《刺繍》
自分でつくる、自分で出会う。ハンドメイドは小宇宙#3 LEARN 2023.11.27

21世紀、いまはワンクリックでなんでも探せる時代だけれど、本当に欲しいもの・みたいものはいつも見つからないような気持ちになるのはなぜだろう。

でも忘れないで。私たちには最強の相棒、ハンドがあることを。
ちょっとの失敗なんて気にしない。心の動くままに手を動かせば、世界でたった一つの愛おしいモノたちが誕生するかもしれない。

今回は、繊細でちょっぴり難易度が高そう?憧れの《刺繍》の世界をのぞき見。

ゲスト:星 実樹さん
「絵を描くように表現できるのが刺繍。人が見過ごしてしまうような視点に目を向けたい」

小さな頃から絵を描くことが好きで、スタイリストにも憧れがあったという星さん。高校生になり進路を考えていた時、お母さんからの「あなたは絵を描いている時がいちばん夢中になってるよね」という言葉を受けて、美術系の学校へ進むことに。そこで桑沢デザイン研究所へ入学し、グラフィックを学んだ。刺繍をはじめたのも、桑沢時代からだったそう。

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「実はある時、学校の課題で自分でつくったデザインを布の上にうつしたいな、と思って、はじめはシルクスクリーンが思い浮かんだのですが、うっかりそのやり方の授業をとるのを忘れていて(笑)。どうしようかって考えていたとき、糸だったらなんとかなるかも!と思ったんです。布の上に直接下書きをして、糸でなぞるところから始めました。今思うと当時はよくそれで始めたなって思いますけど、針と糸だったら進めていけばきっとたどり着く、なんとかなるだろうという気持ちでした

シルクスクリーンから、突如刺繍の発想が飛び出してきたという星さん。ということは、昔からお裁縫がかなり得意だったの?と思いきや...。
「全然得意だったとかではないですよ。でも、私の祖母も刺繍をやっていたので自分の中ではそんなに遠い存在ではありませんでした。誰でも一回は家庭科でやったことがあることだと思うし、大体の人の家には緊急の裁縫セットがありますよね。生活に馴染んでいるものなので、そんなに高いハードルは感じなかったです」

そんな自由な発想から刺繍をスタートし、星さんは人の身体のパーツなどをモチーフに、現在も作品をつくり続けている。なんとなく、刺繍と聞いて思い浮かぶのは”花”や”飾り文字”などのエレガントなイメージだが、星さんの刺繍は温度のある生き物のようにのびやかで、見る人を惹きつける。そんな独特の刺繍スタイルを、どう見つけていったのだろうか。
昔から人が見過ごしてしまっているかもしれないところに着目するのが好きで。あるとき、身体に表情があったらどんな感じだろうと考えて、人体のパーツに着目するようになりました。身体も1番身近だからこそ、 見過ごしている面白い見方がたくさんあるんじゃないかと思ったんです。例えば、手のしわとかも顔に見えたり。意識してみると見えてくるものってあると思うんですよね」

こんな風に、一番身近である人間の”身体”に好奇心旺盛な視点を向けつつ、近頃は少し視点を変えたテーマにも挑戦しているという。「最近は身体の中でも”熱”に着目して、抽象的なものを縫うようになりました。例えば、腕をぎゅっと曲げると、じわっと熱がたまる感じがあるじゃないですか。それと、刺繍の針をぐっと刺して、ぎゅっと糸をつめていく行為がなんだか重なるところがある気がして。でも”熱”は、目に見えないし、正解がないものだから、答えはすぐには見つからないだろうなという気がしていて、抽象的なもの、具象的なもの、それぞれを行ったり来たりしながら、少しずつ探っていけたらと思っています」

次々と星さんの口から飛び出す、新鮮で”人々が見過ごしてしまうかもしれない視点”は、いったいどんな時に、どんなものをみて養われてきたのだろうか。
「よく見返すのは、この3冊です。(写真参考)昔から、刺繍そのものが特集されている本を参考にみることはなく、ジャンルが違っても自分が好きな作家さんの作品集などを見て、頭を柔らかくするようにしてます。何気ない日常の新しい視点が発見できる本や言葉が好きです

