新宿駅から徒歩圏内 〈パン屋塩見〉
都会の薪窯パン屋の物語 FOOD 2023.10.06

薪窯のパン屋といえば、大自然に囲まれた立地が思い浮かぶが、〈パン屋塩見〉があるのは東京の新宿駅から徒歩で行ける都会。薪を扱うには不便な場所で薪窯のパン作りを実現させた情熱の人を訪ねた。

都会の住宅街で薪窯パンを作れる理由

店は築60年ほどの建物の一角。蔦が絡まった外壁や積まれた薪が作るのどかな景色から少し目線を外すと、新宿のビル群が視界に入る。
店は築60年ほどの建物の一角。蔦が絡まった外壁や積まれた薪が作るのどかな景色から少し目線を外すと、新宿のビル群が視界に入る。

軒先には薪が積まれ、前庭のベンチでは一休みする人たち。都会に突如現れた絵本のような世界に、一気に引き込まれてしまう。店の中では、パン職人の塩見聡史さんがアスリートのように動き続け、パンを作っている。

「朝、窯に火をつけるのが一番の楽しみ」と話す塩見さん。このピュアな喜びが原動力だ。
「朝、窯に火をつけるのが一番の楽しみ」と話す塩見さん。このピュアな喜びが原動力だ。

東京には、薪窯でパンを焼く店はほとんどない。同じく窯を使った料理といえばピザが筆頭だが、薪窯ピザ店は数えきれないほど。この違いが生まれるのはなぜ?
 
「ピザに比べ、パンは焼成時間が長いですよね。たくさん作るには必然的に大きな窯が必要なんです」。となると都会では場所の確保が困難。「よく乾いた薪を使うことで薪の使用量を最小限にし、ストックを置く場所も節約できます。また、パンの種類を絞ることもポイント。薪窯パンは本来なら都会では商売として成り立ちづらいのですが、工夫を重ねることで実現できました」。薪は神奈川や八王子から届くもの。「できるだけ近くから取り寄せていますが、すぐ裏に森があるようなお店に比べると効率がいいとは言えませんね」。薪を運んできてくれる人のためにも熱を有効活用したい、とパンを焼いた後には窯を開放。お客が持ってきた鍋料理を余熱で調理するサービスは、地域との交流にもなる。

塩見さんはなぜこの場所で、なぜ薪窯を選んだのか。「琉球大学に通う間〈宗像堂〉でアルバイトしたのが運命の出会い。薪窯の温度、生地の発酵具合、コントロールしづらい二つのタイミングを合わせてパンを作ることに、とても魅力を感じたんです」。その思いを胸に抱きながら、〈ルヴァン〉で本格的にパン作りを修業。独立する店は、「自分が焼いたパンを多くの人に届け、直接コミュニケーションをとりたい」と、街中の立地が必須条件に。窯は〈ドリアン〉に学んで自作。近頃は逆に、塩見さんに学びたい若者が訪ねてくるそう。今や都会の薪窯パン屋のロールモデルだ。

レジを担当する塩見さんの妻・千葉智江さん(右)、鎰廣菜実さん。
レジを担当する塩見さんの妻・千葉智江さん(右)、鎰廣菜実さん。

取材日は、1カ月の夏休み明け初日。「いくら蓄熱するといっても、30日経てば窯の中に入れるほど温度が下がるので、うまく焼けるか本当にドキドキします」。窯から出したパンをコツンと叩き、水分がきちんと抜けていることを確認。いつも通りのおいしいパンができた。

パン屋塩見

住所:東京都渋谷区代々木3-9-5
TEL:03-6276-6310
営業時間:12:00~ 18:00
定休日:水木、第1・3火休
席数:2席(ほかにテラス席あり)

小麦は「農林61号」の全粒粉を店で挽き、カンパーニュの生地や自家製ルヴァン種に使用。精白した小麦粉は北海道産を数種類ブレンドして使っている。季節の食材を使ったサンドイッチやスープなどイートインメニューあり。

photo_Tetsuya Ito text_Kahoko Nishimura

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