「まだ見ぬパン屋さんへ。」by Hanako1192 小学校教員を辞め、パン屋の道へ。大都会エリアに現れた、薪窯パン屋〈パン屋 塩見〉。 LEARN 2021.05.02

パンラボ・池田浩明さんによる、Hanako本誌連載「まだ見ぬパン屋さんへ。」を掲載。2020年11月、東京23区内では珍しい薪窯を備えた〈パン屋 塩見〉が誕生しました。薪窯パンの味は通常のオーブンとはちがう格別なものです。開店までにかけた歳月はなんと4年。店主は薪窯の何に突き動かされたのでしょう。

薪窯でパンを焼く理由は”楽しいから”です。

店主の塩見聡史さん。修業先である沖縄の薪窯パン屋〈宗像堂〉で卒業記念にもらったピールを手に。
店主の塩見聡史さん。修業先である沖縄の薪窯パン屋〈宗像堂〉で卒業記念にもらったピールを手に。

小学校教員を辞め、向かった沖縄。塩見聡史さんはそこで運命的に薪窯に出会った。日本中にその名を轟かせる〈宗像堂(むなかたどう)〉で火に向かい、沖縄の菌で醸した生地に触れる日々は「楽しいことしかなかった」という。東京での修業を経て、独立しようとしたが迷走。物件が見つからない。薪が入手できない。近隣の理解を得られない。自分が焼きたい自家製発酵種のハード系を買ってもらえる自信もなくなり、鬱状態に。沖縄や地元・小田原などを探しつづけて4年。薪窯といえばへき地が普通なのに、探し当てた物件は大都会エリア。薪窯も自分で作った。大型トラックも入れない都会の路地裏に作るのは難事業。耐火煉瓦10tを、軽トラックを運転して運び込むこと、1日2往復2日間。人海戦術で荷台から下ろし、そのあとは自分で1個1個手積み。窯の扉やハンドルは30軒もの鉄工所に電話し、作ってもらえるところを探した。

ようやくオープン。朝からたったひとり薪をくべ、火をつけ、100キロもの生地を手でこねる。パンの発酵に窯の温度が追いつかないことに焦ったり(電気オーブンならボタンひとつ)。接客に、窯に、仕込みにと、一日があっというまに過ぎる。なぜそこまでして薪窯を?熱がしっかり、生地の中心に伝わることなどメリットはさまざまだが、「自分も考えてみるんですけど、結局楽しいからなんですよね」。その甲斐あって、このトースト。ざっくざっくと耳が奏でる音楽。おもちみたいな中身のトランポリン。薪窯でなければ、この味、この食感にはならない。彼方の山の中からお取り寄せするのではなく、ほかほかの熱が冷めやらないのを手渡しされる薪窯パン。塩見さんの熱までいっしょに受け取って。大都会の薪窯パン屋、最高じゃないか。

〈パン屋 塩見〉

〈パン屋 塩見〉

高層ビル街のそばにある薪窯パン屋。カンパーニュと食パンがメイン。自家製ルヴァン種、無農薬の小麦使用。
■東京都渋谷区代々木3-9-5
■03-6276-6310
■12:00~18:00(売り切れ閉店)水木休
■4席/禁煙

池田浩明(いけだ・ひろあき)/パンラボ主宰。パンについてのエッセイ、イベントなどを柱に活動する「パンギーク」。著書に『食パンをもっとおいしくする99の魔法』『日本全国 このパンがすごい!』など。 ■パンラボblogpanlabo.jugem.jp

(Hanako1192号掲載/photo&text:Hiroaki Ikeda)

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