株式会社NRS(ノー・レーズン・サンドイッチの製造と販売)社長 平野紗季子「自分の頭の中にあるものが、どんな風に育っていくのか見てみたい。ただそれだけなんです」 | 社長になるなんて、考えてもみなかった #1 WORK&MONEY 2024.04.13

社長とは「自ら切り開く人」だ。なんせ会社の指針になり、行く末を指し示す存在なのだから。そう言うと「いつか社長になりたいと思っていた」という人が多そうだが、意外と「考えもしなかったけど、選択肢は私しかなかった」、「周囲に押されて…」といった消極派(!?)の社長もけっこういて、個人的にはむしろそういう人に興味をひかれる。そんな彼らは普段どんなことを考え、悩み、楽しんでいるのか? 大きな「経営哲学」じゃなくて、身近な体験談を教えてもらう。第一回は「私が代表というと驚かれる」という平野紗季子さん。舵をとる株式会社NRSの誕生から現在までを聞いた。

INDEX

1.「なんてものを背負ってしまったんだ...」と思いつつ会社設立。

左はアプリコット、右はレーズンのサンド。
左はアプリコット、右はレーズンのサンド。

ノー・レーズン・サンドイッチを会社化したのは2021年でした。登記登録、商標登録を済ませ、食品衛生責任者の資格を取ったり……といわゆるなお役所仕事もたくさんやりました。銀行にお金も借りて、そのために返済計画書を作って。返済は数年がかりになるので、「なんてものを背負ってしまったんだ……」と思いましたね(笑)。その帰り道、街路樹の桜がきれいに咲いているのを眺めて「来年の桜もきれいだって思えてたらいいな……」って妙にナーバスになっていたことをよく覚えています。

もともと会社にするつもりでいたわけじゃなかったんです。ことの始まりは2018年。ある日、シャワーを浴びているときに「ノー・レーズン・サンドイッチをつくろう!」と閃いて(笑)。子供の頃からレーズンが苦手で、だからこそ、親がお土産にもらう小川軒であったり、マルセイのバターサンドを見ては羨ましく思ってきました。でも、レーズンが入っていないレーズンサンドなら私も食べられるよな、叶わなかった永遠の憧れを楽しむ方法はこれだ! と。それで私が心から尊敬するパティシエの後藤裕一さんとアートディレクターの田部井美奈さんに相談してブランドをつくりました。当時は部活みたいな感覚のポップアップ販売だけだったのですが、いつまでも部活の延長だと続けられない。次第に、ブランドを続けるためには会社にするしかないのかな、と思うようになったんです。

西小山にある自社工房の前で。
西小山にある自社工房の前で。

2.社長のお仕事は「物語の共有」?

工房の制服は「yes and no」と刺繍されたオリジナルエプロン。
工房の制服は「yes and no」と刺繍されたオリジナルエプロン。
レーズンの並べ方までもちろん研究済み。一つずつ丁寧にピンセットで並べるこだわりよう。
レーズンの並べ方までもちろん研究済み。一つずつ丁寧にピンセットで並べるこだわりよう。

と、これまでの経緯を簡単に話しましたが、そもそも会社を作るのははじめてでしたし、自分に運営できるのかすらもよくわかっていませんでした。でも、とにかく始めてしまった。なんでもそうなのですが、やりながら学んでいけばいいのかな、と思っていて。本番が一番身になるというか。準備期間という考えはあんまりないんです。始めてしまえば、自分にできないことがたくさんあったとしても、助けてくれる人に必ず出会えるとも思いますし。

でも経験がない分、大変は大変でした(笑)。お役所仕事もそうだし、並行して、スタッフを募集しながら、食材や資材の相談であらゆる専門店へ出向き、いい条件の物件を探して……。全部がスムーズにいくわけではないので開業スケジュールも気づけば押して、その間にも運転資金が飛んでいく……みたいな。そうそう、自社工房かOEMか、つまりお菓子の製造を外注するかも悩みました。OEMはなんといってもリスクが低い。外注といってもレシピはこちらのものだし、ある程度微調整もできる。それも手のひとつで素晴らしい選択肢ですが、自社工房で手作りすることの魅力が勝りました。
私自身、作り手の顔が見える店に愛着を感じてきたので。今は総勢10人ほどの社員やアルバイトのみなさんと共に働いてます。

社長としての仕事は商品企画やコピーライティングから、猫の手も借りたいような繁忙期は商品のリボン結びに至るまで(笑)多岐に渡りますが、試食もそのひとつです。とにかく自分が自信を持っておいしいと思えて、心までワクワクするようなものじゃないと出したくないんです。さくさくのサブレと絶妙な軽さのあるバタークリーム、果実がジューシーで余韻が美しいサンドを求めて日々ブラッシュアップしています。それから日々の生産管理もありますね。ある程度は信頼する現場スタッフに任せていますが、数字は常に見ています。ただ、闇雲に数を求めるのは避けたい。だから、スタッフとは物語を共有するように努めています。もちろん売上目標や昨対比、のような考え方もありますが、このバターサンドがどんな風に成長していって、どんな世界を作っていくのか。そのイメージを共有することが大切だと思っています。ですから、うちは上半期下半期のような絶対的な区切りはありつつ、”Season”でブランドを捉えていて。それでいうと今は”Season2の第7話”くらいなんですよ。なんだそれって感じかもしれませんが(笑)。ここからSeason2の完結に向けて、乞うご期待な出来事も色々と仕込んでいます。その先のSeason3も新しい物語を描いていますよ。

3.これからもサンドの成長を見ていたい。

サクッと軽やかなサブレ生地の美味しさも魅力のひとつ。
サクッと軽やかなサブレ生地の美味しさも魅力のひとつ。

もちろん、なにもかもうまくやってこれたわけじゃありません。夏はバターサンドの売り上げが下がるから翌年からアイスサンドに挑戦したり。あるときは工房の冷凍庫が壊れてとんでもないブザー音が響いて冷や汗をかいたこともありました(笑)。このときは冷凍庫の温度パネルが壊れただけだったので、ことなきを得たんですが。代表をしていて思うのは、とにかくなにが起きても言い訳ができないんですよね。最後は全部自分の責任。以前に比べて肝が据わったと思うし、世の代表業を務める方々へのリスペクトもぐんと増しました。本当に大変。でも言い訳ができないぶん、嘘がないものを作ろうと思えるし、そこには自信があります。
こないだ、なんでこんなに色々あるのに頑張れるんだろうって思ったことがあって。突き詰めて考えたらそれはお金のためでも、功名心でもない。その根っこにあるのは「見てみたい」っていう欲望だったんです。自分の頭の中にあるものを、見たことのないものを、見てみたい。この小さなバターサンドがどんな風に成長して、どんな風に人を幸せにできるのか、それが育っていく姿を、見てみたい。それに尽きるなと思っています。

株式会社NRS

2021年設立。バターサンドの製造・販売を手掛ける。サンドの監修に「Equal」「PATH」のオーナーパティシエ後藤裕一さん、アートディレクターとして田部井美奈さんが参加。オンラインや工房でのオープンデイでの販売を中心に、伊勢丹でのポップアップ、トラヤあんスタンドとのコラボレーションなども実施。

公式オンラインショップ

社員さん
text_Ryota Mukai photo_Momoka Omote

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