好きは、強い。「ハケンアニメ!」の衝撃/小山テリハの「人生は編集できない」 LEARN 2022.12.26

テレビ朝日プロデューサー、ディレクターの小山テリハさん。自分や後輩の女性たちが少しでも生きやすく、でも面白い(ここ、重要!) 番組を作るために奮闘中の彼女が綴る、日々の悩みや疑問。第5回目は映画「ハケンアニメ!」について。

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「ハケンアニメ!」という映画がある。アニメの制作現場での出来事を描いた作品で、辻村深月さんの小説を映画化したものだ。
「ハケンアニメ!はものづくりに携わる人は絶対見たほうがいい」的な感想をSNSで見て、劇場に足を運んだ。
結果、マスクが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになるほど泣いた。こんなにも自分に、「刺さる」映画だとは思わなかった。

よく、「ロッキー」を映画館で見た後の男の人は手に握り拳を作って「いつでもかかってこい」と力んでしまうとかいうけれど(真偽はわかりません)、まさにハケンアニメ!を見た後の私は「今すぐにデスクに行かねば」ってくらい、仕事をしたい、面白い企画を考えたいという気持ちでいっぱいだった。
何かを世に届けたいと思っているすべての人の頑張りが肯定され、そして頑張り以外の、悔しさだったり憤り、虚無や寂しさやしんどさ、すべての感情の一つ一つがいつかどこかで活きる感情であり、不必要なものはないと画面を通して語りかけられ、そして「あなたは存在していい」と背中を押された気がした。

吉岡里帆さん演じる、新人アニメ監督・斎藤瞳の苦悩に私は終始共感していた。新人がチームのリーダーとして指示して引っぱっていく気まずさ、職人気質な専門職の人との会話の難しさ、気が合わないと思われるプロデューサーから、「本当にそれ私の仕事?」と思う作業を頼まれ続ける不条理(のちにこれがすべて必要なことだと気づくまでがセットだったりする)、数字が結果として常に突きつけられること、SNSの評判に一喜一憂すること、女であるというだけで注目を受けること…  
あと、差し入れのエクレアにいつもありつけないこと。どれもこれも、描かれ方が「あるある」すぎて、テレビのバラエティの制作現場を見ているかのようだった。

そして何より、主人公が「自分は魔法少女にはなれないと諦めていた」幼少期の自分と同じような子供の心を救うアニメを作りたくて、わざわざ公務員をやめて転職し、アニメ制作をしていることも印象的だった。アニメが昔からずっと大好きで、晴れてアニメ監督に!っていう順風満帆な感じでなくて、ひょんなことからではあるけど、使命感があって、私がやらなきゃという切羽詰まったものを感じた。伝えたいことがある人は強い。

私も昔はセーラームーンが大好きだったが、セーラームーンのコスプレができる人はすごいなと思っていた。だって似合わないから。そしてクラスの中心的な存在ではなかった。
地下アイドルも友達に誘われてだし、あんまり大学になじめなくて、大学にいるよりはアキバにいるほうが楽しかったから、続けていた。
そんな人間が、マスメディアといわれるテレビ業界で、いかにも陽な人が集まっていそうなバラエティ番組制作なんてできるのだろうか?と、入社の時ときから思っていたけど、今でもずっと、自信はない。だけどやりたいことがあるから、ただそれだけの理由で、もがき続けている。明言化する必要もないけれど、つらい時間の方が当たり前に長い。

劇中、斎藤瞳のライバルとして描かれる、中村倫也さん演じる天才監督の王子千晴が、「気分転換なんて死んでもできない」「描くことの壁は、描くことでしか超えられない」と言っていた。
極端だ、と思うかもしれないが、本当にその通りだと思う。
この仕事で得られる感情は、この仕事の中でしか得られない。
美味しいステーキを食べたら、それは美味しいステーキを食べただけで、
視聴率がよかったことにも、TVerランキングがよかったことの代わりにもならない。

旅行に出て気持ちをリセットしたりすることはとても大切だが、きっとどうしても仕事のことが頭によぎると思う。「あ、あれ今動いておいたほうが先々楽かも」とか「あ、これ企画のヒントになるかも」とかそんなことだろうけど、とにかくオフの時もうっすらと仕事のことは気になってしまう。完全オフなんてことは、エンタメやクリエイティブに携わる仕事において、睡眠時間以外ないのかもしれない。

それはでも、今の世の中の風潮にはあっていない。
ものづくりと働き方改革は、なかなかに相性が悪い。
王子千晴は言う。「どれだけやっても、納得できないものを世に出したら終わりだ」と。
番組制作でもそれは同じ事だが、今は働き方改革が浸透しているので、予算と時間との兼ね合いと納得とのせめぎ合いが、テレビマン各々の中で日夜起こっているはずだ。
上司にも言わず、誰かのせいにすることもなく、ただ番組で面白いことをやりたい、終わらせたくないということだけを考え、孤独に、悔しさや理不尽をすべて飲み込み、いつか大きな舞台で戦わせてもらえるようにと力を蓄えていく。
「自分より上の相手と戦うには、頭だけでなく身を削って、睡眠時間も削らないといけない」
新人監督の斎藤瞳が、天才監督の王子千晴と視聴率を争い、「覇権」をとるために放った言葉だ。

テレビ局においては、番組を作る「枠」がもらえるかの企画コンペには年次や学歴や性別は関係なくて、面白い企画を作った人が通るし、面白くて数字をとる番組を作った人が評価される。
他局の番組より数字をとるためにはどうしたらいいのか、私よりはるかに先輩方がこれまで戦ってきて今があり、そして私もまた、その中で戦う一人としていかにヒット作を世に送り出すことができるかが、目下、そしてこれからもずっと命題である。
楽な道はないし、結局ヒットしたものが正解という結果論の世界なのでHow Toの正解もない。
主人公は劇中で、急遽変更したラストを、他の人の意見に流されることなく曲げずに納得して世に送り出し、確実に観る人に刺さる作品を生み出した。

私はきっとこれからも、おしゃれな週末ショッピングや旅行やごくまれに来る同窓会の誘いや色んなものを諦めて手放していきながら、番組が評価されヒットすることでしか得られないとっておきの感情を知るために、ひたすら企画書を書き続けていくんだと思う。

「がんばってれば誰かが見てくれてる」/12月某日
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