蛙亭イワクラ「言ったやん。だからやめなくていいって」 | 連載【即断すぎて周りがとめる】 vol.6 LEARN 2024.04.24

NSCの同期とはすごく仲がいいんです。わたしは大阪の34期生で、東京だと17期生が同期。大阪の同期には、さや香、隣人、華山、ファイヤーサンダー、そういった人たちがいて、東京には、オズワルド、コットン、空気階段なんかがいます。東京の同期とは上京してから初めて会いました。
  芸人って面白いもので、初めて会ったときに同期だとわかるとそこからすぐに“タメ口”になって一気に距離が縮まるんです。年齢の上下はまったく関係なく。普段のわたしはタメ口がすごく苦手。基本、誰に対しても敬語なんです。ただ、「NSCの同期だよ」と言われたらすぐにタメ口になっちゃう。そのくらい仲がいいというか、安心した状態になれるんです。
  NSCに入ってすぐに仲良くなったのが「隣人」の中村遊直。「キングオブコント2023」の決勝で「チンパンジーに落語を教える」というネタをやって話題になりましたが、そのチンパンジーを演じていたのが中村でした。 仲良くなったのはクラスが一緒だったから、なんですが、お互いに「面白い」と思ったのは大きかった。これは“芸人あるある”で、ネタが面白いとすごく食いついてきてしゃべりかけるんです。「さや香」の新山もそう。新山とはNSCを出てから仲良くなったんですが、「面白かった！」ってしゃべりかけられたのが最初でした。それまでは挨拶したりする程度でしたが、「ヤバいな、めっちゃうまいな」って。
  前回、ルームシェアの話で、中村と新山がしょっちゅう部屋に入り浸っていたという話をしましたけど、中村はやって来るたびに、ケーキとかのデザート類を必ず持ってきてたんです。わたしが喜びそうなスイーツを選んで。わたしのことが好きとか、そういうことじゃなく、いい意味で、「女の子だから」って。なんていうのか、気を使ってくれていたんです。大事にしてくれていたというか。女の子の同期が少なかったのもあったと思う。最初NSCに入ったときは、たぶん全体で700人ぐらいいて、そのうち女子は100人いるかいないか。でも結局、いまも活動を続けている女子はわたしくらいで、全体でも20人も残ってないと思う。吉本でも、10人いるかいないか。
  しかしあの頃のわたしたちって何をしてたんだろう。NSCを出たところで仕事なんてなにもないし、お金もない。でもお腹は空く。めっちゃ空く。なので、大阪・心斎橋のシェーキーズに入り浸ってました。安いピザでお腹を満たしつつ、ネタの相談をしたり一緒に考えたり。ネタって、コンビだけで考えるのではなく、「こうしたらええんちゃうか」とみんなで意見しあい、練り上げていくものだったりもするんです。わたしたちの世代だけの特徴かもしれませんが、お互いにライバルではあるんだけど、目指すところが一緒なのでみんなで共闘してる感じがすごくあるんです。
  だから、隣人の中村が「やめる」って言い出すともう大変。彼は毎年5月6月ぐらいになると仲のいい同期を集めて「やめる」と言うんです。というのも、２年目3年目の頃なんて、仕事もないし賞レースも全然だめだし、それは「面白い」「面白くない」より圧倒的に場数が少ないから仕方のないこと。試練の時でもあるんです。ただ、そうなると中村はめちゃめちゃヘコんで「あかんわ、芸人やめるわ」って言い出すんです。で、「いや、マジでオマエ面白いから絶対やめるな」ってみんなで必死に止める。それが毎年の恒例行事みたいになっちゃった(笑)。
  吉本の若手にとって、「劇場に入る」ことが最初の試練。NSCを出たら誰でも舞台に立てるわけではなく、バトルイベントに勝ったら劇場に入ることができるんです。そして、わたしたち同期がどんどん劇場に入れるようになる中、中村はちょっと足踏みしてたんです。それで彼の心が折れかけて。でも、なんとか踏みとどまるようみんなで説得して、やっと劇場に入れるようになるんだけど、今度は賞レースがうまくいかない。するとまたみんなを集めて「やめる」と言い出す。「やっぱ、このままやっててもあかんわ」と。中村とはかれこれ12年くらい付き合いがありますけど、そのうち10回は止めてますね。
  その中村が、ここ2〜3年くらいは「やめる」と言わなくなったんです。先日、同期のみんなで飲んだときに、賞レースで優勝もしたし、キングオブコントの決勝にも行けたし、「言ったやん。だからやめなくていいって。よかったやん」って言ってたら、中村はこう言ったんです。「最近気づいたんだけど、オレ、普通に五月病だったわ。なんか梅雨の時期だったし、やめたいってなってただけやったわ」って。