美味しさの秘密 愛知県のパンがアツい!
今注目すべき麹を使ったパンの店8軒

FOOD 2023.10.07

パンの世界で、近年注目を集めている麹。発酵食が豊かな愛知では、麹を使うパン職人が増えている。日本固有の発酵菌は、一体どんな美味をもたらしてくれるのか? なぜ麹に魅了されたのか? その理由と、そんな麹を使ったパンの名店8軒を紹介する。

麹がパンにもたらす効果

まずは麹の魅力から。

麹は、小麦のでんぷんを糖に、たんぱく質をアミノ酸に分解し、日本人好みの甘みとうまみをパンにもたらす。米麹であれば、米の香りがほんのり漂う。麹によって、生地に粘りが出て膨らみも増し、柔らかく口どけもよくなる。さらに、生地が麹の酵素で分解されるため、消化がスムーズで胃腸に優しい。独自の味と食感を求めるパン職人が麹を取り入れるのは、必然といえるのかもしれない。

蒸した米に麹菌をつけ、およそ2日間、手間暇をかけて麹をつくる。宮本貴史さんと、母国スイスで豆腐とオーガニックの店を営むインターンのミルコさん
蒸した米に麹菌をつけ、およそ2日間、手間暇をかけて麹をつくる。宮本貴史さんと、母国スイスで豆腐とオーガニックの店を営むインターンのミルコさん

麹は酵素、アミノ酸、ビタミンBを含み、免疫力を高めるなど様々な健康効果がある。〝体にいい〞ことが注目される理由なのは確かだが、何より日本人の嗜好になじむことが広く親しまれている要因。パン業界でも、麹を使う職人が増えつつある訳もそこにある。特にその動きが顕著なのが愛知県。なぜ愛知で麹パンなのか?
 
その理由を求めて当地の麹生産者を訪ねた。

黒麹(左)は5個5,725円。黒麹甘酒(左)は3個2,460円。
黒麹(左)は5個5,725円。黒麹甘酒(左)は3個2,460円。

「愛知は昔から、味噌、みりん、日本酒など醸造業が盛ん。うちでも米麹、豆麹、麦麹をつくっています」と〈みやもと糀店〉の宮本貴史さん。同店は、全国でも珍しい、多様な麹を一般消費者に売る専門店だ。味噌や麹づくりのワークショップも開催し、参加者は、年間およそ1000人にもおよぶ。麹は海外からの注目度も高く、麹づくりを学びたいとやって来る外国人も。この日、作業を手伝っていたインターンのミルコさんは「スイスで豆腐屋を経営しています。麹をつくれるようになり、味噌も販売していきたい」と話す。

みやもと糀店

住所:愛知県西尾市西幡豆町市場25-1
TEL:0563-62-6023
HP:https://miyamotokojiten.com/

愛知県の海辺で、農園と合わせて営まれる麹の専門店。「百姓麹」を標榜し、無農薬・無化学堆肥で栽培した自家農場の原料などを使って麹をつくる。1~4月には味噌・醤油仕込みの会を開催。麹や大豆などはオンラインショップのみで販売する。

麹王国愛知の麹パンの店

麹を使うパン屋が全国的にも多い愛知県。新進気鋭の8店を紹介する。

涼太郎(名古屋市)

麹パン100%! 味噌や醤油も自在に操る麹使いの達人。
「麹が生み出すうま味が日本人には合う。DNAにしみ込んだ嗜好だと思います」という渡邉涼太郎さん。自身の名前を冠したブーランジェリー〈涼太郎〉では、何と毎日焼く50〜60種のパンのすべてに麹を使っている。

パンにはそれぞれ使用している材料などを明記した札がつく。惣菜パンやあんパンなどの菓子パンも充実しているが、どれも「生地を味わってもらうことが一番の目的」。
パンにはそれぞれ使用している材料などを明記した札がつく。惣菜パンやあんパンなどの菓子パンも充実しているが、どれも「生地を味わってもらうことが一番の目的」。

パンの種類によって様々な麹調味料を使い分ける。バゲット形のその名も「糀パン」には豆味噌、三河みりん、甘酒、醤油麹、麹湯種を使用。「田舎パン」には麹湯種、醤油麹、豆味噌。クロワッサンには醤油麹と麦麹と豆味噌。食パンには醤油麹などの自家製発酵調味料…。

