の人だ。独立し店を開いた約1年後に長女を出産し、子育てと営業を並行しながら移住を決め、3年前には秋谷にも店を開いた。現在、二軒を一人で切り盛りする。「やりたいことは全部やってきたかも」と話すが、日々は目まぐるしい。恵比寿での営業後、後片付けを終えて家に着くのは朝方ということもしばしば。それでも、真っ赤な朝日を透かす障子や、庭の木々と建具の意匠が織りなす陰影の息を飲むような美しさに大いに励まされ、次なる企みの可能性をはらんだ新しい一日を始めるのだ。



時間はかかるけれど、手間要らずでできる。

長女の好物で、消化にもいいことから朝食によく作るというお粥。中華粥ならば米を炒めて水を加え、骨付き鶏とショウガを加えて火にかけておけば出来上がる手軽さも魅力だと話す。夏場はコンロを使うが、冬はストーブにかけておく。粥でなくてもご飯党で、所有するほぼ唯一の調理家電が精米機。
ESSENTIAL OF -NATSUKO SAKUMA-
利便性や合理性に流されず、時の経過を大切に。
( STOVE )
暖房、調理器具兼加湿器。
薪に灯油、大小のストーブは必需品。写真は春先まで、そしてキャンプでも活躍する韓国〈アルパカ〉の小型のもの。4ℓのやかんを載せて加湿器にも。

( RANMA )
飽きずに眺めていられる欄間。
パートナーをして「廃墟」と言わしめた家で、心を捉えて離さなかった欄間。類まれな繊細さと精巧さ、グラフィカルなパターンもお気に入りだ。

( ANTIQUE GLASS )
オールドバカラのコレクション。
器類も時代を経たものが好き。毎年旅する金沢の骨董店で「年に一つ」購入するオールドバカラは、主に日本酒用。帰りの新幹線から(!)使用する。
