人生を切り開くヒントを学ぶ!信念を貫き通した女性偉人4人の名言とは?
2018.11.18

「ラッキーだったんじゃないわ、私はそれにふさわしかったのよ」 人生を切り開くヒントを学ぶ!信念を貫き通した女性偉人4人の名言とは?

樋口一葉に平塚らいてう、ナイチンゲール、マーガレット・サッチャー…逆境に置かれながらも、信念を貫き通した女性偉人4人。彼女たちのバイタリティを感じる名言を、真山知幸さんをナビゲーターにお迎えしてお届けします。

編集部 / Hanako編集部

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樋口一葉/小説家「身をすてつるなれば 世の中の事 何かはおそろしからん」

父の病死により、樋口一葉は17歳で母と妹を支える一家の大黒柱に。生活費を稼ぐために始めたのが、小説の執筆だった。困窮して21歳で雑貨屋の店主へと転身するも、うまくいかずに閉店。この時の実体験から生み出されたのが、名作『たけくらべ』である。貧困のなか背水の陣で挑んだ一葉ならではの言葉。

樋口一葉(ひぐち・いちよう)/1872~96年。東京都生まれ。86年中島歌子の萩の舎塾に入門。貧困のなか、94年の『大つごもり』で独創的境地を開き、文壇に絶賛される。

平塚らいてう/社会運動家・評論家「元始、女性は実に太陽であった」

平塚らいてうは22歳のときに、夏目漱石の門下生で妻子もある森田草平と雪山で心中未遂を起こす。「塩原事件」と呼ばれるこの騒動にマスコミが食いつき、らいてうは結婚も就職もままならなくなった。どん底のなかから、知人の勧めで、女性だけで作る『青鞜』を創刊。創刊の辞として書いたのが、この言葉である。

平塚らいてう(ひらつか・らいちょう)/1886~1971年。東京都生まれ。『青鞜』を創刊した後、1920年に〈新婦人協会〉を組織し女性参政権運動を展開、第二次大戦後も女性運動に活躍した。

ナイチンゲール/看護師「あきらめなどという言葉は私の辞書にはない」

クリミア戦争で負傷した兵士を敵味方の区別なく看護し、「白衣の天使」と呼ばれたナイチンゲール。看護師を志望したのは24歳の時だったが、イギリス貴族の令嬢だったため、親からは大反対を受けていた。31歳でようやく看護師として独立。この言葉通り、決して信念を曲げずに、病院の衛生管理の指導や普及に邁進した。

ナイチンゲール/1820~1910年。現イタリア・フィレンツェ生まれ。負傷兵たちへの献身や統計に基づく医療衛生改革を行ったことで近代看護教育の母と称される。

マーガレット・サッチャー/政治家「ラッキーだったんじゃないわ、私はそれにふさわしかったのよ」

英国史上初の女性首相、マーガレット・サッチャーは、自由市場経済と個人の選択の原理を強く支持して英国経済を改革。強硬で妥協しない政治姿勢から「鉄の女」と称された。その片鱗は9歳の時にすでにあり、学校で表彰された時に放った彼女の言葉がこれだ。女性の実行力の高さについては次のようにも表現している。「何か言ってもらいたいなら、男性に聞きなさい。何かしてもらいたいなら、女性に聞きなさい」

マーガレット・サッチャー/1925~2013年。イングランド中東部グランサム生まれ。3 度目の立候補で保守党下院議員に初当選。1979年、英国史上初の女性首相となる。

ナビゲーター・真山知幸さんとは?

真山知幸(まやま・ともゆき)/ライター。偉人にまつわる著作多数。『君の歳にあの偉人は何を語ったか』(星海社新書)、『天才100の名言』『不安な心をしずめる名言』(共にPHP研究所)など。名古屋外国語大学で現代国際学特殊講義を担当。

(Hanako1125号掲載/Illustration:Shinji Abe text:Tomoyuki Mayama, Rio Hirai)

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