ハナコラボSDGsレポート スーツに性別は関係ない。Xジェンダー当事者がつくったオーダースーツブランド〈keuzes〉
ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足!毎週さまざまなコンテンツをレポートします。第61回は、ライターとして活躍する五月女菜穂さんが、オーダースーツブランド〈keuzes(クーゼス)〉代表の田中史緒里さんに話を伺いました。
「成人式でも、結婚式でも、着たい服が着れなかった」
ーー2019年12月に〈keuzes〉を立ち上げて、現在3年目ですね。
「はい。ずっと一人でやっていたのですが、仲間も増えて、じわじわと認知が広がっていってるという実感があります」。
ーー改めて、どういう経緯で〈keuzes〉を立ち上げたのか教えてください。
「自分が一番最初にスーツに困ったのは、高校生のときでした。成人式で振袖は着たくないし、スーツはあるのかなと思って探してみたんですけど、まず探し方が分からなかった。なんとか見つけたネット質問板に『LGBTQも着るメンズスーツはありますか?』という質問があって、そこには『大手スーツ量販店で買えるよ』と書いてあったんですね。
家の近くにも大手スーツ量販店はあったんですけど、店舗で『メンズスーツがほしい』と言ったときの店員さんの反応や、知り合いが店舗にいるかもしれないということを考えたら、店舗に行く勇気はなくて。成人式自体を諦めました。
次に困ったのは、結婚式。18歳の時に上京して、20歳ぐらいのときに友達の結婚式に呼ばれたんです。その当時もスーツを探したんですが、やはり情報は変わってなくて。LGBTQという言葉もそのときに知ったので、『LGBTQ』『スーツ』とネットで調べてみたけど、やっぱりなかった。そのときは、〈H&M〉でセットアップっぽい感じの服を買って、結婚式に出ました。
初めての結婚式だったので、すごく幸せな気持ちになった一方、服を探すのが大変だったので、今後もこういう大変な思いをしていかないといけないのか…服装についてずっと悩んでいくのか…と思い始めて、複雑な気持ちになりました。
いまどきネットでも、東京でも買えないものがあるんだなと思いました。もう自分で行動した方が早いかなと思って。何人かの友達に、自分と同じような悩みを持ってる人がいたことも後押しになりましたが、大前提は自分のために始めましたね」。
ーーとはいえ、一からブランドを立ち上げるのは大変だったのでは?
「アパレル業界で働いた経験も、スーツの知識も何もなかったので、まず工場に電話をかけることから始めました。その中で判明したんですけど、普通のカジュアルな服とスーツは工場が別なんですね。特殊技術が必要で、スーツ工場はスーツしか作らないのですが、その中でもさらにメンズとレディースで分かれているんです。
メンズスーツを作っている工場に『小さいサイズを作ってくれ』と言っても、型紙がないから作れない。解決の糸口が見えない中、1社だけ『どうしてメンズスーツを作りたいのか』理由を聞いてくれる工場がありました。
実際にお会いして、自分自身のジェンダーの話をした上で、いまネットでいろいろ買える世の中で、唯一スーツだけはないんだ、高校生のときからずっと情報が更新がされないんだと熱く語ったんです。そうしたら、興味を持ってくださって『じゃあうちでつくってみるか』と了承してくださった。型紙がないことには始まらないので、パタンナーさんを探して、いちからメンズスーツをつくることになりました。いまでもその工場とはお付き合いさせていただいています」。
ーー田中さんはXジェンダーということを公言されていますが、ご自身の一番の悩みはやはり服装に関することだったんですか。
「そうですね。むしろ服装にしか悩んでいなかったです。当事者だから辛いこともたくさん経験してきているのだろうとよく思われるんですが、正直、人生の中であまり辛いと感じたことがないんですよね。本当に唯一、どうしようもないなと思ったのがスーツだったんです。
普通の服装はちょっと大きいサイズを着ていたら、それはそれでおしゃれで成立していたんですけど、スーツはちゃんとした場所で着るもの。サイズ感も正直ごまかせなくて、自分の中で唯一『壁』だなと思っていたんです」。
ーー〈keuzes〉のスーツを着ているみなさん、本当に生き生きしてますよね。
「そうですね。スーツが届いたあとに、お礼の手紙をよくいただきます。みんな長文で。『スーツを通して、人生が変わった』というような内容を見ると、もともと自分のために始めた〈keuzes〉が広がっていくのが嬉しいし、そういう声がやりがいにつながっています」。
ーー印象的だったお客様は?
