J SONGBOOK 日本の音楽を学ぼう! 心に刺さるラブソングの名作を読み解く。国語辞典編纂者・飯間浩明さんが選りすぐりの10曲を解説! LEARN 2022.08.11

ラブソングは時代によって歌われるテーマや内容が変わるが、歌詞を読み解けば世界は広がり、さらにおもしろくなる。辞書編纂(へんさん)者で歌詞解説も話題の飯間浩明さんに選りすぐりの10曲を解説してもらった。

今日性のある表現で、恋愛観をアップデートする。

辞書を作る者として、ぜひ注目してほしいのが新しい言葉。『Pretender』にある「世界線」はゲームから広がった言葉で、いくつかある世界の進む方向から選択するという意味。それを踏まえて歌詞を見ると、“君”と“僕”は違う道を歩んでいたら「グッバイ(別れ)」にならなかったのではないかと読み解けます。一方、『恋降る月夜に君想ふ』の「Kissフラグ」は、コンピューターのプログラミング用語「フラグ」からきています。ゲームなどで後の展開を示唆する「主人公に死亡フラグが立つ」などの表現が広まったことから、2人の雰囲気がキスをしてもおかしくない状況になっていることが伝わってきます。今時の言葉を使い、昔にはなかった見方をする。恋愛の概念、世界観の捉え方が変化していくのはおもしろいですね。

多様化する結婚ソングを自由に解釈する。

『トリセツ』は、自身を取扱説明書に例えて主張する女性目線の結婚ソング。自身に都合のいいことばかりを言っていて興味深い歌詞なのですが(笑)、私はさだまさしさんの『関白宣言』のアンサーソングなのではないかと考えます。『関白宣言』は男性目線に対し、『トリセツ』は女性目線。時代が進み、女性からの視点に変化が起きていることがわかります。男性が歌うと男性視点、女性が歌うと女性視点になりがちですが、それを超越しているのが『家族になろうよ』です。「わたしとおなじ泣き虫な女の子」とあるので女性視点かと思いきや、歌詞の内容は男女関係ない。福山雅治さんは、誰でも入り込めるように工夫しているのかもしれません。男女別の目線に捉われなくなった、新しい形の結婚ソングです。

異彩を放つ歌姫たちのワードセンスに注目。

ロマンチックなタイトルや歌詞が多かった1990年代後半に、異彩を放っていたのがこの2曲。『そばかす』は「大キライだったそばかす」から、いまはそばかすが嫌いではない、恋が終わった曲だとわかります。「角砂糖と一緒に溶けた」で、角砂糖のようにこの恋はどうでもよかったと表現することで、失恋ソングのはずなのに、曲調も相まってポップに聞こえます。同様に、タイトルで驚いたのが『カブトムシ』。「甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし」と、恋をしてあなたの甘い匂いにやられた自身をかぶとむしに例えているのが強烈です。花や鳥などロマンチックなものに例えず、かぶとむしをぶつけてくるのがおもしろいですよね。ほかにはないラブソングだからこそ、今になっても色褪せないのだと思います。

言葉の発明がラブソングの世界を広げてくれる。

2人は、まさに言葉の発明者。自身の感性で言葉を紡ぐことで、新しい世界を広げています。例えば『恋』にある「指の混ざり」は、従来なかった表現です。恋人つなぎなら「指をからめた」などと普通は言いそうなところです。「夫婦を超えてゆけ」も同様で、どういう意味かすぐにはわからない。色々な想像が膨らみますが、星野源さん自身は、案外ノリで作詞した部分もあるのかも。『愛を知るまでは』の「がむしゃらに怒って」もずらした表現です。「がむしゃら」という言葉は物事を必死に行うことで、「がむしゃらに働く」などと言いますね。後ろに「怒る」が来ると予想する人は少ないはずです。普通の言い方をあえてずらすことで、違和感を与え、新しい印象を残すという効果を出しています。

テクニックが光る、大御所たちが描くラブソング。

大御所の言葉遣いはやはり巧み。歌詞を読み解くことで、より深く楽しめます。『奇跡~大きな愛のように~』では、「本当の愛は多分知らない」と断言して、相手を不安にさせてから「神様に負けない」とひっくり返す反語法がポイント。そのあとで、たたみかけるように愛の気持ちを綴る、さだまさしさんの戦略を感じます。『Woman“Wの悲劇”より』は、和歌と同じ世界観を共有しています。「ああ時の河を渡る船にオールはない 流されてく」は、オールを失った船のようにどちらに行くのかわからない状況を表していますが、百人一首「由良の門(と)をわたる舟人 楫緒(かぢを)たえ 行方もしらぬ恋の道かな」を踏まえると、恋の不安と重ねていることが読み取れる。作詞家・松本隆さんのテクニックが光る一曲です。

Profile…飯間浩明(いいま・ひろあき)

国語辞典編纂者。『三省堂国語辞典』編集委員。主な著書に『日本語はこわくない』(PHP研究所)などがある。

(Hanako1211号掲載/text : Moe Tokai edit : Kana Umehara)

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