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雪山? いえいえ、はんぺんです!
江戸時代から愛されてきた〈神茂〉の手取りはんぺん
東京・日本橋で江戸時代から愛されている〈神茂〉。今も職人がひとつひとつ手作りしている「手取りはんぺん」のおいしさの秘密は、他とは違う材料にありました。
雪のように真白く芳醇な〈神茂〉の手取りはんぺんができるまで
創業三百三十余年。かつて日本橋に魚河岸があった時代から、この地に歴史を刻む〈神茂〉。歌舞伎役者がおでん種の「すじ」にかけて、筋のいい若手が出てくると「あの野郎、ちょいとカンモだねえ」なんてシャレた隠語で褒めたという逸話もあるほど、練り物で知られる名店だ。

名だたる料亭や寿司店も贔屓にする蒲鉾やはんぺんを、日本橋に構える本店の地下工房で、今も職人が真摯に手作りしている。なかでも看板の一つが、あの四角錐のフォルムが美しい「手取りはんぺん」。今やはんぺんの原材料がタラやイトヨリが中心になる中、〈神茂〉は江戸中期から変わらぬサメ肉のみを使い、〝本来の〞はんぺんを作り続ける希少な一軒だ。

「1680年ごろ、〈神茂〉の前身である〈神崎屋〉の5代目が日本橋にあった魚河岸でサメ肉を買い、蒲鉾の技術ではんぺんを製造したのが始まりです。当時サメのヒレは幕府の重要な輸出品で、ヒレ以外の部位を魚河岸で売っていたんですよ」と、18代目店主・井上卓さん。

工房は毎朝、サメを捌く工程からスタートする。気仙沼や焼津など各地の漁港から直接届くサメを2種類使用。身が締まって味わいの濃いアオザメと、はんぺんのベースとなるヨシキリザメを4:6のバランスで合わせる。ヨシキリザメは〝水ザメ〞と異名を持つほど身が柔らかく、軽やかな口どけに不可欠だ。

「捌くときに大事なのは血合部分をきれいに取り除くこと。血合が混入すると消化酵素がタンパク質を分解し、はんぺんの食感が損なわれてしまうので」(井上さん)。そうした切り身の良い部分のみを濾し機にかけ、筋を取ったものが一度しぼり(または一番肉)。この一度しぼりだけを使い、塩、山芋、卵白、みりんなどを加えながら石臼で45分ほどすり上げていくと、ピンク色を帯びていた生地が空気を含んでボリュームを増し、やがて純白になっていく。
さらに二度目の「濾し」でキメを整えたら、いよいよあの特徴的なフォルムを作る「手取り」の工程へと移る。木型と狭匙と呼ばれる木ベラを使い、タン、タン、タンッ、タンッ、とリズミカルに四辺を切って中央を尖らせていく。手早く型取りすることで、ふっくらと空気を含んだ極上の食感に仕上がる。これぞ〈神茂〉伝統の技、見ていて実に小気味いい。

茹でてふくふくと膨らんだ手取りはんぺんは、口に入れるとシュワッとエアリーにとろけ、芳醇で濁りのない旨味があふれ出る。保存料に頼らない昔ながらの製法だからこそ、はんぺんは本来、こんなにも素材の旨味に富んでいることに気づかされるのだ。

「原価も手間もかかるから大変だけど、これを待っている料理人やお客さんがいる限りやめられない」と笑っていた井上さん。既存の〝はんぺん観〞が覆るほどの味わいは、江戸期から受け継ぐ心意気が支えている。
神茂 本店
住所:東京都中央区日本橋室町1-11-8
TEL:03-3241-3988
営業時間:10:00~18:00(土~17:00)
定休日:日祝休
HP:https://www.hanpen.co.jp/
かつて宮内省の御用も務めた老舗練り物店。「御蒲鉾」2,052円など名作多数。