「日常のはざまから、日常をはみ出してゆく」第8回横浜トリエンナーレ (BankART Life7を中心に) | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#9 TRAVEL 2024.04.25

神奈川県出身の作家・児玉雨子さんによる地元探訪記。今回は、現在開催中の「第8回横浜トリエンナーレ」を訪れてみました。横浜トリエンナーレは3年に一度開催される現代アートの祭典。2001年にスタートし、今年で8回目。みなとみらい地区をはじめとする横浜の街を舞台に開催され現代アートへの入門編として幅広い人々に親しまれている国際展です。

自由業のわりにはめずらしく落ち着かない春だった。世の中にはもっと多忙なひともいるだろうけれど、なるべくだらけていたい性分なものもあってなんだか毎日慌てていた。あっというまに気づけば桜が咲いては、雨がドサドサ降って花びらが道端にへばりついていた。
3月から始まる横浜トリエンナーレのことを待ち侘びていたけれど、毎日何かしらの用事がちょうどなんともいえない時間に入って、なかなか丸一日どっぷり作品に浸ることはできなさそうだった。そもそも展示のボリュームが膨大なので、一日では回りきれないだろう。

――それなら、細切れに鑑賞すればいいじゃないか! 都市型のトリエンナーレの良いところはこれだろう! と、まとめて観るのではなく時間を見つけては合間に各会場を見て回ることにした。横浜トリエンナーレのチケットは会場ごとにそれぞれ発行される。(ただし一回限り有効)新学期・新年度が始まって目まぐるしい日を送っている方も、学校・仕事帰りやちょっとした日常のはざまに会場に立ち寄る、という想定で読んでみてください。
また、この原稿が公開される間も会期中であること、そして本原稿は解説ではなくエッセイなので、中でも個人的に印象的だった作品について、それらを眺めながら浮かべた想念についてメモを頼りに書いてゆきます。

BankART Station

横浜市西区みなとみらい5-1 横浜高速鉄道みなとみらい線「新高島」駅地下1F
*横浜高速鉄道みなとみらい線「新高島」駅 地下1F

公式サイト

新高島駅
BankART Station

お昼に打ち合わせがあり、都内から東急東横・みなとみらい線の横浜駅に着いたのは15時すぎだった。この日は、みなとみらい線の駅中心に展開される「BankART Life7『UrbanNesting:再び都市に棲む』」を中心に、旧第一銀行横浜支店の展示も観るつもりだ。横浜トリエンナーレでは複数の企画展が催されているが、中でもこの「BankART Life7」は27ヶ所もの空間で展示がされており、パスポート制であるのでチケットがあれば何度でも鑑賞することができる。
さっそく、みなとみらい線「新高島」駅B1階のBankART Stationから巡ることに。単純に横浜駅から近い会場なので最初の場所に決めたのだが、どうやらこれが基本の順路らしい(もちろん、どこから巡っても自由である)

入り口の受付でパンフレットとスタンプカードを受け取り、さっそく中へ。手前には「身ひとつで生きる〜奥能登アートクラフト」展があり、能登半島地震で被災した地域で活躍しているクリエイターの作品(おもに漆喰やうつわ)が展示・販売されている。情けないほどほんの心ばかりであるが募金をしてから、奥へと進んだ。

BankART Life 7 UrbanNesting

入ってすぐの志田塗想+酒井一吉の「Anno Bomb」にさっそく釘付けになる。「代謝された都市の皮」ともよびうる建造物の外装塗装に塗膜を採取して再構築した作品だ。

BankART Station

別メディアだが、すこし前に自分が育った横浜駅についてのエッセイのオファーをもらい、横浜は代謝の激しい都市だということを書いたおぼえがある。読んでくださった方が自分にとっての横浜をSNSに書いていたり、幼稚園からの幼馴染がそのエッセイを偶然読んで感想を送ってきてくれたり、中には「ここ10、20年の様相しか知らないくせに、小娘が一丁前に横浜を語るな!」というお叱りももらったりと、ありがたいことに少し反響があったのだ。(三十代なんてまだまだ若いけど、「小娘」には驚いた)
ひとそれぞれに都市の思い出があり、それほど横浜が活発に代謝と呼吸をしている証拠なのかもしれないと、いろんな感想が目に染み込んでいた。
新しく生まれるものがあれば、剥がれ落ちてゆく過去がある。その過去をただの老廃物とみるか、誰かの記憶の表皮とみるか。眼前に迫るそれに染みついた、見知らぬ人の都市生活へ思いを馳せた。

BankART Station

そして「代謝」はやはり都市を考える上でのキーコンセプトなのだろう。片岡純也+岩竹理恵のそのものずばり「新陳代謝のある都市の風景」にも釘付けになっていた。レシート、テープ、小枝、紙屑、マスク、捨てざるを得ない名もなきゴミなどの身近なものを緻密にコラージュで再配置・再現された伊勢佐木町は、目を凝らすとうんざりするほど日常の断片として映り、中距離では新鮮に、遠く離れて眺めると見知った街の姿に様変わりして、それが楽しくいろんな立ち位置から鑑賞した。

