一生モノの趣味を見つけよう! 小谷実由の『趣味がなかなか見つからなくて。』/小豆を煮て餡をつくろう。 LEARN 2019.06.16

ファッションモデルから執筆活動まで、分野を超えて軽やかに行き来する小谷実由さん。意外にも、趣味らしい趣味がないのだとか。夢中になれる、一生モノの趣味と出会うべくしてはじまったのがこちらの連載。2回目に掲げたテーマはずばり「餡をつくる」。老舗の和菓子店〈とらや〉の熟練の職人を先生に、家庭でできる餡づくりを教わりました。

まずは、意外に知らない餡の話を。

ひとくちに餡と言っても、こし餡につぶ餡、白餡など種類はさまざま。今回は、老舗の和菓子店〈とらや〉の御殿場工場で餡づくりを担当している鈴木康哲さんを先生に、餡づくりのいろはから教わった。

〈とらや〉の鈴木康哲さん。「羊羹マイスター」の肩書きを持つ、まさに”餡づくりのプロ”。
〈とらや〉の鈴木康哲さん。「羊羹マイスター」の肩書きを持つ、まさに”餡づくりのプロ”。

鈴木「小谷さんは何か、お好きな餡はありますか?」

小谷「私、実は白餡が大好きなんです。こし餡とつぶ餡の違いはなんとなく分かるのですが、白餡って、使われている小豆がそもそも違うってことなんでしょうか?」

鈴木「その通りです。白餡は白小豆や白インゲン豆を使うのが一般的ですね。弊社では白小豆は主に上生菓子に、白インゲン豆は羊羹などに使います。」

小谷「なるほど、つくる和菓子によって餡を使い分けているんですね。」

原材料の小豆200gとグラニュー糖220g。これで500〜600gの餡ができる。
原材料の小豆200gとグラニュー糖220g。これで500〜600gの餡ができる。

鈴木「〈とらや〉ではお菓子の種類に合わせ、材料や製法を変えた餡づくりを行っています。ですので、同じ餡でも”羊羹用”や”最中用”など、たくさんの種類が存在するわけですね。」

小谷「羊羹用の餡ですか!すごく興味が湧いてきました。〈とらや〉のお菓子は他のものと比べて、何か特徴はあるのでしょうか?」

鈴木「うちの菓子は「少し甘く、少し硬く、後味良く」がモットーですね。ですので、餡自体も他店様と比べると「より甘い」と感じられるかもしれませんが、後味がすっきりしているのが特徴です。今回は家庭でできる餡づくりということですので、弊社の餡づくりとは異なりますが、できるだけこれに近い味を再現できるように、いくつかステップを踏まえながらご説明していきますね。」

step1.小豆のえぐみを取り除く「渋切り」。

いよいよ調理スタート!まずは、小豆のえぐみや渋みを除くための「渋切り」という作業から。このひと手間を加えることで、この後の煮えも格段によくなるんだとか。

ざるとボールを使って小豆を洗う。
ざるとボールを使って小豆を洗う。

鈴木「はじめに小豆をさっと洗います。粒の表面の白い部分を“へそ”と呼んでいるのですが、小豆はこの部分からしか水を吸わないんですね。水洗いする時も、皮の表面を傷つけないように、やさしく洗うのがポイントです。」