食パンや麹パンで仕込んだ甘酒(手前)や、フランス産小麦やライ麦+スペルト小麦(小麦の原種)を使った湯種。
食パンや麹パンで仕込んだ甘酒(手前)や、フランス産小麦やライ麦+スペルト小麦(小麦の原種)を使った湯種。

「組み合わせによって全く違った持ち味になるんです」と語り、様々な麹や麹を原料にする調味料を使いこなしている、と渡邉さん。どこか懐かしい和のうま味を感じる食パン、バリッと力強い食感の後でじんわり優しい風味が広がるクロワッサンなど、どのパンも噛みしめるほどに日本人好みのうま味や甘みを感じられる。

麹パンの生地。甘酒と醤油麹を使い、もっちり感とうま味、ほのかな酸味がある。
麹パンの生地。甘酒と醤油麹を使い、もっちり感とうま味、ほのかな酸味がある。

麹に興味を持ったのはフランスでの修業時代。異国で、日本の食の魅力を見つめ直した時に真っ先に浮かんだのが味噌や醤油などの発酵食品だった。麹に対する探究心は独立後ますます深まり、みりん蔵とコラボするなど、醸造王国・愛知の恩恵も存分に享受。昨年は〈みやもと糀店〉に2週間住み込み、麹づくりをあらためて学んだ。

「おいしくなるのはもちろんのこと、麹の酵素が生地の段階からデンプンを糖に、たんぱく質をアミノ酸に分解してくれるので、消化がスムーズで胃腸に優しい。体に負担をかけずに食べられるんです」と渡邉さん。ついもう一個と手が伸びてしまう、何度食べても飽きがこない魅力は、麹の力によってもたらされているのだ。

涼太郎

住所:愛知県名古屋市瑞穂区弥富町茨山21-1
TEL:052-880-4965
営業時間:10:00 ~ 18:00(なくなり次第終了)
定休日:月火休

名古屋市の郊外に2018 年オープン。喫茶店だった物件を改装した店舗はアンティークの調度品を上品にレイアウト。オープンキッチン式で、店主の渡邉さんがパンの説明をすることも。 

パン屋 二兎(扶桑町)

おいしく安全なパンを求め、行きついた自作麹。
「納得できる香りを求めて半年ほど前から麹を自分でつくるように。最近はかなり安定してできるようになってきました」朴訥な話しぶりの奥に芯の強さを感じさせる店主の若山和俊さん。麹の魅力に気づいたのは20年ほど前、最初の修業先でだった。

「バゲットにうま味があるなと思ったら、麹が生む酵素によるものだった。次の店でもやはりバゲットの小麦に麹が入っていて、その頃から自分でも研究するようになりました」
 
若山さんがキャリアを積んだ店には愛知県の人気店がいくつか含まれる。この地域では、比較的早くから麹パンを食べる機会に恵まれていたというわけだ。

麹を使って仕込む生地は4種類。食パン、クロワッサン、ブリオッシュ、チャパタに使っている。「麹が生み出すうま味成分に具材のうま味が合わさると、相乗効果が表れます」といい、麹は1種類でも、小麦粉や具の組み合わせによって幅広い味わいを生み出せるという。
 
一方で扱いには細心の注意が必要。「発酵しすぎると酸味が出たり、小麦の香りを邪魔するという測面もあるので、発酵具合をうまく調整するのに最初は苦労しました。また、麹種をほかの種とブレンドした場合、長所を消し合ってしまったり、全粒粉や黒糖など茶色いもので種継ぎするとよくない香りが出たりする。ただ麹を使えばいいというわけではなく、いろいろと試行錯誤しながらやっています」

店内に古家具の大きなテーブルが置かれ、20種ほどのパンが並ぶ様はギャラリーのよう。
店内に古家具の大きなテーブルが置かれ、20種ほどのパンが並ぶ様はギャラリーのよう。

店舗の横の畑で育てたナス、大葉、バジルなどの野菜をパンやキッシュの具に使ったり、実験的に小麦の栽培も。商品の札には原料の産地や生産者の名前なども記されている。顔が見える安全安心な材料を使いたい。そんな思いが麹から手がけるパン作りにもつながっている。

パン屋 二兎

住所:愛知県丹羽郡扶桑町高雄堂子19
TEL:0587-75-1273
営業時間:10:00~売り切れ次第終了
定休日:日月休

2018 年オープン。郊外にある民家のような目立たない店舗だが、パンはもっちりした噛み応えから深い滋味が広がるおいしさで、毎日午後早い時間には売り切れる。

KISO(名古屋市)

