わたしたちの無加工な「独立」の話 #6 公認心理師・臨床心理士の伊藤絵美さん
どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
認知行動療法やスキーマ療法を通じたカウンセリングを行う、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長で公認心理師・臨床心理士の伊藤絵美さんに、長年現在のお仕事を続けてきたなかで感じる喜びや、カウンセラーの仕事の現状についてお話しいただきました。
─高校生のころは音大に進学したいと思われていたそうですね。
伊藤:小さなころから音楽が好きだったので、音楽の道に進みたいと思っていたんですけど、親が大反対で。そんなに裕福な家じゃなかったし、1回限りの芸大受験で受かったら学費を払うと言われたものの、不合格だったので、もう一度自分の進路を考えざるを得なくて。ずっと仕事をし続けるということは決めていたので、それならば専門的な道に進んだ方がいいだろうと考えて模索していた大学時代に、映画を観ていると、欧米の映画によくセラピストが出てきて。たまたまとった一般教養の授業で学んだ心理学が面白いなと思ったこともあって、いまの道に進みました。
─人生の中にはさまざまな分岐点があると思うのですが、進まなかった道について思いを馳せることはありますか?
伊藤:幸い心理学は自分に合っていて、好きな仕事に出会えたので、そういう意味ではあまりそういうことを思わずにすみましたね。
─現在のお仕事のどんな部分に魅力を感じていますか?
伊藤:私は人に興味があるみたいなんです。この仕事は人間の勉強になるんですよね。当たり前ですけど、同じ人って誰もいないんです。直接会って話をして、傷ついた人が回復していくことに関わらせてもらうので、人の回復する力や人が生きていくことってすごいなという信頼感みたいなものが生まれます。自分の感情とクライアントの感情が通じ合えたと感じる瞬間は、すごくエモーショナルなものがあって、毎回新鮮に感情が揺さぶられます。
─長くお仕事を続けてこられたなかで大変な場面もあったのではないかと思うのですが、伊藤さんがこれまでお仕事を続けてこられたのは、どうしてだと思いますか?
伊藤:仲間がいたというのはあると思いますね。オフィスを立ち上げてから今年で20年目になりますが、20年ずっと一緒に働いてくれている人もたくさんいるんです。この仕事は、さっき言ったような回復に携われるいい面もあれば、クライアントが危機に瀕している局面もあるわけです。そういうときに、一人で抱えてしまわずに、どう対応すべきかを相談できる仲間がいたことは大きかったと思います。
─こちらで働かれている方は、みなさんメンタルヘルスの知見を持たれていると思うのですが、それゆえの特有の職場環境ってあったりするものですか?
伊藤:みんな認知行動療法の専門家なので、自分たちの話をするときも、それに関連づけて話ができるところはあるかもしれないですね。いまスタッフが20人ちょっといますが、そうすると大体誰かがピンチなわけです。
子育てや親の介護が大変だという話をしながら、それに対して、認知行動療法のこういう手法が使えるかもねと、アドバイスし合ったりはします。認知行動療法は、セルフヘルプやセルフケアの手法なので、カウンセリングで提供するだけじゃなくて、私たちも自分のために使うんです。ヨガの先生がいつもヨガをやっていたり、ピアノの先生がいつもピアノを弾いていたりすることと、きっと同じですよね。じゃないと、説得力がないですから。
─伊藤さんご自身はいま、お仕事とプライベートのバランスは取れていると感じますか?
伊藤:一時期体やメンタルの調子を崩したこともあって、いまは仕事の時間に少し制約を設けています。50歳を過ぎたあたりから、更年期もあると思うんですけど、体力的にも結構ガタがきちゃって、いままで通りに働くことはよくないなと反省しています。ここには同じく50代の女性も何人か働いているので、そういう人たちとは、どこの婦人科に行って、どういう治療を受けているか、そういう情報を交換して、励まし合ってますね。
─以前に伊藤さんがXでリポストされているのを拝見して、東京都の公立学校でのスクールカウンセラーの雇い止めの問題を知ったのですが、カウンセラーを取り巻く働く環境について、伊藤さんの視点から感じていることを伺えますか?
伊藤:カウンセラーの仕事は、女性であることが不利になりづらいですが、非正規の雇用も多く、社会構造的に結婚や出産の関係でそういう働き方を選ばざるを得ないところもあるのが、ちょっと複雑ですよね。多分私と一緒で、この仕事が好きだから、報酬が安くてもやりたい人が多くて、搾取されてきた側面もあると思います。比較的最近になって心理職の国家資格ができたのですが(公認心理師)、たとえば医師の指示を受けなければいけなかったり、保険の点数が取れるけれど、その点数がすごく低かったりして、心理士の収入は低いままという状況はあります。
─伊藤さんはご自身の著書(『カウンセラーはこんなセルフケアをやってきた』晶文社)のなかで、女性であることと共に、年齢を重ねることが不利になりづらいと考えたことも、カウンセラーの仕事に就いた理由であると書かれていましたが、年齢を重ねることと仕事の関係について感じることはありますか?
伊藤:これは専門職特有かもしれませんが、認知行動療法もスキーマ療法も進化し続けているので、新たに勉強してついていかなければいけなくて。学びを深めていくことで、クライアントがよくなることが増えると嬉しいので、勉強しようという気持ちが湧いてくるんです。そうやって、いくつになっても、勉強する新しい対象があることは新鮮です。私のスーパーバイザーが、71歳の女性なんですけど、すごく元気なんです。そういう方を見ていると、頑張ろうという気持ちになります。