生活と観光の違いのようだった。都市の底で暮らしていると汚さや不便さに辟易とする瞬間があるけれど、観光客としてまるで鳥瞰するように同じ場所を歩くと、なんだかその汚さが親しみやすさへ都合よく解釈されてゆくような感じ。あの「感じ」を作品に表現できるひとの視座から世界を捉え直したら、いったいどんなもので構成されているように見えるんだろう。

BankART Station

それから駅の通路に出る。ここでおもしろかったのは、佐藤邦彦の「Retouch」という横浜の発祥碑を集め、その文字をレタッチで削除した写真の展示だ。物事の始まりを記録する石碑なのに、なんだか墓石のようなしずかな佇まいで撮影されている。中でも金沢の「海水浴発祥 宮の前海岸跡」のそれに息を呑むような気持ちになりながら、「海水浴発祥」って何? はじまりがあるの? というツッコミもないまぜになって頭の中でさまざまな疑問が飛び交った。

海水浴という営みを疑わずに今日まできたけれど、そうか、魚や貝を獲ったり宗教的目的なしに、ただ浜辺でのんびりしたりちょっと細波に爪先をつけてみたり、ただ海と遊びながら陽の光を浴びるという行為は、改めて考えてみるとけっこう不思議な行為だ。いろんな営みの「発祥」がおもしろくて、ここからもなかなか離れられなかった。

それからみなとみらい線に乗り、「馬車道」駅へ。馬車道からは複合施設「KITANAKA BRICK&WHITE」にあるギャラリー「BankART KAIKO」と、旧第一銀行横浜支店の会場へ行ける。
さて、新高島でじっくり作品を観たので、時間は17時に迫っていた。2020年に旧帝蚕倉庫の一棟を復元した施設内にオープンして以来、気にはなっていたがなかなか行けなかったBankART KAIKOを先に回ることにした。

BankART KAIKO

横浜市中区北仲通5丁目57-2  KITANAKA BRICK&WHITE 1F
*横浜高速鉄道みなとみらい線「馬車道」駅2a出口直結徒歩1分
*JR根岸線・京浜東北線・横浜市営地下鉄ブルーライン「桜木町」駅東口より徒歩8分

BankART KAIKO 横浜トリエンナーレ
BankART KAIKO 横浜トリエンナーレ

ここではパピーズパピーズの展示で足が止まった。壁に設置された手指消毒器に圧倒される。パピーズパピーズは幼少期に脳腫瘍の手術を受け、さらに親は医療従事者だったそうで、手指消毒器が身近にある生育環境だったのがこの作品の創作のきっかけのひとつになっているらしい。その上には、トランスジェンダーをめぐる日米の出来事の年表が展示されていた。

ところで、展示のひとつとして、ペッパーがパピーズパピーズの紹介をしてくれるのだが、そのロボロボしい合成音声にちょっと驚いてしまった。というのも、ここ数年は仕事のツールとしてAI合成音声ソフトを使っており、こんなに不自然な、いかにも打ち込みっぽい合成音声というのを最近あまり聴いていなかったのだ(最近のAI合成音声ソフトは発展めざましく、今や生身の人間の声と聞き分けられるひとはあんまりいないんじゃないかな……)。これに関してはパピーズパピーズになんの責任もないのだが、不自然さをある程度温存させられているロボットというのもどうなんだろうか、考えて込んでしまったのは事実である。

旧第一銀行横浜支店 Pepper

感情の渦を抱えながら、旧第一銀行横浜支店へ漂うように向かうと、「本日は終了しました(closed)」の看板が自動ドアの前に立っていた。時計を見ると、閉館時間である18時を数分超えていた。ここで、今日は時間切れ。ペッパーについてのあれこれに思いを馳せすぎてしまった。仕方ないので外から会場内をしばらく眺める。私は一体、何やっているんだ……。

それから自分の時間の管理の悪さを呪いながら、このままでは帰りたくない! とアイドルソングのような気持ちが湧き上がり、馬車道から中華街まで行って朝陽門すぐにある「王朝」の北京ダック巻きをテイクアウトし、店先のベンチに座って食べて、想定していたスケジュールをはみ出してぼんやりしていた。

旧第一銀行横浜支店

北京ダック専門店 王朝

横浜市中区山下町78-6
*横浜高速鉄道みなとみらい線「元町・中華街駅」1番出口 徒歩1分

第一銀行横浜支店 児玉雨子

芸術の鑑賞って、そこに込められた願いや祈りや怒りを解釈する気力がいるのはもちろん、私はこんなふうに思考が飛んでしまうのもあって、ついつい鑑賞に時間がかかる。完璧に回れなくても、横浜トリエンナーレは会場ごとのチケットなので、会期中であれば別日に行くこともできるので助かった。BankART Life7に至ってはパスポート制であり、何度か作品を見返して解釈を深めることもできる。サクサク効率よく鑑賞する必要はない。自分のペースで、非効率的に受け止めていいのだ。
 ……いや、それにしても、間に合わないオチって情けないな……。いくらなんでも我ながらこんなの落ち込むよ……。

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