(右から)杉戸 洋さんの写真集『April Song』、高野文子の漫画『棒がいっぽん 』、松井啓子の詩集『くだもののにおいのする日』
(右から)杉戸 洋さんの写真集『April Song』、高野文子の漫画『棒がいっぽん 』、松井啓子の詩集『くだもののにおいのする日』

自分で思い描くものを布の上で、糸で、好きなように表現する。今から刺繍を始めたいと願う読者の中には、少々ハードルが高いと思う方もいるはず。そんな刺繍初心者の読者に向けて、スタートに踏み切る心構えを尋ねてみた。
「実は、私もたくさんの縫い方を知っているわけではなくて…。ずっと、チェーンステッチという方法で縫い続けています。チェーンステッチは線の部分、面の部分どちらも表現がしやすく、自分にとっては絵を描く感覚に近いというのも、選んだ理由として大きかったと思います。最初は私も、初心者のための刺繍本を買ってそこから自分に合う縫い方を見つけました。ステッチの種類はたくさんあるので、気になったら色々と試してみるのも楽しいと思いますし、好きな縫い方をひとつ見つけたらそれだけでも十分表現できるので、気負わずにはじめて欲しいなと思います

たった一つでもいい、自分ができそうな縫い方を味方にする。そう聞くとなんだか急に、明日からでも始められそうな気がしてくる。そして、刺繍といえばカラフルな糸たち。刺繍糸の選び方についても聞いてみた。
「新宿の手芸用品店の<オカダヤ>に行きます。扱っているメーカーさんも多いので、様々な色の中から糸を選ぶことができます。私はいつもスケッチしたものを持っていって、実際に書いた色と照らし合わせながら選んでいます。メーカーによって、色の雰囲気もかなり違って、<コスモ><オリンパス>という日本産の糸は、日本の伝統色のような色が多い。一番有名な<DMC>というメーカーの糸は、海外のものだからか発色が強く、糸もテカテカとしています。日本の糸は、ちょっとマットなんですよね。そういう質感で使い分けたりもできます。珍しい絶妙な色が欲しいという時は、<アンカー>というメーカーがおすすめです。同じ色であっても、すべていい具合に印象が違うので、選ぶだけでも楽しいです」

これまでも、今も、こうして刺繍と向き合い、付き合い続けてきた星さん。平日にグラフィックデザインの仕事をやりながら、並行して作品制作を進めているのだそう。最後に、ここまで刺繍を長く続けられている理由を聞いてみた。
刺繍糸の柔らかな感じと、自分が縫いたい身体などのモチーフの相性が良かった、というのは理由の一つにあると思います。ステッチ一つ一つも曲線だし、人の身体も直線の部分ってない。それと、縫う前はいつも紙の上にまずイメージスケッチを描くのですが、紙と布では表情が変わって糸が浮き上がる感じが楽しいんです。刺繍を始めた当初は、自分の思い描くものをできるだけ近いかたちで布に載せたいという気持ちが強かったので、絵を描くように表現できる刺繍がしっくりきたのかなと思います。刺繍はひたすら同じ作業の繰り返しですが、集中して縫い目がどんどん増えていく様子を見ていると、ステッチの波ができてきて、自分もそこに漂って一体になっているような心地がして気持ちいいんです。

また仕事柄、デジタルな作業が多いため刺繍とは別の脳みそを使います。そのことに戸惑う時もあるのですが、その差が面白く感じることも。作家として1本でやっていけたらという気持ちはいつもあるけれど、日常の影響も受けながら、日常に溶け込んだ存在として刺繍があるので、色々なことがある中で続けていくのもいいのかなと。それでももう少し時間がうまく確保できたらとは思うのですが…(笑)これからも日常と向き合いながら、少しずつでも刺繍を続けて行きたいと思います」

photo_Rinko Tsukamoto edit,text_Wakaba Nakazato  

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