悩める人の「周り」にいるあなたへ (前編) /上司に言われた「キャバ嬢みたい」の一言にモヤモヤ LEARN 2023.07.14

職場に悩みを抱えたり困っている人がいるとき、そこには「力になりたい」と考える人がいるはず。そんな、悩んでいる人の「周り」にいる人のためのお悩み相談企画です。SNSで募集したお悩みに、社会学者の森山至貴先生がお答えします。

友人が上司に言われた「キャバ嬢みたい」の一言。それってどうなの?

今回のお悩み

友人Aさんの話です。接待のお酒の場で、上司にその場を盛り上げるように言われたので、嫌々ながらも上手く立ち振る舞っていたそうです。後日その上司に、「キャバ嬢みたいだったな」と言われたらしく...。上司は褒め言葉として言っていたようなのですが、Aさんはその言葉にモヤっとしたと言っていました。
彼女は思ったことを主張できるタイプなので、私(B)はその話を笑って聞いてしまったのですが、その後に言った「お風呂に入っているときも思い出して、この状況なんなんだろうなって思ったんだよね」というAの呟きにハッとしました。こんな現状許しちゃいけないはずなのに、ふと流してしまおうとする自分がいたことに情けなさを感じて。笑って聞くべき話ではないはずなのに、会社で上司に嫌なことを言われるのはよくあることと諦めてしまっている自分がいる状態ってどのように変えられるでしょうか?

森山先生の回答:「キャバ嬢と一緒にしないで、と思う自分を反省して」

まずは「モヤッと」したご友人Aさん、「許しちゃいけない」と感じる相談者Bさんの方に対して、「キャバ嬢みたいだったな」と言われて苛立つその感情には、「許容できない場合」と「当然だと思える場合」があるとお伝えしたいです。

許容できないのは、どこかでAさんとBさんがキャバクラで働く女性を下に見ていて、「キャバ嬢と一緒にしないでほしい」「キャバ嬢と一緒にされたら傷つくのは当然」と思っている場合です。そのような見下しの感情があるならば、まずはその感覚を反省するべきでしょう。

ただしおそらく、「モヤッと」したり「許しちゃいけない」と思ったりする感情の中には、納得できる部分があります。そもそも、「キャバ嬢」とは、「女らしさ」をベースに「相手を手厚くもてなして満足してもらうこと」で対価を得る職業です(でなければ、キャバクラの接客担当も客も、これほど性別が偏るわけがありません)。仕事において接待、つまり相手を手厚くもてなして満足してもらうことが必要な場合は当然あるでしょう。しかしそれを上手くこなせたときに「キャバ嬢みたい」と評価されるとは、自分の振る舞いに「女らしさ」を求められていたことに等しいわけで、会社員の職務の一環として接待に努めたAさんがそこに憤るのも当然です。

ましてやこの発言をしたのは実際に指示を下した上司です。Aさんが女性であることに期待して接待の指示を出した上で、あとで「キャバ嬢みたいだった」と評価した可能性は非常に高く、そのような仕事の割り振り方自体が不当です。仕事だと思ってやったけれども、後になって「女らしさ」を期待されていたことがわかって、「やっぱりかよ、ふざけるな」とAさんは思った、というようなところではないでしょうか。であるならば、この苛立ちには相当な理由がある、と言ってよいと思います。

ちなみに、「顧客にいい気分になってもらうために、働き手側が自分の感情を適切にコントロールし、それを表現する労働」のことを社会学では「感情労働」と呼びます。たとえば、「お客さまに満足してもらうため、優しく、穏やかに、なんでも受け入れる気持ちで接する」ことが労働になるわけです。そして、「女らしい」の中身に「優しく、穏やかに、なんでも受け入れる」が含まれることが多いことからも想像がつくとおり、感情労働はしばしば女性に課されます。まさにこの感情労働を上司が部下の女性に不当に要求していた、と考えることもできるでしょう。一生懸命それをこなしたら「キャバ嬢みたい」とその不当性を上塗りするような発言をされたわけで、不愉快になるのも当然だと思います。

上司 接待 お悩み

「友人に起こったできごとだから、わたしにも関係がある」という感覚を忘れないで

Bさんは、このように「キャバ嬢みたい」という発言を自分が「流してしまおう」と思ってしまったこと、その背後にあるAさんの上司の無神経さに「諦めてしまっている」ことを反省し、「自分事に捉えるべき問題」と捉えているようです。心がけとしては大変素晴らしいと思うので、この問題がどう自分に関係しているかをより正確に考えていただくことをすすめたいと思います。

「わたしは流してはいけない」「わたしは諦めてはいけない」「(Bさんも女性であるならば)自分も言われるかもしれないこととして、対処の仕方を考えておきたい」などBさんが考えている場合があるでしょう。Aさんにだけ起こる問題ではなく、これは日常の女性差別の問題であり、その意味で自分にも関係がある、とまとめることができると思います。この発想はとても大事ですし、その発想を持っている時点でBさんはすでに変わりはじめていると言ってよいと思います。

同時に、この問題が自分に関係しているもう一つの重要なポイントについても忘れないでほしいと思います。つまり、今苦しんでいるのはまずはAさんであり、Bさんはその愚痴や不満を聞き取って応答できる立場である、という意味でこの問題はBさん自身に関係しているはずです。このときまず必要なのは、Aさんに対してあとからでもよいので「あなたは理不尽な目にあったと思う」と言ってあげることではないでしょうか。

「自分事」という言葉を、「社会の問題として自分がどう向き合うか」という意味でだけ捉えられてしまうと、身近にいる困ったり苦しんだりしている人が置いてきぼりになってしまうこともあります。「わたしの大事な友人に起こったできごとだから、当然わたしにも関係がある」という感覚も忘れないでこの問題に対処してほしいな、と思います。

text: Noritaka Moriyama, illustration: ery, edit: Chika Hasebe

Videos

Pick Up