福岡の名店〈パンストック〉で出会ったパン職人とバリスタ、2組の夫婦の共同経営によるベーカリー&カフェとして2021年にオープン。朝8時の開店前から連日行列ができる人気店だ。

開店時間に合わせて陳列台には40〜50種のパンがズラリと揃う。ハード系から調理パン、あんパンなどの菓子パン…。全方位型の商品構成やおしゃれな店づくりは、間口を広げて多くの人がパンの魅力にハマるきっかけになれば、という思いから。

「店の雰囲気を気に入って足を運んでくれるお客さんが、ここでいろんなパンを食べるうちにハード系や、固そうに見えても高加水と麹の力で独特の柔らかさもある魅力に気づいてくれれば、と思っています」と店主の加藤耕平さん。敷居は低いが、パン作りに対する志は高い。開店当初から探求心旺盛に麹を取り入れ、店頭に並ぶパンのおよそ半分に使用している。

「麹の持つ酵素の力に興味があったんです」と言い、「麹がでんぷんを糖に分解することで口溶けがよくなる。米麹をさらに発酵させると日本酒のような香りが出て、パンにほのかな風味を付与してくれます」とその多様な特性でパンの個性を引き出している。

愛知県一宮市出身の加藤耕平さん。開業した後、醸造文化が豊かな地元の魅力に気づいたという。
愛知県一宮市出身の加藤耕平さん。開業した後、醸造文化が豊かな地元の魅力に気づいたという。

麹は特に国産小麦と相性がいいという。「小麦は国産を中心に15種類ほどを使い分けています。例えば、北海道産のキタノカオリは持ち味のもちもち感が、麹を加えることで、より口溶けよく仕上がります」(加藤さん)

発酵食品は食べ続けるにつれ舌がおいしさに親しんでいくもの。ここではじわじわと伝わるパンそのものの味わいと、調理パンの具などインパクトあるおいしさを両立させている。店のスタイルもパンのおいしさもハイブリッドなのだ。

KISO

住所:愛知県名古屋市昭和区広見町1-7
TEL:052-890-8510
営業時間:8:00~19:00(木は10:00~カフェ営業のみ)
定休日:火水休
席数:16席

福岡で出会った2人が郷里の愛知に戻って開業。店名は、技術や生活の“基礎”を大切にしたいとの思いと、2人の出身地を流れる“木曽川”にちなんだもの。

麹を使う愛知のパン屋

今回紹介した3軒のほかにも、様々な形でパン作りに麹を取り入れるベーカリーが愛知県内に点在する。ここでは注目の5軒を紹介。麹の奥深さに出会えるはず。

豊市パン

住所:愛知県豊橋市駅前大通1-135 2F
TEL:0532-54-3911
営業時間:10:00~20:00
定休日:無休

1396年創業、日本最古の豊橋〈糀屋三左衛門〉の米麹を使う。麹の酵素でグルテンを溶かし、体にやさしい麹ならではの食感のパンに。

aime le pain

住所:愛知県瀬戸市南仲之切町60-8
TEL:0561-69-2636
営業時間:10:00~売り切れ次第閉店
定休日:日月火休

パン職人の夫婦が、2019年7月にオープン。麹を使い、食感は柔らかく、口溶けがよいパンを提供する。

製パン 雅

住所:愛知県名古屋市千種区日進通3-20
TEL:052-753-3082
営業時間:10:00~18:00
定休日:月火水休

麹を使うことで口溶けのいいパンを作る。今後は、地元愛知の銘酒「蓬莱泉」を醸す〈関谷醸造〉の麹を使う予定。

ESPRIT NAGOYA

住所:愛知県名古屋市東区東桜1-1-1
TEL:052-228-4250
営業時間:8:00~20:00(店内利用は20:30まで可)
定休日:無休
席数:67席

砂糖の甘みではなく、小麦本来の甘みを引き出すために、ホップ種や生地に麹を使用している。

笑門ベーカリー

住所:愛知県江南市般若町前山79-1
TEL:080-4309-5526
営業時間:11:00~14:00 火金のみ営業

米麹の酵母を使うことで、食パンはほのかに優しい甘みに。カンパーニュは、より香ばしく焼き上がる。  

photo_Tetsuya Ito text_Toshiyuki Otake

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