娘から父へ…おいしい日本酒おしえます! 『伊藤家の晩酌』~第七夜1本目/燗にするとさらに旨さ広がる「黒牛 純米 中取り無濾過生原酒」~
弱冠22歳で唎酒師の資格を持つ、日本酒大好き娘・伊藤ひいなと、酒を愛する呑んべえにして数多くの雑誌、広告で活躍するカメラマンの父・伊藤徹也による、“伊藤家の晩酌”に潜入! 酒好きながら日本酒経験はゼロに等しいというお父さんへ、日本酒愛にあふれる娘が選ぶおすすめ日本酒とは? 第七夜のテーマは「お燗がおいしいお酒」。1本目は、温めることでさらに米のおいしさが引き立つ和歌山のお酒。
(photo:Tetsuya Ito illustration:Miki Ito edit&text:Kayo Yabushita)
今宵1本目は、燗にすると化ける純米酒「黒牛 純米 中取り無濾過生原酒」から。
娘・ひいな(以下、ひいな)「今回はね、お燗に合うお酒だよ。寒〜い季節はやっぱりお燗だよねぇ」
父・徹也(以下、テツヤ)「燗酒は奥が深いからねぇ。家でもできちゃうんだね!」
ひいな「ちゃんとお燗の仕方も教えます!」
テツヤ「この黒牛ってお酒、無濾過生原酒って書いてあるけど、お燗にしちゃっていいの? 冷酒で飲むイメージだけど」
ひいな「まあまあ、お試しあれ。まずサーモスの420mlのタンブラーを用意します。半分くらいまで熱湯を入れて、そこにチロリを入れてお酒を注いで燗酒にするの。温度計も忘れずに!(ライター注:チロリとはアルミなどでできた筒型の容器で、酒を温めるのに使う)
テツヤ「このお酒は何度まで温めるの?」
ひいな「このお酒は55度。“とびきり燗”って言うよ」
テツヤ「へぇ、初めて聞いた! この方法だと外でもできるからいいね」
ひいな「サーモスのタンブラーとお湯があれば、キャンプとか花見の時にも簡単に熱燗が飲めていいよね」
テツヤ「そういえばさ、お酒を温めて飲むのって日本酒ぐらいじゃない?」
ひいな「ホットワインもあるけど」
テツヤ「ワインの他にもスパイスとか何か入れるでしょ? お酒をそのまま温めて飲むってすごいかも」
ひいな「55度になりました!」
ひいな「チロリからおちょこに注ぎます」
テツヤ「いただきます!」
テツヤ「うんま!」
ひいな「あぁ、おいしい!」
テツヤ「55度ってすごい温かくてアルコールとか飛んでるイメージだけど、さらに甘みが増してるね」
ひいな「チロリから香ばしい香りもするの」
テツヤ「お燗いいねぇ。化けるね。でもさ、そもそもこのおいしい『黒牛』をどうして燗にしようと思ったの?」
ひいな「冷酒で飲んだ時に、燗にしても間違いないやつだなって思って」
テツヤ「その感じって冷酒で飲んでわかるもんなの?」
ひいな「前に働いてたお店でラインナップに入ったお酒は全部冷酒で試飲してたの。乳酸っぽさがあるお酒でも、燗にした時に引き立つお酒ってあって。あとは芳醇な感じのお酒の、口のなかが包み込まれるようなふわっと感は、燗にした時にも合うだろうなっていうのは、冷酒を飲んだ時にわかるよ」
テツヤ「冷酒でもおいしいお酒を『これ、燗でもいいんですよ』って言ってもらった時ってすごくうれしいんだよね。反対に『これ燗でどうですかね?』って言ってもダメって言われることもあって。『こんなうまいお酒を燗にしたらもったいないよ』っていうお店もあるし、『燗にするならこれです』って決められるのもなんか嫌なんだよね」
ひいな「すごくわかる」
テツヤ「いいじゃん、別にって。うまい酒はどういう条件でもうまいよ、きっと」
ひいな「蔵が、燗がおいしいですよ、って言ってる場合もあるしね」
「黒牛 純米 中取り無濾過生原酒」に合わせるおつまみは、意外にも「ポークシチュー」
テツヤ「で、これには何を合わせるのかな?」
ひいな「ジャジャーン! ポークシチューです」
テツヤ「えぇ!? まさかの洋食…」
ひいな「そう! しかも、ポークシチューはにんじんと玉ねぎは茹でてからすりおろして加えたらから、見た目はポークとマッシュルームの2種類しか入ってないように見えるんだけど…」
テツヤ「旨味の塊だね。これは口内調味?」
ひいな「うん、そうだね」
