『女性であるということ』|「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第85回
街には原色のボディコンスーツがあふれ、職場にはタバコの煙が立ちこめる。
映画『ファーストボイス』が描くのは、バブル経済絶頂期の1989年。女性差別撤廃条約の批准と男女雇用機会均等法の制定から4年後に提訴された、実際の福岡セクシュアルハラスメント裁判に着想を得た物語だ。
職場で「女性であること」に起因する理不尽な嫌がらせに遭い、仕事を奪われた上原恵は、会社と上司を訴えたいと弁護士の朝日道子を訪ねる。
ここから始まる闘いは、マイナスをプラスにするためのものではない。
奪われた仕事や尊厳を取り戻し、ゼロに戻るためのものだ。しかし当時、「セクシュアルハラスメント」という言葉は、まだ社会に浸透していなかった。


名前を持たない痛みは、個人の我慢や気の持ちようとして処理されやすい。
傷つけた側より傷ついた側の人間性が吟味され、とりわけ最初に声を上げる人は、被害そのものに加えて説明責任まで背負わされる。それは本当に“被害”だったのか。どうして今まで黙っていたのか。女にも隙があったのではないか——。黙っていればなかったことにされ、話せば話したで疑われる。立ちはだかるのは法律や会社だけではなく、「そのくらい普通だ」という時代の空気だった。

社会問題を扱う作品は、日頃から問題意識のある人にしか届かないことがある。だが、『ファーストボイス』は痛快な法廷エンタメとして成立している。個性の強い女性たちも最初から勇敢な闘士として描かれるわけではなく、怖がり、迷い、ぶつかりながら、少しずつ声を上げていくのだ。
女性が置かれてきた理不尽な状況は、これまでもさまざまな作品で描かれてきた。大正初期を舞台にした連続テレビ小説『ブラッサム』では、小学校の代用教員として働く主人公の珠が、化粧をして出勤したことで教頭から咎められる場面が描かれた。後の時代には「化粧をしなければ職業人としての身だしなみがなっていない」と言われる一方で、珠の生きた時代には、職場に化粧をしてくることが不適切だとされた。もちろん、化粧によって珠の働きぶりや指導能力が変わるわけではない。

これは、化粧をするべきか、しないべきかという話ではない。仕事の能力とは本来関係のないものが、なぜか女性を評価する材料にされてきた、という話だ。求められる正解は時代によって反転するのに、女性の外見から仕事への姿勢や能力まで推し量ろうとする視線だけは、しぶとく残り続けてきた。
一人の男性が失敗しても「これだから男は仕事ができない」とは言われにくい反面、一人の女性に対する評価はときに主語が大きくなり、女性全体の資質を証明する材料にされてしまう。それでも、仕事以外の役割を抱えたまま成果を積み上げ、ようやくスタートラインに立とうとしてきた人たちがいる。


「だから女は」と言われないように担当業務で結果を出し、お茶くみやコピー取りといった職場の世話役まで引き受ける。家事や育児にも時間と労力を注ぎ、家庭の事情をなるべく職場へ持ち込まず、身だしなみも整える。本来、女性がこれほど隙をなくして働かなければならなかったこと自体がおかしい。それでも、その積み重ねによって何十年もかけて少しずつ、女性も望んだ職に就き、能力を発揮できる場所が広げられてきたのだ。
化粧を含む身支度や家事、育児に多くの時間を費やしている女性は、今でも存在する。しかしそれは、女性だから自然に生じる時間ではない。何にどこまで時間をかけるかは個人が決めることであり、家庭内の役割も、性別ではなくそれぞれの事情に応じて分担されるべきものだ。女性が置かれている負担を語ることと、その負担を女性の性質として語ることは別である。
女性の社会進出とは、あらゆる負担を難なく引き受けられるタフな女性だけが、男性と同じ場所に立てるようになることではないはずだ。必要なのは特別扱いではなく、性を理由に仕事を奪われず、能力とは関係のない要素で評価されず、ただ対等に働けることだ。そのために上げられた最初の声によって切り拓かれた道の先で生きているということを、私は忘れずにいたい。

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