鎌倉ぷらぷら散歩。 【鎌倉】「ツバキ文具店」の作者・小川糸さんと行くグルメスポット6軒
毎月数日は鎌倉で過ごすという小説家・小川糸さん。町の住人やお店に注ぐ眼差しは温かく、愛にあふれる。訪れるたびに新発見があるという町の魅力について聞く。足の向くまま、気の向くままのときもあれば、さっさと直線コースで歩くときもある。小説を片手に編集部も歩いてみた。
一本筋の通ったユニークで愉快な鎌倉の住人たち。
小川さんは「ツバキ文具店」を書く前に、鎌倉で数カ月仮住まいをした。どんなところか、わかっているつもりだったが、住んでみたら驚くことばかりだった。「夜の鎌倉は真っ暗。ぴたっと静かになって、昼間とはまるっきり表情が変わるんです。そして朝になると、光にあふれて賑やかになる。これは住まないとわからないことでした」。わかったことはまだ他にもある。湿気が多くて、フランスパンや昆布がふにゃふにゃになったり、カビがはえたり、ムカデが出てきたり。洗濯物を取り込むときもパンパンとはたかないとムカデが隠れているかもしれないし、靴の中に潜んでいることもある。東京にはない感覚だ。「タフでないと住めないなと思いました」
それでも鎌倉が好きで、自分の意思で住んでいる人たちは、「楽しもうという気持ちに満ちているし、個性的な生き方を歩んでいる人が多い。そこが魅力だと思います。ちょっと誰かと話しても、味があるというか、おもしろいし、人生を楽しんでいる人が多いんです」。
鎌倉は山と海、どちらにも近く、東京から1時間ぐらいで行けるのに、「北鎌倉に着いたら、時間がゆっくり流れている。その空気感も魅力。リセットされます」。物語に出てくる実在のお店や場所は、友人たちに教わったりしながら、小川さん自身が丹念に歩いて気に入った店ばかり。ごく普通に、お客さんとして訪ねているので、本人が買い物に来ていることを、お店の人は知らないことが多い。たとえば、通称レンバイの中にある小さなパン屋さん〈パラダイスアレイ〉のあんぱん、ニコニコパンはQPちゃんの大好物だが、今もレンバイに来ると必ず立ち寄る。
「鎌倉は素敵なお店がたくさんある。週末だけ開いてるとか、週2日しか作らない焼菓子屋さんもある。チェーン展開するお店も少ない。老舗もちゃんと続いているし、新しく移り替わってもいる。そのバランスがいいですよね」ポッポちゃんシリーズの第3作は、現在、神奈川新聞に連載中の「椿ノ恋文」。今、お気に入りの場所だという江ノ電の鎌倉高校前駅のホームで、〈はな〉の太巻きを食べるシーンもあるとか。物語の内容はもちろん、登場するお店も、何とも楽しみである。
「ツバキ文具店」とは
ツバキ文具店の主人ポッポちゃんと鎌倉の人々との物語。舞台となるカフェやカレー屋さんなど、筆者が鎌倉を歩いて見つけ出した場所ばかりが登場し、読者は実在と物語が入り混じる。暮らしと季節がやさしく綴られている。
Profile…小川 糸(おがわ・いと)
1973年、山形県生まれ。2008年のデビュー作『食堂かたつむり』は英、韓、中、伊、仏語などに翻訳され、海外の文学賞も受賞。神奈川新聞に再び、「ツバキ文具店」シリーズの続編を連載している。