テツヤ「アッチ! シチュー、うんまい!」
ひいな「大丈夫? シチュー合うよね。燗の温度にもこだわったんだけど、飲む器にもこだわって。平たくて、香りが広がるおちょこを選んだよ。もちろん冷めやすいんだけど、口が薄いやつが合うの。ぽってりとした器で飲むよりも、平たい器のほうが雑味が感じられなくなって、より甘さが強調されるよ」
テツヤ「なるほど。ポークシチューの甘みと日本酒の甘みがすごく合ってる」
ひいな「冷酒でもすごくおいしいんだけど、燗のほうが飲み飽きないし、飲み疲れがしないって思うんだよね」
テツヤ「シチューと合わせるなら、同じ温度帯がいいかもね。口の中を冷ましたくないから」
ひいな「そうだね、温かい食べ物には熱燗が合うね」
テツヤ「もしかしたらさ、飯もうまくて、酒もうまいっていうことはあり得ないことなのかなって思ちゃったな。結局はさ、どっちかを引き立てることになるっていうか、主従の関係っていうかさ。対等はないんだなって思った。シチューを食べて」
ひいな「この場合はどっち?」
テツヤ「シチューが勝っちゃった」
ひいな「それをフォローするお酒ってことだね」
テツヤ「この場合はシチューを食べるための酒ってことかな。シチューに日本酒を合わせようと普通思わないじゃない? でも和の日本酒と洋のシチューがこんなにも合うっていうのは驚きだった」
ひいな「この蔵元のコンプトとして、“人と人とのより良いコミュニケーション作りに役立ちます”っていうウェブサイトに書いてあって、忘年会とかお正月とか、これから人が集まる時にすごくいいんじゃないかなって」
テツヤ「おいしいお酒のまわりには、人が集まるってことだな」
ひいな「年配の方も22歳の私も、このお酒おいしい!って絶対に思えるお酒なんじゃないかなって思う!」
テツヤ「これはね、でもシチューに主役取られちゃったね。このシチューおいしいよ、最高だよ! 伊藤家の定番にしよう」
ひいな「はじめて作ったのに(笑)。野菜はすりおろしたらおいしくなるんじゃない、って父が言って、最後の味付けも母にみてもらって、みんなで伊藤家の味になったね」
テツヤ「このうまいシチューに適う日本酒はなかなかないだろう」
ひいな「私は合うと思うけどな」
テツヤ「これは黒牛じゃないと受け止められないのかもしれないな」
ひいな「黒牛に黒豚を合わせちゃった(笑)」
テツヤ「中取ってるからいいんじゃない?」
ひいな「中取りは、おいしいとこどりだからね」
燗酒にすることで、日本酒の味はどう変わる?
テツヤ「燗酒にすることによって日本酒ってどう変わるんだろ? 旨味が増す? 香りが広がる? 甘くなる?」
ひいな「そういういいこともあるけど、マイナスなイメージもあるよね。鼻にツンとくる感じが苦手な人もいるし、香りが広がるけど飲みごたえとか清涼感が失われるって人もいる」
テツヤ「なるほど、温度帯によって失われるものもあるのか」
ひいな「燗をつける時にちょうどいい温度帯っていうのがそれぞれあって、その日本酒に合う温度帯になると、べっこう飴の匂いがするんだって、お酒が」
テツヤ「どんなお酒でも? 感じたことある?」
ひいな「このお酒も感じた」
テツヤ「へぇ〜」
ひいな「その香りが出るお酒が燗に適してるんだと思う」
テツヤ「大吟醸ってそんな香り、出なさそうだもんな」
ひいな「そうだね」
テツヤ「でもさ、それはお酒好きな人たちが言ってることで、今の若い人たちが、べっこう飴の味がするかどうかわかるかな」
ひいな「べっこう飴自体、知らないかもしれないしね」
テツヤ「そうなるとさ、若い人が気に入る違う風味のお酒があってもいいかもしれないよね」
ひいな「お酒って、その時代時代で流行りってあるから」
テツヤ「今ってさ、ちょっとクラシックに戻ってる感じもあるでしょ?」
ひいな「最近ね。これからの動向が気になるね」
テツヤ「ひいなはさ、若くて最先端の舌なんだから、その舌がおいしいって言ってるんだから、おいしいんだよ」
ひいな「うん、わかった」
テツヤ「でも、そのひいなが、ちゃんと言葉を持たないと広がらないからね」
ひいな「広げていくためにも伝える言葉が大事だよね」