小谷「こんなに小さな面積からしか、吸水しないんですね。小豆を煮るのに時間がかかる理由もなんだか分かる気がしてきました。」

鈴木「ちなみに前日から水に浸けておくと、へそから水を吸水して煮えやすくなり、時短も可能です。この後の豆の煮え立ちがぐんと良くなるんですよ。」

鍋に小豆と水を入れ、強火で煮る。
鍋に小豆と水を入れ、強火で煮る。

鈴木「そろそろ煮汁に色がつきはじめる頃です。一度スプーンですくってみましょうか。」

小谷「うわー、すごく綺麗な色ですね。」

鈴木「赤く澄んだ色をしていますね。この後の「渋切り」のタイミングは、この煮汁の色で判断していきます。」

小谷「なるほど。私、今この煮汁を見てこのあいだの“かつお節”を思い出しました(笑)」

前回の“だし引き”に続き、煮汁の観察が続いた小谷さん。どうやら手間ひまが必要な世界では、煮汁の色がモノを言うらしい。

ザルを使って、煮汁を捨てる「渋切り」。
ザルを使って、煮汁を捨てる「渋切り」。

鈴木「この工程を加えることで、この後に出てくるアクを取る必要がなくなるんです。」

小谷「え、アクを取る必要がなくなるんですか?」

鈴木「そうなんです。どうしてもこの後も鍋の表面に小豆から溶け出したタンパク質が浮かんだりするのですが、「渋切り」で既に小豆のえぐみや渋みは出し切っています。それに捉え方によっては、このタンパク質は、”旨味”でもありますから、取り除き過ぎるのも良くありません。今回もこの後の工程では、アク取りを入れずに進めていきますよ。」

step2.芯がなくなるまで煮続ける。

いよいよここから餡づくりの肝とも言える工程。1時間ほどコトコトと煮ていきます。その合間に、鈴木さんは、最近気がついたと言う”職人ならではの境地”について語ってくれました。

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鈴木「すごく感覚的な話になってしまうのですが、実は小豆がうまく煮えた時、小豆から“うま味”を感じる瞬間があるんですよね。」

小谷「うま味って、あの、ダシとかで出てくるあれですか?」

鈴木「そうなんです。もちろん、科学的な根拠があるわけではなく、「そんなゾーンみたいな話」と思われるかもしれないのですが。それでも、おいしさの元となる何かをはっきりと感じることがあるのです。」

小谷「すごい、”味の向こう側”みたいな話(笑)」

鈴木「まったく不思議ですよね。けれど毎日毎日小豆を煮ていると、ごく稀にこういう現象も起こり得るんです。」

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職人ならではの境地について聞き出すことができ、ご満悦な様子の小谷さん。小豆の煮え加減は以下の通り。

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20分後。木べらを通すと、まだコツコツと硬い感触が。

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40分後。水面上の白いアクと、鍋の端の方には黒いアクが。 このアクも今回は捨てない。

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60分後。水分を吸って小豆が膨張。表面のシワが消えツヤツヤに。

step3.指で潰してチェックする、小豆の”煮上がり具合”。

いよいよ終盤に。次に注意すべきは、ずばり小豆の”煮上がり具合”。鈴木さんは、火にかける時間等は決めておらず、なんと指でつまんだ時の潰れ具合で判断するという。

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鈴木「ある程度、小豆にも火が通ってきたみたいですね。ここからは”煮えムラ”が出ないよう、煮加減を調整していく段階に入ります。

小谷「”煮えムラ”ですか?」

鈴木「はい、芯が残っていないか、中身まで柔らかくなっているかを確かめる工程です。すべての小豆の柔らかさを均等にしていくことが餡づくりにおいて、重要なポイントのひとつです。」

指で押すと、皮と中身が一緒に潰れるくらいが目安。
指で押すと、皮と中身が一緒に潰れるくらいが目安。

小谷「煮上がりの判断って、意外にアナログな方法で行われているんですね。〈とらや〉って歴史あるお菓子屋さんなので、てっきり火加減や加熱時間などが細かく設定されているのかと思っていました。」

鈴木「もちろん、工場ではある程度、機械によって管理されています。しかし、どんな便利な道具ができても、それを扱うのは人間ですから。餡の状態を判断するには、やはり五感を使わなければなりません。工場の職人は皆、それぞれの段階と状況を体で覚えるように指導されているんです。」

step4.餡を好みの硬さまで仕上げる「炊き上げ」。

煮詰めていくうちに水分が飛び、練り上げることで甘さも凝縮されていくという仕上げの段階。小谷さんは〈とらや〉のモットーでもある「少し甘く」「後味良く」な餡へと近付けることはできるのか。

