児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#14「エンパワメントとメランコリー」――横浜山手・神奈川近代文学館へ児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#14
4月30日発売の『増補版 吉屋信子――少女たちを鼓舞し、少女たちに愛された作家』(河出書房新社)に、過去に吉屋の文庫本フェアのフリーペーパー用に寄稿したエッセイがそれに収録されることになった。
この本は2008年に『KAWADE道の手帖 吉屋信子』を改題・増補した本で、その2008年版の本をわたしは今も本棚に大切に収めていたので、掲載の打診が来たときは驚いた。増補版が出ること自体にもファンのひとりとして喜んでいたのだけど、さらに自分のエッセイが掲載されるとなり、わっとうれしくなったあと、潮が引いてゆくようにどんどんおそろしくなった。すごくいい本だったから、そこに自分の原稿が紙幅を割いてしまっていいのかな、と腰が引けてしまう。一度書いたものの再録だったから大丈夫だったけれど、書き下ろしだったらおそれ多くて辞退してしまったかもしれない。
寄稿したものはわたし自身のエッセイ――たとえば、わたしと吉屋との出会いはいついつで、みたいな懐古ではなく、かつて小林秀雄が吉屋信子を痛罵したものについて取り上げたものだ。ここにも詳細を書きたいけれど、見開き1ページ程度と読みやすい分量なので、ぜひ『増補版 吉屋信子――少女たちを鼓舞し、少女たちに愛された作家』』をお手に取って読んでください。
その縁があって、4月から5月末までやっている神奈川近代文学館の特別展「生誕130年 吉屋信子展 シスターフッドの源流」のチケットをいただいた。もともと行きたい展覧会だったので、家にチケットが届いたときはちょっと声が出た。たとえがちょっとお金くさくてよろしくないけれど、封筒の中のチケットを取り出したとき、その色合いも相まって初めてのバイト代をATMから一万円札を下ろしたときの気持ちを思い出した。

吉屋信子は明治・大正期に「少女小説」というジャンルとともに一躍女学生たちのスターになり、その後も少女や女性たちの物語をおおく書き残した小説家である。なかでも彼女の代名詞的作品である『花物語』はさまざまな少女たちやその友情が花にたとえられたもので、多くは戦前の女学校や寄宿舎物語であるけれど、たまに大人の女性たちが登場したり、ちがう地域からやってきた少女、中には被差別部落の少女と出会ったりして、単なる女学生や「百合」モノではなくさまざまな出自や悩みを抱える少女たちが出くわす瞬間が押し花のように綴じられている。
吉屋というと花物語、花物語といえば少女小説、少女小説といえば吉屋信子……と言葉がぐるぐる回るのだけど、私はその後の小説も好きで、屋根裏部屋に住む女性たちの関係を描いた『屋根裏の二処女』、通俗小説家としてのキャリアがはじまった『地の果てまで』など、ネームドの男性が物語に登場するようになってからも、社会と向き合いながらもその純粋さはずっと守られている。
みなとみらい線終点の元町・中華街駅に到着し、アメリカ山公園を経由し、外国人墓地の坂を歩いて神奈川近代文学館へ向かう。この道は高校生のころ、たまに塾の友達と遊んだ場所だった。
霧笛橋を渡り、神奈川近代文学館に入る。横浜に住んでいたときからちょこちょこ通っていた場所だけど、今日はなんだか静謐な入口に緊張している。受付でチケットを見せると、特別展用に作られたワークシートにチャレンジするかどうか訊かれた。記念ポストカードがもらえるらしい。とりあえず頷いて特別展入口に置かれたワークシートを取り、いざ中へ。

