「一日、一短歌」2024年5月の作者・向坂くじらさんインタビュー CULTURE 2024.05.02

毎月1人作家が登場し、自選の短歌を毎日1首ずつご紹介。2024年5月は詩、エッセイ、小説など幅広く執筆を手掛ける詩人の向坂くじらさんの短歌たち。大学生の頃、創作のメインは短歌だったという向坂さん。これまでに制作した作品はもちろん、今回のための書き下ろしも含む31作を選んでくれた。詩作とも決して無関係ではないという、短歌とのこれまでの付き合いとは?

塚本邦雄の歌が持つ、言葉の美しさに魅せられて。

小さい頃から読むことも書くことも好きでした。絵本、児童書、小説とだんだん文字が多いものを読むようになり、中学生の頃には自分なりに小説を書いてみたりもしていましたね。当時、中学高校の頃は梶井基次郎や小川洋子さんの作品に特に強く惹かれていました。一般に美しいとされないものの美しさが描かれているなと、漠然と感じていて、そのことが魅力的に映って。その表現や言葉の美しさそのものに魅せられていた、といったほうが近いかもしれません。やはりこの時期にも小説を書いていましたが、物語を作ることよりも言葉そのものに関心があると感じていたので。

短歌にグッと興味を持ったのはこのような時期のことでした。大学受験前に教科書で読んだ塚本邦雄の歌が強く印象に残っています。例えば、「海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も」という歌。かっこいい! と思いましたね。海の底という目に見えないものを言葉だけで書いていることに強く感銘を受けたんです。

作歌に励んだ大学時代は挫折の時期でもあった?

中高時代と変わらず、大学生になっても創作は続けました。ただ、メインは短歌。学生短歌会や、福島泰樹さんが主宰する「月光の会」の歌会に参加したり。とはいえどこかにしっかり所属する、というよりも中高生のときにそうだったように自分でコツコツ書くことが軸になっていました。いわゆる短歌雑誌などにも投稿しましたよ。うっかり賞がもらえたりしたらラッキーくらいの気持ちで。もっとも、そんなことは起きませんでしたが...(笑)。

改めて当時の短歌を読んでみても、拙いなと思います。短歌の魅力でもある定型を乗りこなせなかったな、とか、その内容はおしゃべりで語ればいいんじゃないか? とか。一方でこの時期は「書きたいことがあるというのはどういうことか?」といったそもそも論を考えながら創作をしていた向きもあるので、今のベースになっていることは間違いない。それに先日、詩人の和合亮一さんが私の詩を「短歌っぽいね」と言ってくれたんです。つまり、詩のなかの飛躍や、シンパシーとワンダーのバランスに短歌のような魅力があると。おかげで挫折の経験として捉えつつあった短歌を前向きに考えられるようになりました。

短歌から、現在に繋がるポエトリーリーディングへ。

今の創作の中心は詩とその朗読にあります。これもきっかけは短歌でした。「月光の会」の福島さんが「短歌絶叫コンサート」というイベントを開催されています。これに参加して、声に出して読むのは面白そうだなと、大学のサークルで短歌の朗読を始めたんです。次第に定型のないものの朗読もやってみたいと思って、詩を作り読むようになりました。詩作においては、幼少期から触れている宮沢賢治や短く簡素な言葉で表現した八木重吉などの作品を読んできた経験はかけがえのないものです。

このサークル以来の詩作と朗読は、ポエトリーリーディングユニット、Anti-Trenchとして今に続く大切な活動のひとつになっています。朗読は目の前の人が聞いてくれている実感がある。性急というか衝動的なところがある私にはしっくりくるんです(笑)。

夫婦間における愛の適温

向坂くじら/著『夫婦間における愛の適温』(百万年書房)1,870円
結婚して約2年になるパートナーとの暮らしを綴るエッセイ集。24編収録。

一日、一短歌。向坂くじらさんの今日の短歌はこちら

一日、一短歌
16
吊り革をつかみそこねて神さまを
さがす金魚のような手のひら
2015年
向坂くじら
edit_Ryota Mukai

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