「いままで自分のジェンダーについて、友達にも親にも話したことがなかったお客様です。成人式のタイミングで、振袖ではなく〈keuzes〉のスーツを着たいと打ち明けたら『いいじゃない』と両親からも友達からも褒められたそうなんです。『自分自身の話ができることって、こんなに楽なんだと知る機会になった』と仰っていました。もちろんいい商品を届けるということは大前提なんですが、そういうお話を聞くと、本当にうれしいですね」。
ーー実際にはどうやってスーツを仕立てていくのですか。
「ご連絡をいただいたら、基本的にこちらからそのお客様のもとに出向きます。これまで北海道から沖縄まで全国を回ってきました。
実際にお会いしてじっくり要望を聞きながら、採寸をして、デザインや仕様を決めて、仕立てていきます。繁忙期によって納期は異なるのですが、大体1ヶ月半ぐらいでお渡しできると思います」。
ーー〈keuzes〉は、オーダースーツのほか、生理用ナプキンがつけられるボクサーパンツを販売したり、さまざまなジェンダーを対象にしたオリジナルウェディングの事業を展開したりもしていますよね。これも田中さんの課題意識から生まれたのですか。
「いえ、〈keuzes〉のお客さんと話している中で生まれてきた事業です。
本当はボクサーパンツを履きたいけれど、生理が来たらナプキンがつけられないから、女性用の下着を履かざるを得なくて、しんどい。そんな声があって、確かにそうだろうなと思って、〈keuzes〉としても何かできないかなと考えたことがきっかけですね。
ウェディングの事業に関しては、自分としては、自分が当事者という意識を持ち始めたときから、結婚なんて考えたこともなかったし、〈keuzes〉でウェディングの事業をするなんて思ってもいなかった。でも、〈HAKU〉のブランドマネージャーの柴田奈々子さんが『結婚式は結婚した人だけができるものではなく、プロポーズする場所でもいいし、大切な人に想いを伝える場所でもいいし、大切な人を大切な人たちに見てもらって、一緒にお祝いする場でもいい。結婚式にいろいろな意味を持たすことができるんだよ』と言っていて。
その言葉で自分の中でも結婚式のイメージが変わって、一緒にサービスを始めることにしました」。
ーー事業を通して感じる課題はありますか。
「新しい職場で働くため、〈keuzes〉でスーツをつくったのに、いざ着ていったら『なんでメンズスーツなんて着ているの?』と上司に言われたというお客様がいました。LGBTQへの理解が進んでいるとはいえ、まだまだ偏見が残っているところはあるんだと思います。
一方で、当事者ではない人たちは、目の前の人に『当事者なんだよね』と打ち明けられても否定する気持ちなんてなくて、逆にどうしたら傷つかないだろうかとすごく考えてくれてる人たちが多い気もしていて。
よくLGBTQという部分が大きく取り上げられることが多いですが、〈keuzes〉は別にLGBTQのためだけのブランドではないんです。自分と同じように服装に対して困ってる人に多く届いたらいいなと思ってはいますが、スーツに性別は要らない、LGBTQとそうでない人たちとの壁を取りたい。そう伝えたいだけなんです。その伝え方や言葉の使い方は難しいですね」。
ーー今後の展望を教えてください!
「やはり全国を回っていて、〈keuzes〉を始めなかったら、きっと出会えていなかった人たちに出会えたと思っています。お客さんとお店の人という関係性では終わらせたくないので、みなさんの力を借りながら〈keuzes〉を一緒に成長させていきたいですね。
それに、地域によっては、初めて当事者の人と話しましたといってくれるお客様もいるんです。初めて悩みを打ち明けられたという人もいるんです。〈keuzes〉という一つの共通点があるわけだから、そういう意味ではみんなが繋がれる場所やイベントはいつかやってみたいなと思います」。