美味しいパンの理由 4人の人気パン職人が本音を語る
北海道<中川農場>の小麦を選ぶワケ FOOD 2023.10.03

国産小麦への注目が急速に高まっている。その大きな理由は、これまで国内消費の9割を担ってきた外国産小麦の価格高騰にもあるが、日本のベーカリー文化を牽引する職人のあいだでは「国産小麦はおいしいパンにとってなくてはならない存在」という考えがすでに定着。生産地や品種も含めて「誰がどのように育てたのか」という観点で小麦を選ぶ職人が増えている。

北海道音更町で育つ“中川農法”の小麦がパン職人の心を動かす理由。

「中川さんの小麦にはパワーがある」。玄麦を挽き、小麦粉を捏こねて焼く、すべての瞬間にいとおしい気持ちがこみ上げるのだとパン職人は言う。“つくる人”の感性に響く、<中川農場>の中川泰一さんが育てる小麦とは。

カタネベーカリー(代々木上原)・片根大輔

10年以上前から中川さんの小麦を扱う片根さん。
10年以上前から中川さんの小麦を扱う片根さん。

2002年の開店当初から国産小麦に着目してきた代々木上原〈カタネベーカリー〉の店主・片根大輔さんは、「良いパンには良い材料が必要です。技術はその手助けをするだけ」と話す。毎日の食卓に並ぶパンがおいしくて、安心で、幸せな気分を運ぶものであるように。その願いを実現させたいと思ったら自然に国産小麦にたどり着いた。その初期段階で出会ったのが、北海道の音更町で化学肥料や農薬を使わずに小麦を育てている〈中川農場〉の中川泰一さんだった。

「最初にお会いしたのは10年くらい前です。野生動物のようなオーラを放っていました。いまは北海道のお兄さんみたいに思っていますけれど(笑)。圃場がとにかく気がよくて、ここでは小麦を生産するのではなく、育てているのだと。中川さんの哲学が畑に反映されて、そこで育つ小麦の味に反映されているんです。僕の店でも4年前から群馬県で小麦を育てていて、頭のなかはいつも畑とパンのことでいっぱい(笑)。自分たちで麦を育てるうえで、中川さんには経験的な部分で教わったこともたくさんあります」と話す。

カタネベーカリー

住所:東京都渋谷区西原1-7-5
TEL:03-3466-9834
営業時間:7:00~15:00(日~14:00)
定休日:月、第1・3・5日とそれに続く火休
Instagram:@katanebakery

CICOUTE BAKERY(南大沢)・北村千里

「中川さんの圃場を思い浮かべパンを焼く」と北村さん。
「中川さんの圃場を思い浮かべパンを焼く」と北村さん。

南大沢に店を構える〈CICOUTE BAKERY〉のオーナー・北村千里さんも中川さんの畑の清々しさにひと目で心を魅了された。自身の店を開いたときから「つくり手が見えるパンを焼きたい」という思いは変わらないが、中川さんが育てる小麦に触れるたびに愛着が深くなるという。「畑の地力を回復させながら自然に即した方法で育てられた中川さんの小麦は生命力にあふれています。収穫をしたあと畑に種をまけば、また新たな生命になると考えたら、その加工を引き受けている責任を持って自分の仕事と向き合いたい。小麦の味の濃さや複雑味を生かすために外皮ごと細かく挽いて、麦を丸ごと味わっているようなパンを焼きたいです」と北村さんが話すように、中川さんは外部から持ち込んだ有機物を畑にほどこさない自然農法で小麦を育てている。種まきから収穫、袋詰めまですべてひとりで行い、日本では難しいといわれた古代品種・スペルト小麦の栽培にもいち早く取り組んできた。

CICOUTE BAKERY

住所:東京都八王子市南大沢3-9-5-101
TEL:042-675-3585
営業時間:11:30~16:30
定休日:月火水休
HP:https://www.cicoute-bakery.com/ 

KOMO PAN(鎌倉)・小森俊幸

小森さんは「中川さんの小麦に触れているときが幸せ」。
小森さんは「中川さんの小麦に触れているときが幸せ」。

鎌倉の〈KOMO PAN〉の店主・小森俊幸さんはベーカリーの修業時代から中川さんの小麦を扱うことを大きな目標にしてきた。「中川さんの小麦は玄麦のまま届くので、麦を挽くための石臼が必要。僕が働いていた店には製粉のための石臼がなかったので、独立したら中川さんの小麦を挽く石臼を買おうと思っていました。〈CICOUTE〉の北村さんに誘ってもらって自然栽培の畑を見に行かせていただいたときの衝撃は忘れません。それで中川さんの畑をイメージして作ったのがスペルト小麦のカンパーニュです。砂糖はまったく入っていないのに口のなかに甘みがじんわりと広がる。このパンを少しでも多くの方に食べてもらえたらいいなと思って毎日パンを焼いています」

KOMO PAN

住所:神奈川県鎌倉市腰越4-9-4 ケイ湘南Ⅲ 103号
TEL:046-755-5142
営業時間:8:30 ~ 18:00
定休日:日月休
Instagram:@komo_pan_hou

チェスト船堀(船堀)・西野文也

西野さんは「焼くたびに中川さんの小麦の力を実感」。
西野さんは「焼くたびに中川さんの小麦の力を実感」。

ベーカリーで扱う小麦の多くは製粉されて店に届けられるが、中川さんの小麦は届いてから製粉する必要がある。それは手間ではなく、むしろ小麦の生命力をじかに感じられるよろこびの瞬間というのは〈チェスト船堀〉の店主・西野文也さんだ。
「僕は店を始める前に、単一品種でパンを焼きたいと中川さんを訪ねたんです。実際にお会いして、こうやって麦を育てている人がいるのかと胸を打たれました」と話す。西野さんも扱っているブ・レ・ドゥ・ポピュラシオンというフランスの自然栽培をもとにした小麦はいわゆる混ぜまきといって、キタノカオリやスペルトなどいろいろな品種を合わせたもの。それぞれの品種の足りないところを補って長所を伸ばすのが自然の利にかなっていると言うパン職人も少なくない。日本では品種が混ざると〝クズ小麦〞と見なされ、交付金が出ないが、それでもやりたいことをやるという姿勢を中川さんは貫いている。
「これは小麦を育てることへの愛以外のなにものでもないです。その愛情がおいしさにもすごく反映されている。中川さんの小麦には科学的には解明できない神秘の力のようなものが宿っている気がします。パンを焼きながら生産者の顔が思い浮かぶというレベルではなく、これは中川さんが麦になって来ているのではないかと思うこともあるくらい(笑)」と西野さん。常連客と話しながら、中川さんが育てる小麦への思いについ熱くなることもしばしば。「小麦の力がすごいから」と必要以上に手を加えることはしないが、中川さんの小麦を生かすために思考をめぐらせ、最善の方法でパンを焼くこと。そして「中川さんのように小麦を育てる人を応援したい」と心の底から思う気持ちも4人のパン職人に共通している。育てる人からつくる人、そして食べる人へ。バトンが渡されるその先に〝国産小麦〞の未来が見える。

チェスト船堀

住所:東京都江戸川区北葛西1-22-19 大栄コーポ105 
TEL:なし
営業時間:12:00~19:00
定休日:火水休
席数:スタンディングのみ
Instagram:@chest_funabori

photo_Yoichiro Kikuchi,Kaori Ouchi text_Keiko Kodera

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