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おひとり様推奨!舞台演劇への情熱と男性同士のケアが心を癒す『シンシン/SING SING』の見どころ

おひとり様推奨!舞台演劇への情熱と男性同士のケアが心を癒す『シンシン/SING SING』の見どころ

おひとり様映画#9
おひとり様推奨!舞台演劇への情熱と男性同士のケアが心を癒す『シンシン/SING SING』の見どころ
CULTURE 2025.04.11

デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『シンシン/SING SING』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。

今作がおひとり様映画におすすめな理由

『シンシン/SING SING』


どんなフィクションにも負けない感動が胸に押し寄せる真実の物語。その深く静かな余韻をじっくり味わうためにも、まずは一人で鑑賞してみることをおすすめしたい。

好きな映画のアンケートを実施すれば必ず名前が挙がる『ショーシャンクの空に』(1994)。スティーヴン・キングの短編小説を映像化したその作品は映画好き以外からの支持も根強いことから、一時は「好きな映画に『ショーシャンクの空に』を挙げる人はニワカか否か」という無意味すぎる論争も生まれたほど。そんな名篇が日本で公開されてから今年で30周年を迎えるが、その記念すべき年に『ショーシャンクの空に』の衣鉢を継ぐ作品が公開されることはご存知だろうか。それが4月11日より全国順次公開される『シンシン/SING SING』。

題名の響きからミュージカルを想像する人もいるかもしれないが、“シンシン”とはニューヨーク州にある最重警備の収監施設“シンシン刑務所”のこと。収監された無実の男が刑務所内で友情と希望を育む、という物語の建て付けはそのまま『ショーシャンクの空に』だが、この作品が驚異的なのはそれが実話を基につくられているということ。

北米配給を手掛けたのは『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』など数々の名作を世界に放ってきた映画スタジオA24。本作は映画批評サイトRotten Tomatoesで批評家・観客両方から97%の高評価を獲得しているが、それは2024年のA24配給作で最高値だそうだ。その全方位からの愛されっぷりも『ショーシャンクの空に』さながらである。

舞台はニューヨーク州にあるシンシン刑務所。そこでは収監者の更生を目指す舞台演劇プログラム“RTA(Rehabilitation Through the Arts)”が実施されており、収監者たちは日々その演技に磨きをかけていた。彼らにとって誰かを演じることは刑務所のなかで自由を感じる数少ない手段。無実の罪で長期間収監されているRTAのリーダー的存在、ディヴァインG(コールマン・ドミンゴ)にとっても演劇は生きる糧となっていた。

ディヴァインGは、次の演目に取り組むにあたりRTAの新たなメンバーを募集する。オーディションの結果、生粋のギャングとして刑務所内でも恐れられるディヴァイン・アイ(本人)が演劇グループに参加することに。「現実ではみな悲劇に直面しているのだから喜劇が見たい」というアイの一言で、RTAの次なる演目はオリジナルの喜劇に決定。グループは上演に向けて練習を始めるが、攻撃的な態度のアイは些細なことでメンバーと衝突してばかり。

それでもRTAのなかで互いの痛みやトラウマについて語り合ううちにアイはみなに心を開き始め、いつしか演劇に熱中していく。ディヴァインGはそんなアイを支え、固い友情を育んでいくが、ディヴァインGの希望を打ち砕くあるできごとが起こり……。

物語はシェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」の独白を舞台上で高らかに披露するドミンゴの相貌から幕を開ける。はじめは後ろ姿を捉えていたカメラは、独白の佳境で顔のクローズアップへとスイッチ。そこで見せるドミンゴの深遠な表情により観客は瞬く間にドラマのなかへと引き摺り込まれる。本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネート(それも2年連続)されたドミンゴの演技には冒頭から圧倒されるが、脇を固めるキャストも演技・存在感ともに引けを取らない。

そんな名演を披露するキャスト陣のなかに、知っている名前はほとんど見当たらないはずだ。それもそのはず。驚くことに本作の主要キャストの85%以上がシンシン刑務所の元収監者であり、演劇プログラムの卒業生及び関係者なのだ。主人公の相棒として本人役を演じ、クリティクス・チョイス・アワードをはじめ数々の映画賞の助演男優賞でノミネート・受賞を果たしたクラレンス・“ディヴァイン・アイ”・マクリンもその一人。実際に刑務所のなかで演劇に救われてきた彼らの真に迫る演技は、かつて見たことのない本物の手触りを全編に宿している。

アメリカの映画で刑務所といえば、悪人が横行闊歩し、暴力が蔓延る魔窟のように描かれることが常であるが、この映画はそんなクリシェと明確に一線を引き、観客が収監されている人々を色眼鏡で見ることのないよう細心の注意が払われている。というのも、アメリカの刑事司法や刑務所制度には国の歴史のなかで培われてきた人種・階級差別が構造的に組み込まれているからだ。

主人公であるディヴァインGは無実の罪で長期間収監されているがそれは決して特殊なケースでなく、同様に多くの罪なき有色人種と貧困層が歪な司法制度によって理不尽に収監されてきた。そのような背景があるため、本作は罪状や置かれている状況で収監者にレッテルを貼ることを徹底的に避けているのだ。

その題材との誠実な向き合い方も本作がほかの作品と一線を画す点といえる。ちなみに本年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた『ニッケル・ボーイズ』(2024年・Prime Videoで配信中)も、無実の黒人少年が更生施設で味わう地獄の日々を一人称視点で描写し、米国の司法・刑務所の腐敗に肉薄した傑作なのでそちらも合わせて観ることをおすすめしたい。

RTAメンバーたちは演劇が持つ「芸術の力」により生きる希望を見出すが、彼らの心を救うのはそれだけではない。更生プログラムの一環として、彼らは自身のトラウマや後悔などをメンバー同士で共有し、男性同士の互助関係を構築していく。それは誰かを蔑視したり排除するホモソーシャルな繋がりではなく、互いの弱さを受け入れ、感情を正直に表現し合い、支え合う関係性だ。男らしさから脱却した友情は彼らを行き場のない怒りから解放し、再生に向けた道を示す。また実際にRTAで芸術と相互ケアに心を救われた人々が出演し、俳優として新たな道を歩み出しているという点で、本作は映画芸術が持つ再生の力を標榜する作品でもあるだろう。

『シンシン/SING SING』は決して派手な映画ではないし、驚愕のツイストや奇跡的な大逆転も起こらない。だが自分の人生を取り戻すため、周りと支え合い、地道な歩みを続けた男が辿り着いたラストはどんなフィクションにも負けない感動をもたらしてくれる。その深く静かな余韻をじっくり味わうためにも、まずは一人で鑑賞してみるのはいかがだろうか。

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ライター

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。


公開情報
『シンシン/SING

シンシン/SING SING

公開日:2025年4月11日(金)

TOHO シネマズ シャンテほか全国順次公開

【配給】ギャガ

© 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

text_ISO edit_Kei Kawaura

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