伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第28回

LEARN 2022.10.07

乃木坂46を卒業し、ラジオパーソナリティ、タレント、そして、ひとりの大人として新たな一歩を踏み出した山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを自由に綴ります。

(photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Chika Niiyama)

「思い立ったが吉日旅in金沢【後編】」

隣の席の彼女は、いろいろな形をした金属を小さな箱の中から取り出し、慣れた手つきで組み立て始めた。指の先で摘むと見えなくなってしまうくらいに小さい水晶のような立方体をさらに取り出すと、長い金属棒の先に固定された黒い枠にはめ込んだ。目の前を少し見回してからその部分を上から覗き込み、あらゆるパーツの角度を調整しているかと思いきや、それを置いてまた別の箱を開いた。先ほど取り出したものは真鍮のような色味だったが、今度はつやっとしたシルバーの棒。手を広げた時の小指から親指くらいの長さだろうか。両端についている部品に特徴があるらしく、その2点を軸にして紙の上を滑らせていた。

……ここまででお気付きかもしれませんが、私はこの5分ほど、隣の席の彼女をずっと観察していました。だって、隣の席との間にアクリル板が設置されているカウンター席は、このコロナ下で珍しいものではないが、彼女ほど区切られたパーソナルスペースの幅いっぱいに私物を広げて楽しそうに過ごしている人を、私は見たことがないから。東京のラジオブースでゲストの話を聞き出している時の私の声を、きっと彼女は知らない。それならますます、謎の金属性の器具らしきものの正体を知る彼女の隣に(偶然とはいえ)居合わせておいて、訳を聞かないわけにはいかないんじゃないかと思えてきたのだ。

「何してるんですか?」当たり前だが、彼女は少し驚いた様子を見せた後、「カメラルシダって、聞いたことありますか?」と話し始めた。私が先ほど水晶だと思い込んでいたものはガラスプリズムで、枠の穴から正しい角度で覗き込むと、覗いた先にある物体の姿がプリズムの中で2度反射して、手もとにある紙の表面の画像とが重ね合わさって見える。こうすることで、遠近感の正しい透視画や、本物そっくりの絵を描くことができるのだという。1800年代初頭に生み出されたこの光学装置は、欧米、とりわけドイツやアメリカで活用され、対して日本ではほとんど使われていた形跡はないらしい。なので研究者もほとんどいないのだが、カメラルシダの原理に基づいたテクノロジーは現代まで活かされているのだという。

そして彼女はもともと金沢の出身ではなく、大学入学とともに移り住み、以来定住して研究を続けているのだと言った。研究室から環境を変えて作業をするためにこの喫茶店には10年以上通っているとも言い、こうして「何してるんですか?」と尋ねられることも、カメラルシダの使用方法を教えたり、やってみせたりすることも珍しくないらしい。

予想外の土砂降りから逃れるために立ち寄った喫茶店。おやつの時間というにはまだ早いから、コーヒーだけ飲み終わったらすぐに出ようと思っていたのに、時計の針は5時を回っていた。このお姉さんは初対面の私相手に2時間以上しゃべってくれていたということになる。まだまだ続きが気になるところだが、そろそろ出ようかと思い、楽しい話を聞かせてもらったお礼と別れを告げると、「そういえば、あなたは何をしている人なんですか」と尋ねられた。東京のラジオ局で平日毎日しゃべっています、と伝え、私は店を出た。

山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」
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