『おめでとう』|「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第84回

『おめでとう』|「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第84回
『おめでとう』|「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第84回
LEARN 2026.10.07
乃木坂46を卒業し、ラジオパーソナリティ、タレント、そして、ひとりの大人として新たな一歩を踏み出した山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを自由に綴ります。
photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Karen Suzuki

妊娠を公表してから周囲に「おめでとう」と言っていただくようになり、ようやく自分でもおめでたいんだなと実感できるようになった。

他人の妊娠は純粋に祝福してきたし、お祝いもしてきた。新たな命は盛大に祝って迎えたい。地球へようこそ。生まれてきてくれてありがとう。この世界は素晴らしい、そう思えるかどうかは人によるけれど、より善く健やかに生きていってもらえる環境を提供できるように、現役世代として頑張るよ。なんてったって少子高齢化、自分も近い将来、この子たちに福祉的にも経済的にもお世話になる日が来ますからね……。足を向けて寝られません……。

そんな気持ちで友人が産んだ赤子をあやしているときだってあるのに、いざ自分事となると本当に冷静で、我ながら驚いている。感情が大きく揺らぐこともそれが表出することも少なく、淡々とした性格ではあるが、とはいえもう少しこう、わーい、みたいな感情、ないのかね、君。

考えてみると答えは簡単で、自分の妊娠には、身体的負担や仕事への影響、今後の生活設計など、現実的な問題が全部セットで付いてくる。いわゆる安定期と呼ばれる週数に入っても、無事に生まれてくる確証が得られるわけではない。一度知らせれば、その後もし何かあったときは、喪失まで報告しなければならなくなる。

特につわりの症状はあっても体形には目立たず胎動も感じづらい妊娠初期は、頭では胎児だと理解していても、別の存在というよりは自分の肉体の一部、という感覚に近かった。だからこそ、妊娠の公表は、自分の体調にまつわる、ごく私的な身体情報を開示するように感じられた。

どうしても必要以上に他言する勇気は出なかった。粘って粘って、本当に見た目で隠しきれないところまで引っ張ってから、数カ月後に仕事を休む理由として、現場でのトラブルなど余計な憶測を立てないために公表することにした。それまでは、妊娠そのものを感情的に味わうより、まず隠すこと、仕事に支障を来たさないよう体調を維持することに神経質になる日々が続いた。

ある日、仕事の合間にひとりで渋谷のナッツ専門店へ向かった。渋谷という街自体にはどこか苦手意識があるが、ここのジェラートだけは10年近く食べ続けている。店の角にイートインスペースがあり、立食用テーブルの横に2脚だけ、低めの椅子が設置されている。

カウンターの真横、死角の位置に座って食べ進めていると、二人組の女性客が来た。自分が妊娠してから、街中で妊婦にすぐ気付くようになった。バッグに「おなかに赤ちゃんがいます」というマタニティマークが下げられているのを確認し、「座りますか?」と聞くと、彼女は大丈夫ですと遠慮していた。座りたい時に座れるようにと一応席をずれると、5分くらいして彼女は着席し、隣に立つ相手を見上げるような形で話しながらジェラートを食べ進めていた。

私もあのマークを役所から母子手帳と共に支給されているが、まだ堂々と付けて外出したことはない。いわゆる「ぶつかりおじさん」的な目に遭うことは稀だと思いつつも、妊婦だと周囲に知られることで助けてもらえる安心より、自分の身体を不特定多数の人の関心に晒す怖さの方が勝ってしまうのだ。

そんな中、お互いに仕事が軌道に乗る前から知っている、戦友のような人に会う機会があった。次は数年先になるだろうと思い、近況報告も兼ねて妊娠中であることを伝えると、その人は何も言わず、片手を上げてハイタッチを求めてきた。大げさに驚くでも、あれこれ尋ねるでもなく、静かに、でもすごく喜んでくれた。それがうれしかった。

これまで入院も手術も経験したことがないので、出産は率直に怖い。でも、あの無言のハイタッチも、公表してからいただいたたくさんの「おめでとう」も、自分の外側にあった喜びを、少しずつ内側へ運んできてくれた。他人には祝福の感情が先に立ち、自分には現実処理が先に立つ。めでたいと思えなかったのではなく、自分で自分を守らなければという気持ちが湧き立つあまり、めでたいという感情を忘れていたのかもしれない。

山崎怜奈

祝福とは、すでにある喜びを分かち合うだけではなく、まだうまく喜べない人の中に、喜びを生むこともあるらしい。

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