駒場東大前をぶらり。歴史の残り香を捕まえて|花井悠希の「この街この駅このパン屋」 FOOD 2023.01.05

ヴァイオリニストの花井悠希さんがお届けする、新しいカタチのパン連載。1つの駅、1つの街にフォーカスを当て、ここでしか出会えないパン屋さんを見つけていきます。

始まりました、新連載!

その名も「花井悠希の『この街この駅このパン屋』」。駅に降り立ち、街をぐるりと見渡してみる。実際に降り立たなければ分からない街の音や香り、彩り、空気。耳を澄まして、じっと見つめて、鼻をクンクンさせて…と、五感をフルに使って街を味わう感覚は、パンと向き合うときと少し似ているかも?
こちらの連載では、毎回1つの駅、1つの街にフォーカスを当て、この街この駅だからこそ出会えるパン屋さんを見つけていきます。パン屋だけじゃなく街も引っくるめて味わい尽くそうというわけです。

今回の街…駒場東大前駅周辺

そんな新連載第1回目に取り上げるのは、京王線「駒場東大前駅」。改札を通り抜け、コンコンと一段ずつ階段を降りると、目の前に立ちはだかった景色に「わぁ!」と声をあげてしまいました。あのテレビでよく見る(おのぼりさんか!)東大がそびえ立っているではありませんか。そりゃあ駒場東大前駅だものね、恐れ入りました!この駅、そしてこの街は、この景色と共にあるのね。と、象徴的な景色を前に、新たなテーマでの第一歩にぴったりな駅を選んだなぁと、自分自身にそっとグッドサイン。

1軒目〈BUNDAN COFFEE & BEER〉

東大のおとなりにある駒場公園には旧前田家本邸など重要文化財が残されており、子どもたちが遊ぶ公園らしい姿と、大人がじっくりと建築や歴史の息吹を感じられる側面が同居しているのが興味深い。その中にある日本近代文学館に併設されているのが〈BUNDAN COFFEE & BEER〉です。

駒場東大前をぶらり。歴史の残り香を捕まえて|花井悠希の「この街この駅このパン屋」

天井まで見上げる本棚が印象的な店内には、稀少本から日本文学史を彩る名作まで約2万冊の書籍があり、どの本も自由に閲覧ができます。メニューも、文学の中に出てきたお食事や作家をイメージしたコーヒーのブレンドなど、文学好きにはたまらないラインナップ。そんなこちらで、三宿の名店〈シニフィアン・シニフィエ〉のパンを使ったサンドイッチがいただけると聞きつけて、お邪魔してきました。

メニューは、谷崎潤一郎氏の小説『蓼食う虫』にて、主人公の1人である美佐子が夫と子どもを置いて家を出ることを決めた場面で作っていたトーストサンドイッチから発想を得たそう。
なんと瑞々しいサンドイッチなのでしょう!そんな複雑なシーンで出てくるサンドイッチだということを忘れてしまうほどの瑞々しさに、ついつい口元がほころんでしまいます。パンはさすがのしっとりもちもち具合。レバーパテは柔らかくふわふわで、レバーの風味が強すぎないので朝からいけちゃうんだな。トレビスの苦味はパテの大人味にそっと寄り添い、野菜のピクルスはシャキシャキとフレッシュな酸味を、アクセントのコブサラダドレッシングはパンとレバーパテとの橋渡し役と、1つ1つがしっかり役を全うしています。添えられたスクランブルエッグは甘めの味付けでふわふわ。コーヒーをミルクで煮出した角のない柔らかな味わいの牛乳コーヒーと一緒にいただけば完璧な朝食に。

スコーンは、シェイクスピアの戯曲『マクベス』に登場する「運命の石」と呼ばれる石(スクーンの石)から名付けられているのだとか。口に入れた瞬間、ほわっと広がるやわらかでミルキーな風味が童心にかえらせてくれるような優しさでいっぱい。母の存在を思いだすような優しさです。ゴツゴツしつつ、しっとりした生地は甘さ控えめで繊細な口溶け。同じく甘さ控えめの生クリームとブルーベリージャムを添えていただきました。

メニューを読むところから文学への扉が開くような素敵なお店。情景を想像しながらいただくパンたちに、なんだか1つも2つも心がふくよかになった気分になりました。

〈BUNDAN COFFEE & BEER〉
■東京都目黒区駒場4-3-55(日本近代文学館内)
■03-6407-0554
■9:30〜16:20(L.O.15:50)
■月日、第4木休(月曜祝日の場合は営業、火休) ※文学館に準拠します。

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