煮汁を3分の1程度残し、グラニュー糖を追加。
煮汁を3分の1程度残し、グラニュー糖を追加。

鈴木「煮え上がったら煮汁を捨てます。全部捨てても構わないのですが、その日の煮え具合に合わせて煮汁を残します。今回は3分の1くらいを残して仕上げていきましょうか。小谷さん、今回目指す餡の特徴を覚えていますか?」

小谷「「少し甘く」あと…「後味良く」でしたっけ。」

鈴木「その通りです。今回、上白糖ではなくグラニュー糖を使ったのも、実はこの「少し甘く」「後味よく」という部分が関係しています。糖度の割にくどい甘さを感じず、後味がきれいに切れるのがグラニュー糖の特徴なんですね。〈とらや〉では白双糖を使っていますが、ご家庭でも手に入りやすい砂糖として、今回はグラニュー糖を使用しました。」

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小谷「なるほど、じゃあ後は「炊き上げ」の段階で、好みの硬さになるように仕上げていけばいいわけですね。」

鈴木「その通りです。あと、意識するのは火を止めるタイミングですね。冷やすとさらに粘度が上がってしまうので、そこまで想定して火を止めなくてはなりません。」

小谷「むずかしそうですね。なんだかこの1時間で、私の中の感覚がどんどんと研ぎ澄まされている感じがしています。」

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小谷さんが研ぎ澄まされた感覚で練り上げた餡がこちら。見事「少し甘く」「後味良く」な餡ができあがった。熱々の餡は、祖熱をとるために小分けにしてバットへ。ちなみに、炊きたてほやほやの餡より、一晩寝かせて味を馴染ませた餡の方が、おいしいんだとか。

餡づくり体験を終えて。

彼女の夢中になれる趣味が見つかるまで続くこちらの連載。裏返すと趣味が見つかると即終了!とも捉えられる企画だが、今回は果たして?

小谷実由

小谷「実際に自分の手で、小豆から煮てみて、餡づくりって“正解”がないんだなと思いました。火にかける時間も決まってなければ、アクや煮汁の残す捨てるも自由なわけじゃないですか。つくりたいお菓子や好みによって、つくるべき餡も変わってくる。奥深い世界だなと感じました。」

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小谷「いつも何気なく食べていた餡ですが、これからは味の細部にまで注意が向けられる気がします。やっぱり、知らないで食べるのと、知って食べるとでは、感じ方が全然違うと思うんですよね。今日実際に小豆から餡をつくってみて、時間をかけてひとつのものにじっくり向き合うことって、とても大切なことだなと実感しました。」

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小谷「これは単なる“趣味”ではないですね。これは趣味を超えた“職人技”です。今日私は1時間ちょっと、お鍋と向き合っていましたが、1時間で教えていただくには恐縮なくらい、奥が深い工程だなと感じました。」

ということで連載は、無事に継続!

できたての餡と一緒にパシャリ。
できたての餡と一緒にパシャリ。

餡づくりの奥深さに魅了されたという小谷さん。「こだわり始めたら深みにハマっちゃいそうですが、材料も道具もシンプルですので、皆さんもぜひトライしてみて欲しいです。」と話してくれました。彼女の趣味探しの旅はこれからも続きます。

今回、教えてくれたのは?

小谷実由

今回、先生として家庭でできる小倉餡のつくり方を教えてくれたのは、〈とらや〉御殿場工場の鈴木康哲さん。〈とらや 赤坂店〉では、ガラス越しに菓子づくりの様子を見られる御用場もあります。※菓子づくりは早朝に始まるため、午後早い時間に終了してしまうことも。

〈とらや 赤坂店〉
■東京都港区赤坂4-9-22
■03-3408-4121
■8:30〜19:00(平日)8:30〜18:00(土日祝)
https://www.toraya-group.co.jp/

(photo : Hiromi Kurokawa , listener : Yuya Uemura)

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