吉屋というとほとんどのメディアでは『花物語』などの少女小説の説明に留まってしまうのだけど、今回の展示はそれ以降の作品や、他の作家との関係、私生活などにも踏み込んだ内容で、期待をゆうに超えた内容だった。冒頭で書いたような、小林秀雄をはじめとした男性批評家や作家たちから向けられた嫉妬や批判についても触れられている。作家としての確固たる地位を築いたあと(それ以前から、たとえば菊池寛なんかは彼女のことを気にかけてくれたみたいだけど)男性作家たちも彼女の実力を認め、晩年に他作家との食事の席でさわやかに振る舞っている彼女の写真を見たとき、なんだか目の周りがかっと熱くなった。
ここ最近のフェミニズムや女性活躍の機運に対し、よく「むかしの時代の女性は『女』を使わないと生き抜けなかった」「男に媚びなければ女は成り上がれなかった」なんて言説を耳目にする。じっさい、良妻賢母教育を大っぴらにしていた頃なんてそういう社会だったのだろうし、そこから踏ん張って逆転した女性はもちろんすごい。昔は昔なので、わたしはそういう社会に迎合した女性をとやかく言う気にはなれない。でも同時に、そんな中でも権威的な男性や外野に好き勝手言われ放題の中でも、わたしたちの目をしかと見つめて書き続けたひとがいる。写真を見ていると、実感がこみ上がってくる。現代のわたしがこんなに感動するのだ、当時の女性たちにはどれほど爛々としていて、頼れる光だったのだろう。

そして吉屋の人生を語る上で不都合な点、日中戦争ペン部隊参加についても掘り下げられている。じつは日中戦争のころに内閣情報局が作家を戦地に派遣してそのルポを書かせ、新聞や雑誌などの大手マスメディアを利用した、作家とメディアの戦争加担という負の歴史がある。吉屋はそのペン部隊のひとりとして、海軍ルポを書いたことがある。
いろいろな意見があるところだけど、吉屋って、目の前のひとに頼まれたらすべて全力でやってしまうひとのような気がする。お人よしなのだ。軌跡を辿るだけでも、すごく純粋なひとだと感じる。その純粋さが戦争加担に繋がってしまって、吉屋自身が戦後に後悔を背負うことになる。きっとそんなピュアさで光を放ち、そしてナイーブゆえに背負わなければならない業火があった。その両側面を紹介していて、とてもバランスのいいキュレーションだった。
展示に熱中していたら夕方になっていた。神奈川近代文学館周辺の喫茶店は閉まってしまったので、港の見える丘公園の花盛りのバラ園をぐるっと眺め、とぼとぼ坂を降りて元町の喫茶店「炭火焙煎珈琲 無」に行く。全席喫煙可能なのもあり、20代のころは元町に用事があったときに寄るお店のうちのひとつだったけれど、たばこをやめたのもあってここ最近はすっかりご無沙汰だった。
インパクトのある大きな氷のアイスコーヒーを頼み、読みかけだった本を読み切る。いま書いている原稿の参考になればラッキー、とおもって手に取ったものだったけれど、直接関係ないテーマのところがおもしろくてついついまた時間を忘れる。アイスコーヒーの氷が倒れてしまわないよう、ストローでゆっくり氷のバランスを確認することで目を休める。

アイスコーヒーを飲んでひと息つきながら、あらためてわたしは吉屋みたいにはなれないな、と重く落胆した。
もちろん誰かになろうと思って生きていないけれど、わたしにはああいう純粋さがない。あれほどの功績がない今この状態ですら、もらった仕事や出会ったひとをまずは疑ってかかる。マネージャーや知人の前で愚痴ばかり言う。あいつおもしろくねーだのあの会社のやり口は汚すぎるだの。そんなのだから、もし自分に従軍ペン部隊の依頼が来たら、戦争反対だって素直に言えばいいのに、なんかもっと斜めな言い訳をしそう。船酔いする体質だからとか今どき文字メディアじゃなくて映像か音声メディアでやっとけばいいじゃん、普段本なんか読まないくせにこういうときばっか言葉に頼んな、とかいろいろ言って。
吉屋に思いを馳せると、その燦然とした存在にエンパワメントされるときと、こうしてメランコリックな気持ちになる。当時の女学生や女学校を出た婦人たちも、こんなふうに彼女に心動かされたのだろうか。

神奈川県横浜市中区元町1-21 野中ビル 2F
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アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。2025年に『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)刊行。
<編集部からのお知らせ>
本連載は次回より、季節の移ろいとともに児玉雨子さんの言葉をお届けする『季刊連載』へとリニューアルいたします。次回の更新は7月(夏)頃を予定しています。楽しみにお待ちください。


















